ただ、肌が覚えている指の感触をなぞっているだけでも、良かったはずなのに。
うとうとしていた時になにげなく、糸目のって、確かこんな手してたよなぁと再現してみて、その手で自分の肩に触れてみたら、思ったよりも気持ちよく感じて・・それで、ついつい。
肩から首筋へ、胸へと滑らせて胸の頂きに辿りつく頃には、なんだか妙な気分になってしまって。
まるで、本当に抱かれているような錯覚がして・・で、気がつけば無我夢中で、その手で自分を慰めていた。その合間にも、唇をそっとなぞる指に、赤ん坊のように吸い付いたりなんかして。
別に、それ以上どうこうしたいという訳ではなく、ただ、それが心地よかったから溺れていたというだけで。
・・なにも、体が疼いていたとか、そういう訳じゃなかったのに。
「おやおや・・やはり、色欲の大罪はおまえが引き継いでいたのか?」
冷たい視線、蔑むような声に我に返る。
「ノッ・・ノックくらいしろ、すけべオヤジ!」
「声がやかましくてね。のぞいてみたら、その有様だったものだから」
声・・が出ていたのだろうか。全く自覚がなかった。
その有様って・・冷静になって自分の体をあらためて見下ろすと、確かにかなりあられもない状態だったらしい。胸まで、少女のようにほんのりと膨らませている。
しかも体に這わせているのは両の手だけでなく、自分でもどこまでが手でどこからが足かすら分からない状態で、手とも足ともつかない脚部を何本も生やして、全身に絡ませていた。その幾本もの手で服がはだけた胴体を庇いながら、蹴飛ばしていた毛布を引き寄せて、身体に巻き付ける。
「なっ・・なんでもねーよ! ほっとけっ!」
「誰に抱かれているつもりだった?」
「うっせー! てめぇに関係ねぇ!」
ふん、とラースが鼻で笑ったのは、どういう意味だったのか。
エンヴィーの狼狽えっぷりがおかしかったのか、エンヴィーの相手に心当たりでもあったのか、それとも自嘲だったのか。
「前に私は、身体が疼くのなら、可愛がってやるぞと言ったな」
「んなもん、忘れた」
エンヴィーが後ずさって逃げようとする。だが、我が身を庇おうとして巻いた毛布が仇になった。ラースが剣を1本引き抜いてベッドに突き刺し、毛布の端を縫い止めた。毛布が固定されて、一瞬、エンヴィーの動きがとまる。そこを2本目の剣が降り下ろされ、逃げ道を塞いだ。
「やめろ、何考えてんだ、変態!」
「おまえこそ、人柱でもない雑魚相手に、何を考えている?」
「違っ・・やだ、やめろって!」
ラースの手がエンヴィーの髪を掴み、そのまま硬いベッドに思いきり頭を叩き付ける。体勢を崩されたエンヴィーの細い脚が一瞬、宙をかいた。
押さえ付けられた頃には、エンヴィーの身体は四肢があるだけの、通常のヒト型を取り戻していた。しかし、太股を割って差し入れられたラースの手は、通常ではない形状を探り当てていた。
「貴様、ふたなりだったのか?」
「違っ・・たまたま、今・・ばかっ、どこ触ってんだ、やめろっ!」
「女のものを造ってまで、欲情してたということか。ますます、色欲だな」
「いっ・・いでぇっ・・!」
いきなり指を突き込まれ、エンヴィーが悲鳴をあげる。自らの愛撫でかなりぬめりを帯びて弛んでいた入り口ではあったが、少年の細い指でほぐしていたせいか、ラースの節くれだった武骨な指を受け入れるには、まだ足りなかったようだ。
「てめぇっ・・!」
喚いて、胸板を突き飛ばそうとする。いくらラースが常人離れた戦闘能力の持ち主でも、エンヴィーが自分のウエイトをかければ、十分振り払うことは可能なはずだった。だが、ラースの方が一瞬早くエンヴィーの額をわし掴みにして、再びベッドに叩き付けた。硬いものが割れる嫌な音がする。
「いったぁ・・シャレになんねぇよ、バカヤロウ・・血ぃ出てるじゃん」と後頭部を抱えて呻いているエンヴィーを見下ろしながら、おもむろに腰のベルトから短刀を抜く。エンヴィーの手首を掴んで、その掌を短刀でベッドに串刺しにした。
「でぇええっ! てっ、てめぇっ・・いい加減にしやがれっ!」
「おとなしくしていろ」
エンヴィーから引き抜いたラースの指には、透明な粘液だけでなく、僅かに血が絡み付いていた。
「それに・・身体は喜んでいるようではないか?」
「んなわけっ・・!」
だが、実際には、エンヴィーの胎内にいる連中がざわめき始めていた。
(抱いて)
不意に聞こえた声に、エンヴィー自身が驚く。思わず周囲を見回すが、ラースと自分以外の誰かがいる訳ではない。
(抱いて・・あたしを抱いて)
(したいの、ヤって欲しいの)
(私も) (アタシを抱いてちょうだい)
口々に沸き上がる声・・エンヴィーの意志とはまったく違う言葉が唇からほとばしり、当人が嫌悪する相手へ脚を絡みつけていく。
・・! 違っ、こいつは・・てめぇら、よせ、やめろ・・!
だが、既にコントロールが聞かなくなっていた。
一方、ラースも唐突にエンヴィーが態度を変えたことを訝しみはしたが、それで勘弁してやろうというつもりは毛頭なかった。
パキンと何かが折れる気配がして、エンヴィーの意識が表層に引き上げられた。
例えるなら、湖底の泥に埋もれていたのが、不意に浮上したような・・水の中のように音すらもくぐもって聞こえにくかったのに、水面を割って躍り出たように、急に五感がクリアになった。
「いっ・・たぁ・・ああぁぁっ!」
「おやおや。へし折っても構わないと言ったのは、そちらだからな」
「俺が、んなこと言うかよ・・くそぉ・・クズ共がぁ・・」
不自然なまでに押し広げられた脚、その膝もあり得ない方向へ曲がっているのが視界に入っていた。両手はまだ短刀が突き刺さって固定されたままだが、身悶えて暴れたせいか、かなり裂けて、辛うじて数本の指の腱で留められている状態だった。下半身の感覚がないような気がして、顎を引いて見下ろし、思わず悲鳴を漏らす。
「てっ・・てめぇっ・・! なんてトコに突っ込んでやがんだよ!」
「騒々しいな。これも、君のリクエストだったんだがね」
ラースが腰を引く・・エンヴィーの下腹の辺りに剣でつけたと思しき傷があった。傷口は、それまで受け入れていた男根が離れていくのを嫌がるように、ざわざわと触手を伸ばしてそれを追おうとした。
「なにしろ、どっちの穴も駄目になってしまってね」
ラースはさらりと言ったものだが、自分が意識を失っていた間に何があったのかなんて、想像したくもない。
「色欲と・・強欲も引き継いだのか? 底なしだな。だが、私も、もう若くないんでね。いい加減、付き合いきれないんだが?」
「散々ヤッといてなんだよ・・イヤなら、とっととやめたらどうだよ」
そう憎まれ口を叩いたエンヴィーの鼻先に、生臭い血と体液を絡みつけた肉棒が突き付けられる。青筋を立てて怒張するものから顔を背けようとして、顎を掴まれた。
「ねだったのはそちらだぞ」
口でなんて・・糸目ののだって、口でしたことないのに・・拒み続けていると、ラースが焦れたのか「往生際が悪い・・」とつぶやき、ベッドに突き立てていた剣を抜くと、その柄でエンヴィーの頬を数発打った。
鼻も打ったのか、鼻から喉に血が流れ込み、咳き込んでしまう。折れた歯と鼻血か口の中の血か分からない塊が、唾液に混じって泡混じりに吐き出された。そこに強引にねじ込まれる。
「うぐぅっ・・うう」
外れそうなほど大きく顎を開き、喉の奥に突き込まれる息苦しさに、生理的な涙が溢れる。喰い切ってやろうにも、歯が折られて、歯茎だけになった状態ではそれも叶わなかった。
「早く楽になりたければ、さっきまでのように恭順にすることだな」
それで楽になれるのなら・・非常に屈辱的な行為ではあったが、エンヴィーは諦めてそれに舌を這わせた。
反吐が出そうな嫌悪感・・だが、その反面、それを喜んでいる淫乱な声も、相変わらず胎内で響いている。いっそ、もう一度、意識を手放してしまいたかった。
もういいから、おまえらの好きにしてくれよ・・だが、皮肉なことにこんな時に限って、胎内の声はエンヴィー本体を押し退けることができず、最後まで意識はクリアだった。
やがて・・大量の熱い粘液が迸り、抗う間もなくそれは喉の奥へ注ぎ込まれる。
掌を貫いていた短刀を抜いて、ラースが立ち去っても、エンヴィーはしばらく動けなかった。
あちこちの骨がへし折られていたからとか、皮膚が裂けていたからとか、そういう理由ではない。そんなものはいくらでも修復できる。ただ、起き上がってどうしようという気力がなかったのだ。見上げている天井のしみが、やたらにはっきり見えた。
だが、いつまで経っても誰かが助け起こしてくれる訳でもなく、結局自力で身支度をするハメになるのは、分かっているわけで。
「・・ちっくしょお・・」
呻きながら、ずるずるとベッドから這い出た。ぽとんと石畳の床にまろび落ち、しばらく硬い石に頬を押し当てて、ほてった体を冷やす。
あのド腐れドチビだったら、レイプの後には糸目のに抱き起こされて、背中ぽんぽんって慰めてもらえて・・なんで俺はひとりなんだよ、畜生・・罵りながら、腕の力で起きようとしたが、なかなか体が持ち上がらない。
普段はすっかり慣れてしまっているのだが、こんなとき、己の自重が異常に重いことを、嫌でも自覚させられる。
いっそ這いずって浴室まで行こうかとも思ったが、途中で誰かに見つかってもうっとおしいので、ベッドや壁にかぎ爪を突き立てて、なんとか体を持ち上げる。がくがくと震えて力が入らない脚の間から、折れた燭台の柄が体液にまみれて落ちてきた。
こんなモン突き込んだら、そりゃ壊れるってば・・ラース・・あのヤロウ、絶対殺してやる・・なんとかそうやって、無理やりに怒りをかき立て、自分を奮い立たせて、全身を修復する。
肉体的な痛みや傷は、それで解消してしまう・・ああ、なんて便利な体なんだか。
幸い、浴室までは誰にも会わずに済んだ。
グラトニーになつかれても、相手をしてやる余裕はないし、当然、ラースには逢いたくないし・・ましてや、プライドなんぞに「おーや、大変そーだねぇ。慰めてあげようか?」なんて、爽やかに言われたくもない。
シャワーで全身にこびりついた汚れを洗い流す・・だが、いくら肌が赤くなるまで擦っても、きれいになったという気がしなかった。皮膚が削げて、血が溢れ出しても、まだ表面にねばつく体液が残っているような・・いや、だったら口の中だって、やつの物がぶちまけられて・・衝動的に片手で口元を覆っていた。爪が頬に食い込む。
・・汚い。
気付いた頃には、指先に力を込めていた。筋肉や神経がブチブチとちぎれていく。最後には骨がパキンと音を立てて、思ったよりも脆く、顎もろとも顔の下半分がむしり取られていた。それでも破壊衝動は収まらず、そのまま喉から胃までを掴み出す。肉片とも臓物ともつかない生温かい塊を大理石の床に叩きつけると、その中からどろっとした白いものが溢れた。その、まだ温かく湯気を立てている粘液が、ラースの残滓なのか、エンヴィー自身の分泌物なのかは分からないが、嫌悪感をかき立てるには十分だった。キモチワルイ・・吐きそう・・って、こんな状態で、どこから吐くんだよ。
・・ひゅっ、ごおっ・・ごっ・・
喉までえぐれてしまっているので、声など出ない。ただ、むき出しになってしまった肺が窒息しかけの魚のようにあえいで、音を立てた。
まだ・・胎内にヤツにぶちまけられたもんが残ってるはずだ・・さらに、片手を下腹にめり込ませた。ぬめぬめと体液で光る腸や子宮が引きずり出される。
血と臓物で下水が詰まったのか、排水溝がゴボゴボと音を立てていた。
顎から下腹までえぐれて肋骨がむき出しになった状態になって、さすがに疲れてしまい、ぜいぜいと肺を鳴らしながら壁に背をもたれさせる。
体・・せっかく治したのに。再修復しようと気力を振り絞ろうとして、ふと、鏡が目に入ってしまった。真鍮の蔦を模した飾りで覆われた丸い鏡・・そこに映った自分の姿。
髪を振り乱し、血まみれの醜い肉の柱のような姿で・・それでも目だけ爛々と光らせて生きている・・化け物。
化けモン化けモン化けモン化けモン・・化けモン・・!
過去に投げつけられた言葉が、脳内いっぱいに鳴り響いていた。
う、あ、あ、あ、ああああああ・・!
衝動的に、腕を伸ばして鏡を叩き割っていた・・あんな醜い姿で、愛されるわけがない。
割れた破片が嘲笑うように、さらに一片一片に小さな化け物の姿を映し出す。粉々になるまで両手の拳を叩きつけて・・鏡の破片で両手もずたずたに裂けて、骨に僅かな肉が絡みついただけの状態になってしまって・・それでも、死ねない。
いっそ・・死にたい。
そのまま、どのぐらいの間、へたり込んでいたのだろう?
ぴちゃぴちゃと濡れた音を立てて、自分の身体が徐々に復旧していく音が、ひどく遠くで聞こえているような気がしていた。鏡に映った自分の姿が目に焼き付いて、離れない。
「・・何スネてんダヨ。仕方ナイジャン・・ヘンなヤツ」
いつぞや、糸目のにかけられた台詞をふと思い出し、異国の訛りが抜けないおかしなイントネーションを口真似しながら、そっとつぶやいてみた。片手を彼のものに模して、自分の頬に押し当ててみる。だが、大量に出血したせいか指先まで体熱が行き渡らず、ひんやりと硬いマネキンのような感触にしかならなかった。
ホントだ・・何すねてんだよ。仕方ないじゃん・・涙は出なかった。代わりに、声をたてて笑っていた。のけぞり、喉を震わせて、けらけらと。
・・仕方ないじゃん、どうせ、化けモンなんだから。愛されたいなんて、俺がそんなガラかよ、ああ?
浴室を出る頃には、背筋を伸ばして普通に歩けた。
「汚れたの、食っちゃっていいから・・というか排水溝、詰まりかけだから、下水管までキレイに舐めといて」
血の匂いに引かれて集まってきていた合成獣共に、そう命じておく。そーいえば、何時だよ、今・・またオッサンの餌の時間か? 面倒くさいなぁ、もう。
まぁ、いっか・・ついでに俺も何か食おうっと。なんかちょっと血液が足りてないから、肉でも焼くか。
キッチンに向かう途中の廊下で、不意に背筋がザワッとした。振り向くと、やや離れたところにラースがいた。視線があうことはなかったが、もしかしたら、こっちを見ていたのだろうか? エンヴィーは軽く舌打ちした。
昨日のコトは、犬かナンカにでも噛まれたと思って忘れてやっから、頼むから蒸し返してくれんなよ・・だが、そんなエンヴィー自身の意志に反し、胎内の連中が劣情を込めてざわめいている。そんな自分が信じられなかった。あんな目に遭って、あれだけ嫌悪して、なんで。
「どうした? まだ食い足りないのか? 色欲?」
「だれが色欲だっ!」
喚くように否定したが、どの程度信憑性があったのだろう? 肉体は、覚えさせられた快楽を求めて熱を帯び始めていた。
せめてもの抵抗で、ぐっと奥歯を噛みしめて睨み付けているエンヴィーの頬を軽く叩き、ラースが「貴様、思ったよりも美味かったぞ」と、囁いて微笑した。
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