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Kitten & Diet Foods 1


「大佐。ダイエットしましょう」

白いシーツの上にパンツ一丁の姿で長々と寝そべり、心地よく転寝をしていたところをハボックに揺り起こされ、唐突に投げかけられた台詞がそれだった。ロイは機嫌の悪い猫のような唸り声をあげて、さっきまで己が甘えかかっていた大男をにらみつける。

「何故だね? 別にズボンはきつくないし、ベルトの穴だって変わっていない。この体型でも女の子にじゅうぶんモテているし、別段、何の不自由も感じていないのだがね?」

「重いんです」

「それを言ったら、私だって貴様の体重を受けているんだから、お互い様じゃないか」

「俺は俺なりにつぶさないように気をつかってるんすよ。重たくなんかないでしょう? 大佐と違って、全身の体重を預けるような真似はしてません」

「つまり、貴様は、私がデブだと言いたいのかね?」

「ええ、ぶっちゃけ、そうなんです」

「なーんーだーとーっ!」

「だって、ほら」

ハボックが、ロイの脇腹をわし掴みにする。

「なっ・・わっ、脇腹は鍛えにくいのだよ! 腹筋運動しても、そこは落ちないし・・!」

「どうせ、腹筋運動だってしてないでしょう。大体、ここの肉だって、横向きに身体を起こす側筋運動をするか、ツイストすれば落とせますよ」

「私は、貴様のような筋トレマニアとは違うんだ」

「軍人たるもの、肉体の鍛錬は怠るべきではないと思うのですが」

「私は頭脳派でね・・大体、貴様そんなに鍛えたら、しまいにアームストロング卿のように、脳細胞まで筋肉になるぞ。それに・・だ。体型のことを言うのなら、私よりブレダの方が先じゃないのか?」

「ブレダはいくら太ろうと、俺に被害が及ばないから、別にいいんです」

「じゃあ、私と付き合うのをやめたら、いいだろう」

「そ、そうきましたか!」

「別れるのがイヤなら、多少重たいのぐらい我慢しろ」

「そ・・そういう問題ですか!?」

悲痛な響きすらこもっているハボックの叫びを、ふふんと鼻で笑って聞き流しながら、ロイは枕を両腕に抱いて、おもむろに寝直そうとする。

「あーぅ、待ってくださいよ、大佐。筋トレじゃなくていいから、せめておやつ食べるのやめません? いい年した大の男が、ランチ後にパフェだのヨーグルトだのを欠かさず食べてたり、3時にはおやつ食べてたり、執務室の引き出しに飴だのクッキーだの大量に隠してたり、夕食前には小腹が空いたとか言って菓子パン食べてたり、夕食後にもデザート食べてるし、風呂から上がったらフルーツ牛乳とか飲んでアイス食べてるし、寝る前にだって、ナイトキャップのつまみとかいって、ナッツだのドライフルーツだのチョコレートだの・・!」

「よく観察しているな。貴様、ストーカーか?」

「ストーキングなんかしなくても、毎日毎日のことだから分かりますってば」

「私は飲む打つ買うに興じる訳でもないし、煙草もコーヒーも嗜まない、超真面目で詰まらない男なのだよ。食べることは、そんな私の数少ない娯楽のひとつなのだ。その私から食べる楽しみを取り上げようとは・・貴様は私の人生の悦びを奪おうというのか?」

「そんな大袈裟なことですか。大体、買ってないだけで、女の子はナンボでも引っ掛けて楽しんでるでしょーが」

「そう。私はモテるからね。うん。だから、別に貴様とこーいうことをしなくても、私は一向に困らないのだよ。デブかとか痩せろとか文句を言われてまで、貴様と付き合う義理はない」

「おっ・・大きく出ましたね。今晩のナンパは不漁だったから寂しい・・とかなんとか言って、アポなしで押し掛けてくるのは、どっちですか?」

「じゃあ、もう来ない」

これが、三十路にもなろうかという国軍大佐かと呆れるばかりの駄々っ子ぶりに、ハボックは天を仰いだ。
もちろん、プライベートな場面でこうして甘えることで、彼が今にも崩れそうな危うい精神の均衡を保っているということは、ハボックなりに良く理解しているつもりだ。
特に・・今まで、それを受け止めていた友人を亡くしてからは。

「そんな我がまま言わないでくださいよ。ねぇ? 自分もダイエット、付き合いますから」

「元々貴様、そんなに間食しないだろう。そんなのズルイ・・そうだ! 禁煙しろ」

「はぁ?」

「禁煙・・知らんのか? 煙草を吸うのをやめるってことだぞ。それなら、等価交換になる」

「等価・・ですか?」

「イヤだろ? だったら、私もおやつは・・」

「分かりました。禁煙しましょう」

「な、なんだと!?」

禁煙しろと言われて、まさかハボックが受けるとは想定していなかったらしい。ロイの顔が引きつった。






翌朝、ハボックとロイがふたり仲良く出勤してきたことに、あえてツッコミを入れる者は特にいなかった。
むしろ、寝坊して遅刻しがちな上司を迎えに行って、起こして連れて来ているのだろうと、その忠誠心(?)に、一同感心していたほどだ。さすがに、女の第六感というべきか、リザだけは“朝帰り”ならぬ“お泊まり出勤”に冷たい視線を浴びせていたようだが、それも確信を得てのことではなさそうだ。

「中尉・・あのですね」

ハボックが、そんなリザの途惑いなど知らぬげに、高らかに声をかけた。

「大佐んことなんすけど・・今日からダイエットさせますんで、執務室の引き出しのお菓子、全部捨てちゃってください」

「なっ・・なんだとっ!」

隣で眠い目をこすっていたロイが、突然の宣告に血相を変えて喚くが、ハボックはけろりとしたものだ。

「だっ・・だったら、こ・・こいつだって禁煙なんだからなっ! それが条件なんだからなっ! ブレダッ、ブレダーッ、いいか、こいつは禁煙するんだからなっ、こいつの煙草も捨ててしまえっ! ブレダッ、しっかり見張っておけよっ! いいな、1本も吸わせるなよっ!」

ロイがキャンキャンとおとなげなく吠えるのを、ハボックは苦笑混じりで見下ろして「じゃ、そーいうことなんで、よろしく」と、上司の体をリザの方へと押しやった。

「た・・大佐がダイエット・・ですか。分かりました。協力しましょう」

「ちっ・・中尉ーっ!」

悲痛な叫び声に、司令部の面々が何事かと振り向いていた。
リザはそんな一同にちらりと視線を走らせると「大佐がダイエットをするそうですから・・どうぞ皆さん、餌は与えないようにしてくださいね。もしダイエット妨害するようなら・・容赦なく撃ちますからっ」と、語尾にハートマークをつけたスペシャルスマイルで告げたものだ。





「さすがに捨てるのはもったいないから、俺がもらうぜ」

ブレダはニヤッと笑うと、ハボックのデスクの引き出しから秘蔵の煙草1カートンを引っ張り出した。さらに、バラの煙草の箱が2つ、3つとブレダのズボンのポケットに吸い込まれていく。

「・・おまえ、煙草なんか吸ったっけ?」

「おまえほどじゃねーけど、嗜む程度には、な。これ、メンソール?」

「メンソールなんか吸うか。勃たなくなるぞ」

「それって、医学的根拠のねぇデマだぜ。知ってた? 昔は、同じようにコカコーラとかジーパンとかストッキングとかも不妊になるって言われてたんだとよ・・ハボ、なんでか分かる?」

「んなもん、分かるかよ・・あーっ、そのライターまで没収すんのかっ!?」

「だって、吸わないんだったら要らねぇだろ・・いいライターだなぁ。オーダーメード?」

「・・貰ったヤツだよ」

「へぇ? おまえに、こんな高そうなライターを贈る気前の良い女なんていたっけ? ハボの数少ない“彼女”は一通り把握してるつもりだけど、よ」

ブレダが訝しげに、透かし彫り細工の入ったライターとハボックを見比べるが、まさか「それは大佐から貰いました。実は俺達、付き合ってまぁす」などという大胆告白はできないハボックは、ひたすらうつむいて赤面しながら、バカでかい図体でもじもじするばかりだ。
ブレダは、友人のその様子を見て苦笑いしながら「ま、禁煙に挫折したら、ライターは返してやるから」と言い、胸ポケットにしまい込んだ。

「・・待て。それって、俺が禁煙に成功したら、ずっと返してくれないってことかよ?」

「だって、要らねぇだろ? 第一、別れた女のくれたモン、いつまでも持ってるのも未練たらしいぜ」

「別れて・・ねぇもん」

「はぁ? ハボ、今彼女、いんの?」

「あっ・・えーと、その、いるというか、なんというか・・彼女、というのではなく、その」

「彼女じゃねーんなら彼氏? おまえ、まさか、そんな趣味あんの? 俺、友達やめよっかな」

「いや、そーいう趣味があるというわけじゃない! 断じてない! その、趣味があるとかそういう次元ではなく・・その、なんだ、あの・・」

「つまり、よーするにまだ口説き落とした訳じゃねーんだな」

「いや、まだというか、別に口説いてるわけじゃないというか、その、なんだ」

「・・なんのこっちゃ」

ブレダはそれ以上追及するのも馬鹿馬鹿しいと思ったらしく、さらにハボックのデスクをかき回して、もうそれ以上、ハボックが煙草やライターを隠し持っていないのを確認すると、悠々と自分にデスクに戻っていった。

ハボックは、その後姿を見送りながら、自分が大変な事を親友にカミングアウトしかけていたことに、今さらながら気付き、信号機のように赤くなったり青くなったりしている。
別に、大佐を口説いたとかそういうわけじゃない。

どちらかといえば、誘ってきたのは、向こうのほうだ。

従って、“そんな趣味”があるのも大佐の方で・・でもまぁ、それを受け入れてしまった自分にそんな要素が無かったのかどうかと言われると、絶対無いとは言い切れず、いまいち判断に迷うわけだが・・しかし、ブレダをそんな目で見ることは、神に誓って100%、いや1000%だってあり得ない、と自分では思っている。
しかし、それをいえば大佐相手だって、まさかこんな関係になるとは思っていなかったわけで、そういう意味ではブレダと大佐を隔てるものは無きに等しく・・いや、でもだからって。

「うぁああああっ! ナニ考えてるんだ、俺っ!」

ハボックは思わず絶叫すると、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
ブレダとファルマンは、やや離れた位置から、その様子を見て「あいつ、大丈夫かなぁ?」「もはやニコチン切れの症状ですかねぇ?」などと、ピント外れの心配をしていたものだ。





「血糖値が上がらないと、頭がぼんやりするんだが」

一方のロイは、まだ無駄な抵抗を繰り返していた。とうにきれいに片付けられてしまっている机の引き出しを開けては、せめてキャンディのひとつでも残っていないかと未練たらしく何度も覗き込む。

「それって、低血糖症の症状ですよね。糖尿病の一歩手前ですよ。いい機会ですから、体質改善しましょう」

リザはそう言うと、デスクの上にロイのマグカップを載せる。

「ココアかな? それともミルクティ? さすがホークアイ中尉は気がき・・」

「杜仲茶です」

たゆたうように立ち上る湯気に混じって、薬のようなえぐい匂いが漂ってきたため、ロイは思わず、ウッと呻いてのけぞる。

・・訂正だ。ホークアイ中尉は気がきかん。
というか、これはイジメに違いない!

「ダイエットに良いらしいですよ」

いや違う、ダイエット効果が科学的に立証されているのは、杜仲茶じゃなくてプーアール茶だったはずだ。それも高級な10年茶葉だったと記憶している・・いや、ノンカロリーという意味でダイエットに良いと言っているのなら、せめてウーロン茶にしてくれ。というか、単にカロリーだけを問題にするのなら、ブラックのコーヒーだってノンカロリーだ。もっとも、私はコーヒーには、少なくとも砂糖4杯は入れないと飲めないのだが。
100歩譲って、どうしても、何が何でも『ダイエットには杜仲茶』というのなら、匂いが気にならないようにアイスにするとかなんとか・・頼むから、少しは察してくれぇ!

「私も飲みますから」

そういう問題じゃない。彼女は相当の味オンチなのだ。
大体、普段から軍部のまっずいコーヒーやうっすいお茶を、お茶請けのお菓子もなしで平然と飲めるような味覚が、グルメなわけがない。絶対、味覚が麻痺してるんだ。
そうだ、去年の忘年会で「ホークアイ。一発芸! タバスコを一気飲みするであります!」とかやらかしてたのを、私は忘れないぞ。あんなこと、いくら泥酔していたとしても常人にできるものではない。普段から味覚が狂ってるからこそ、あーいう暴挙も可能なのだ。
そんなヤツに「私も飲みますから」と言われて、慰めになるか。無理、無理、無理、無理っ!

「飲まないんですか?」

「・・水でいい」

「そうですか。でも、お水も体に良いらしいですよ。1日2リットル飲むんですって。体の中の毒素が抜けるらしいですよ。特に、ひとつまみ岩塩を入れて、生理的食塩水にすると効果的って・・」

「生理的食塩水!? 血液と同程度の塩分濃度だろ? しょっぱいじゃないか! 塩分過多になるぞ」

「そう思って、少し薄めに溶かしておきました」

リザは生真面目な表情を崩さずに、今度は、大きなデキャンタをデスクに載せた。
バケツじゃなかっただけ、まだマシというべきだろうか・・2リットルの食塩水が入っているという優雅なフォルムの水差し・・本来ならワインが満たされているはずのガラス容器を前にして、ロイは絶望的な気分になった。

「・・飲むのか? これを全部」

「一気飲みしろとは言っていません」

「言われてたまるか」

「どうぞ」

デキャンタからワイングラスに水が移され、ロイの手元に置かれる。
これが白ワインなら嬉しいところだ。甘いジュースならもっと嬉しい・・だが、実際には食塩水なのだ。どうぞと言われて、ホイホイ飲める訳がない。
これだったら、飲み物としてのカテゴリーにきちんと収まっている杜仲茶の方が、ナンボかマシなのではなかろうか・・だが、あの匂いはどうにも耐えられない。

「その・・今は、いい。喉は渇いていない」

「そうですか? でしたら、こちらが午前中に、大佐に目を通していただく書類です」

リザはトドメを刺すように、高さが6インチになろうかという紙の束を差し出してきた。





ランチタイムまでの数時間が、ロイには永遠に続く拷問のように感じられた。
なにしろ、最後の30分は呼吸をするたびに胃がキュウキュウと啼いて訴えているような気がして、とてもじゃないが数字なんか頭に入らない。書類閲覧済みのサインですら、自分の名前のスペルをド忘れして手がとまり、何度もメモ用紙にぐるぐると渦巻きを書いたりして、思い出そうと努力したものだ。
5分前には、手すら動かなくなり、まだ半分以上残っている書類とそれを無言で責める側近の冷たい視線を知りながらも、握ったペンをプルプル震わせながら、ひたすら時間が過ぎるのを待つだけ。
さらに3分前には、そのペンを持つこともできず、視聴覚を含む全機能がエネルギー不足で停止していた・・ただし、ランチタイムを告げるチャイムが鳴った途端に再起動し、ガバッとデスクから立ち上がるや、執務室の重たい扉を開けるのももどかしく、食堂まで全力疾走したのであるが。

「Bランチ大盛りで、デザートにチョコレートビッグパフェをつけてくれ!」

「今のオーダー取り消しで、レディースランチに変更でお願いします」

意気揚々と声を張り上げたロイのオーダーに、淡々とした声が覆いかぶさってきたので、ロイがぎょっとして振り向く。そこにはポーカーフェイスのリザが居た。

「えっ、大佐がレディースランチですか?」

「そうよ。量も少ないしカロリー控えめのメニューだし、ちょうどいいわ。私も同じものを」

「デザートは? いつも大佐はおつけになっているんですが」

「いらないわ。ダイエット中なのよ」

「なるほど」

ロイは恨めしげな視線をリザに送ったが、本人の意思とは裏腹に、リザと配膳係との間で話が淡々と進められてしまっており、チョコレートビッグパフェはどうやら許可されそうにない。口惜しいので、ハボックの禁煙がどうなっているのか冷やかしてやろうと食堂を見回すと、あの巨体が禁煙コーナーで背中を丸めているのを見つけた。
一瞬にして機嫌を直したロイは、るんるんで歩み寄って「どうだ、禁煙は辛いだろう」と声をかける。

「ああ、大佐」

「懲りたか。懲りたろう。これに懲りたら、私にダイエットするな等と無茶を言わずに・・だなぁ・・貴様っ! 何を食っている!」

振り向いたハボックの口には、銀色で柄の長いスプーンがくわえられており、その席上にはガラス鉢に白いクリームとフルーツがテンコ盛りに盛り付けられていたのだ。

「何って・・うどんパフェ」

「うどんパフェだぁ!?」

「新メニューですって。結構イケますよ。ゆがいて冷やした麺の上に、フツーにパフェの具が乗ってるだけですけど」

「そうか。別に、カマボコや竹輪がトッピングされている訳じゃないんだな。ふんふん、この緑色のカラーチョコはネギに見立てているのか? どれ・・ひとくち食わせろ」

ロイが、あーん、と甘ったれた仕草で口を開く。

「ちょ・・ちょっ・・ロイ・・じゃない、大佐っ・・!」

「くれないのか?」

「だっ・・ダメです。大佐はダイエット中なんですから、いけません」

「ひとくちぐらい、イイじゃないか、けち」

「その一口の蓄積の結果が・・そのお腹でしょう?」

ハボックは、ロイに盗られる前にと思ったのか、おもむろに正面に向き直ると、その妙な食べ物をずるずると勢いよくすすり込んだ。

「ジャンは禁煙、うまくいってるのか、ええっ?」

デザートを分けてもらえなかったのが相当ご不満なのか、ロイはそのハボックの後姿に八つ当たりを始めた。
ハボックの耳たぶをつまんだり、黒いランニングシャツの襟首を引っ張ったり、指先でつむじを押してみたり。

「・・よしてください」

「煙草を吸いたくなるツボっ!」

「いや、そんなん、ありませんから」

「ジャン、冷たい」

「そーじゃなくってっ! お願いですから、場所をわきまえてくださいよぉ、大佐ぁ!」

部屋にふたりきりの時なら、とっくに膝の上に乗せられて、そのぶっとい腕の中で仔猫のようにあやされている頃合だ。振り向いたハボックが心底困惑した表情をしているのを見て、ロイはちょっと気が晴れた。

「じゃあ、禁煙をやめないか? で、私はダイエットをやめる」

「それは・・だめです」

周囲はがやがやと騒がしく、いつもならハボックと一緒にいるはずのブレダ達も、パーテーションと植え木で隔てられた喫煙コーナーに分かれていたため、ふたりの怪しい会話に気付いたものは居ないようだ。
ただ、ロイの背後から二人分のランチのトレイを持ったリザが近づいて来たため、ハボックは念のために「いい子だから、場所をわきまえましょう、ね」と念を押した。

「大佐、こんなところに居たんですね」

リザは相席に断わりの言葉を入れることもせずに、ドカッとハボックの正面の席にトレイを載せ、自分も椅子を引き出して腰を降ろした。

「ハボックもちゃんと禁煙しているか、確認してたのだよ。そうしたらこいつ、パフェなんて食べていて・・」

子どもが言い付けっこするように、ロイがリザに訴えるが、リザは「そりゃあ、禁煙したら口寂しくなりますものね」とサラッと流しただけだった。

「大佐にパフェ・・食べさせてないでしょうね?」

「んなことするわけ無いっしょ? 自分が大佐のダイエットを言い出したのでありますから」

「そう・・大佐もちゃんと座って。待望のお昼ご飯ですよ?」

だが、トレイの上のランチプレートを見て、ロイは絶望的な気分に陥っていた。
雑穀とブラウンライスのご飯に、ミソスープ、煮魚、青菜のおひたし、ひじきと大豆の煮物、漬け物・・ウサギの形に可愛らしくカッティングされたリンゴがなければ、囚人用の食事と間違えたのではと疑ってしまうところだ。

「これは・・なんだ?」

「ですから、レディースランチですよ?」

「レディースランチという割には、えらく地味だな」

「正式名称は、イースタン・ロハス・スタイル・ランチのダイエットスペシャルコースって言うんですけど。これ、おかずは日替わりだから毎日食べられるし・・お肌にもいいし、便秘にも効くって、最近、女性兵の中で大人気なんです。」

リザは箸を掴むと、器用に操って食べ始めたが、ロイは箸を手にして茫然としていた。こんなものを使って、どうやって飯を食えと? ロイが途方にくれていると、ハボックが察して席を立ち、フォークとスプーンを持ってきてくれた。
リザは仕事では実に優秀であるが、こういうところには、驚くほど気がきかない。

「はい、大佐」

「む・・むう」

さすがに、リザが隣に座っているというのに「あーん」をねだるほど、ロイも図太くはない。
「味が薄い」「もそもそする」と文句を言いながらも、空腹に負けてモゾモゾ食べているのを、ハボックが苦笑しながら、お冷や片手に見守っている。ほらほら、大佐、米粒が頬についてる・・と手を伸ばしたいところだが、ぐっと堪える。

こんなときには・・煙草がほしいところなんだがなと、ハボックはぼんやりと考えていた。


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【後書き1】ハボック×ロイのコメディです。実際にふたりの間に肉体関係があるのかどうかはイササカ微妙ですが、まぁ・・『Kitten & Puppy』の続編で中央移動前の東部指令部での話だとお考えくださいませ。
当初はノックスも登場する予定でしたが、設定上あり得ないと思って没にしました。幻のシーンは更新日記の方に「サイト作品サンプル」として掲載していますので、よろしかったら捜して見てください。こちらのロイもノックスてんていにベタベタに甘えっこしています。

ちなみに、うどんパフェ。大阪のあるうどん屋に実在するメニューだそうです。
実際に作ってみましたが、乾麺で喉ごしのよいシコシコとしたのを使ってみたところ、かなりおいしかったです。多分、スーパーで1玉30円とかで売ってるゆで麺ではモソモソしてダメだと思われます。お歳暮とかで高級な麺を頂いたときに(わざわざ買うのは勿体ない)チャレンジしてみてはいかがでしょうか。
ブログ初出:06年01月23日
当サイト収録:同年02月11日

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