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ノックス×ロイのお題★2nd

■戦火
■消毒液と煙草
■豪雨
■食らい尽くす
■秘密
 


■戦火

(準備中)



■消毒液と煙草

(準備中)



■豪雨

酷い天候だった。

こんな日が続けば、例の人体実験ができずに、課題ばかりが徒らに溜まっていく。
いっそ雨の日でも使える錬金術を開発したらどうかねと、上の連中は言っているらしいが、それは理論的にも物理的にも無理だし、もし可能だとしても、人殺しのためにそんな研究をするなんてまっぴらごめんだ。
だから・・雨の中でも任務を言いつけられる下士官らには悪いが、ロイ自身は割にのんきに、ぷらぷらしながら過ごしていた。

だから、いかにもヒマそうに見えたのだろう。
軍帽に合羽代わりのコートを羽織った姿で、雨に打たれながら(ヒューズが見たら「風邪をひくだろう」と口喧しく叱るに違いないが)、ぼんやりと仮設のゲートにもたれていたら、中央から物資を届けにきたトラックがゲートをくぐり、そこに民間人の女が乗っていたのを見つけた。
その中年女はトラックから下ろしてもらうと、鮮やかな赤い傘を広げ・・そんな目立つ色の傘なんか、もし敵の狙撃兵がいたら、まっさきに撃たれるだろうに、これだから素人は・・そう思ってぼんやり眺めていると、女は誰に話しかけたものかと迷っている様子だったのが、ふとロイに気付いて歩み寄ってきた。

よせやい、なんかあったら真っ先に巻き込まれる・・と、逃げ腰になったが、誰か上官の嫁さんかもしれないから、むげにもできない。

「あの・・第三医務班って所に行きたいんですが・・主人がいるもので」

「ああ、医務班・・こっちですが?」

入院している負傷兵の妻か母親なんだろうか? ここは最前線からはやや離れた、いわば後方部隊であるため、そういう見舞客がたまに訪れる。
ぼんやりと「誰か偉い人でも居たっけか」などと考えながら、それでも一応、エスコートするようにして、幕舎に向かう。

失礼ですが、お名前は・・と尋ねようとした矢先、その女が「ああ、ヨアン」と呼び掛けて、ロイを置いて走り出した。



その先にいたのは・・ノックス医師だった。



ヨアン? 今、ヨアンと呼びかけていたよな・・ノックス先生のファーストネームは、ヨアンというのか?
今まで知らなかった・・知らないことを、不思議とも不自然だとも考えたことはなかった。こっちからは「先生」と呼び掛け、ボウズとかクソガキとか呼ばれて・・それでじゅうぶんだったから。



・・私は・・先生の名前も知らなかったのか。その事実に気付いて、愕然とする。
あんなに親しくしていたつもりだったのに。



「バーバラじゃないか。どうした?」

「どうしたじゃないわ。こないだの休暇の時も、帰ってこなかったじゃないの」

「休暇といっても、中央に戻れるほどまとめて取れた訳じゃない・・忙しいんだ。その前は帰ったぞ」

「とんぼ返りでね」

「だからって、職場にまで押し掛けてくるやつがあるか」

「だって、ヨアン・・」

いつも仏頂面で斜に構えているノックスが、山の神相手にたじたじになっているのが珍しいのか、ひとりふたりと立ち止まる者が現れ、それに気付いたノックスが狼狽しながら「とりあえず、こっちに」と、妻の肩を抱くようにして促した。やや離れたところに、ロイが唖然として立っているのは目に入っていないらしい。
赤い傘は、ノックス医師の上にも差しかけられ、ふたりの背中がゆっくりと遠ざかっていく。




「ヨアン・・さん」

ロイは小声で呟いてみた。多分、そう呼ぶことは許してもらえない呼び名を。
雨の音が、そんなロイの声を容赦なくかき消してしまった。


■食らい尽くす

「おまえ、そんなに喰えるのか?」

あきれたようにヒューズが見下ろすが、ロイは胸を張って「食べる」と高らかに宣言した。
元々偏食気味で、そのせいか軍人にしてはあまり恵まれない体格に育ったロイである。さらに、この戦場で大量に人間を焼き殺す任務に就かされ、そのえぐい死体を毎日のように見ている影響なのか、ここ最近はいまいち食が進まないようなのだが・・それがどうだ。

今日に限ってはフルコースとも見まごう品揃えだ。もちろん、モノ自体は兵糧なので、華美とはいい難いが、いつもの面倒だからとサプリメントを栄養ドリンクで流し込んで済ませるだけの超粗食か、モソモソと2、3口だけ押し込んで、あとは「ワンと鳴いたら、くれてやる」などと、ジャンなんとかという下士官をからかって遊ぶ玩具にしてしまう罰当たりな行為を思えば、まことに豪華かつ豊潤な食卓だ。

「どういう風の吹き回しだ?」

「私は煙草は吸わないんだ」

「うん?」

「酒も嗜む程度にしか飲めない」

「知ってるぞ」

「ドラッグも、うまくトべないんだ」

「ああいうのは、個人差があるからな」

「・・ということは、食べるしかないだろうが」

「どうしてそうなるんだ?」

だがまぁ、なんらかのストレス解消法としてこれを思いついたのだろう、ということは大体見当がつく。
不器用でこれといった趣味もなく、オベンキョウ一筋の青春を送り、スポーツもどちらかといえばキライな方で・・となると、あとは布団をかぶって寝ちまうか、女とイタすか、ヤケ食いするしかない。

「俺が添い寝してやるのに」

「貴様には頼らん。大体、婚約者の写真と川の字なんて、真っ平ゴメンだ」

「おお、こわ」

ヒューズは冗談めかして肩をすくめたが、ロイは冷たい視線を送っただけで、にこりともしない。仏頂面のまま、無造作にフォークをステーキに突き刺した。

「おいおい、もっと食べ物は大事に扱えよ・・食事ってのは、すべからく生きているものの命を頂くという行為であって、だなぁ・・」

「あの女のこと・・マースは何て呼んでるんだ?」

グレイシアのことを「あの女」だなんて、そんな呼び方はして欲しくないと、マースは軽くカチンとくる。
あの娘、おまえのことだって、色々心配してくれてるんだぞ。大体・・ロイは、俺がグレイシアに惚れて、ロイを棄てたと思い込んでいるが、それは誤解だ。事実関係が多少前後していて・・だが、今さらそんな言い訳をしても、覆水盆に還るわけでもないから、あえて笑顔で「グレイシアって、フツーに呼んでるぞ?」と答えてやる。

「あの女は? やっぱりマースって名前で呼ぶのか?」

「そうだな。それって普通じゃないのか?」

「普通か・・」

いかにもまずそうに肉を嚥下したロイは、今度はパンにバターを塗りたくって、口に押し込む。
普通か・・そうか。それが普通なんだな。



ヨアンと呼んでた。それに、バーバラって答えてた。



ふん。それが普通かよ。ステーキに添えられていたニンジンとマッシュルームのソテー、豆のスープ、どれもこれも砂を噛んでいるような気がした。
・・私は、先生のファーストネームを知らなかった。

「おいおい、大丈夫かよ、そんなに食べて、おまえ・・」

「食べる。吐いてでも食べる」

「無茶すんなよ」

「無茶したいんだ」

挑発的な視線を投げかけられ、ヒューズは思わず手を伸ばして、抱きしめたい衝動に駆られた。
だが、ロイは長いバケットを棍棒代わりにして、ポカンとヒューズを殴り(やっぱり罰当たりだ!食べ物をそんなふうに扱うなって!)、かつての恋人をキッと睨む。

「なぁ、ロイ・・失恋したのか? おい、知ってるか? でも本当の失恋の場合ってさ、ヤケ食いじゃなくて、食欲が無くなるんだって」

「失恋じゃない」

今度は、野菜スティックにたっぷりディップを塗って、ぽりぽりとかじる。
先生・・今日は、あのひとの手料理を食べているんだろうか。だが、ご一緒にどうぞと言われて、はいそうですかと、のこのこ食いに行けるものか。

「ボーズはいつもロクなもん喰っちゃいねーだろ。喰え喰え」

先生までそんなことを言って。むかつく。なにを、好き好んで、わざわざそんなもの。
どう扱っていいものか、途方に暮れているヒューズが見守る中、ロイは最後に、ピーチパイを果汁ジュースで流し込むようにして、平らげて見せた。



■秘密

真夜中、ロイが激しい嘔吐と下痢で夜中に診療用の簡易テントに担ぎ込まれたと聞き、駆け付けた時には一瞬、肝を冷やしたが、ヒューズに「バカ食いしたんです」と説明されて、思わず笑ってしまった。

「なんだなんだ・・普段食わねぇくせに、どうしたんだ、唐突に。失恋でもしたのか?」

奥さんの手料理を食べた直後だからか、ノックスは妙に饒舌だ。多少、アルコールを入れているのかもしれない。

「失恋なんかしてません」

「そうか? そんなに腹が減ってんだったら、こっちに来て一緒に喰えば良かったんだ。食い過ぎそうになったら、ドクターストップかけてやるのに」

ロイが何か言いたそうにしていたが、ノックスは気付かない様子で、上機嫌で薬棚から胃腸薬を取り出す。

「ほれ。こいつでも飲んで、寝とけば治る。おい、ひげのあんちゃん、こいつ連れて帰るか?」

「はぁ、じゃあ、そうしま・・」

「いやだ」

「「はぁ?」」

ノックスとヒューズの声がハモった。簡易ベッドで毛布を抱き締めているロイは、ふてくされたように視線を逸らしている。

「“入院”するほどじゃないだろう・・帰れ帰れ。大体、俺ンとこには・・」

「帰らない」

「ロイ!」

たまりかねて、ヒューズがロイを抱き上げて強制的に連れて帰ろうとしたが、ロイは駄々っ子のように暴れて拒んだ。いくらヒューズも軍人で、多少の体格差があるとはいえ、大のオトナに本気で抵抗されてはお手上げだ。

「・・いつものヒスだな」

「すみません、明日、引き取りに来ますので」

ボソボソと会話するのも、ロイの機嫌をますます悪化させる。

「じゃあ、明日な?」

「来なくていい!」

ヒューズは取り付くしまのなさに肩をすくめて、ノックスに軽く会釈するとテントを出て行った。

「・・おまえさん、今日はここに泊まるのか? 俺も自分のテントに戻りたいんだが」

「奥さんが待ってるから?」

「まぁ、そういうことだな・・俺のテントとは違って、ここはちっと冷えるかもしれんぞ・・簡易ストーブ出しておいてやるから、寒くなったら自分でつけろ。それぐらいできるだろ?」

ゴソゴソと荷物をかきわけて、小さなブリキのタンクのような暖房装置を引っ張り出そうとしているノックスの中腰の背中に、のしっと何かが・・ロイが、のしかかってきた。

「なつくなっ、ばかもん!」

「・・ヨアンって呼ばれてるんですね」

「はぁ? ああ、女房か? そうだが?」

「私は・・先生を名前で呼んだことは無かった」

正面向いては言えないことも、こうして背中越しなら言える。だが、如何せん体勢が不自然なため、ノックスの腰が悲鳴をあげて、ふたり尻餅をついてしまった。

「なんだぁ? そんなことで拗ねてたのか」

「いけませんか?」

「呼びたきゃ、呼べばいいじゃねぇか」

「・・そもそも、知らなかった。知らなかったってことすら、気付いてなくて」

「そらぁ、まぁ、なぁ・・おい、重てぇんだけど」

諦めて、ノックスが地べたにあぐらをかく・・簡易テントなので地面が剥き出しなのだ。ロイは、その正面に子どものようにペタリと座った。

「どうでもいいじゃねぇか、名前ぐらいよ」

「よくないですよ。もし・・何かあっても、呼び掛けられないし、捜せないし・・」

「まぁ、確かに、何か・・あってもおかしくねぇわな。ここは後方基地とはいえ、一応、戦争してるわけだし」

「でも・・どうして気付かなかったんだろう?」

「ドッグタグしてねーからじゃねぇ? 俺らは兵士じゃねぇからな」

「そっか・・」

ドッグタグをしていたら、確かにねている時に、その小さなプレートに刻まれた名前を目にする機会があったろう。

「じゃあ、今度、先生に贈りますね、ドッグタグ」

「いらねぇよ」

「だって、何かあってもおかしくないんでしょう?」

ロイは、自分の思いつきが気に入って、少しだけ機嫌を直してニコッと笑う。

「分かった、もらってやる。もらってやるから、もう大人しく寝てろ。おりゃあ、帰る」

「それは嫌です」

「女房があっちで待ってるんだけど」

「嫌です」

今度は上機嫌で甘える調子であったが、扱いにくいことに変わりはない。ロイがずずぃっといざってくると、かきついてきた。

「・・ヨアン、スペル教えて」

ロイが娼婦のように笑う。こうなるともう、逃げようがない。
女房にバレたらどうすんだよ・・と、ノックスは青くなるが、ロイは「大丈夫、秘密にしておきますから」と、当てにならないことを言って、ケロッとしている。

「おまえなぁ、何を好き好んで、こんなオッサン相手に・・」

「何ででしょうね?」

そう言いながらも、膝にもたれて黒髪を撫でられるロイは、猫のように目を細めている。ノックスはもう諦めたというか、観念したというか・・肩をすくめると「ほれ、地べたに寝転ぶな、汚れるぞ」と言って、親指でベッドを指した。



・・そうして、またひとつ、ふたりの間に、公にできない思い出が増えた。


【後書き】5つのお題が思ったよりもうまくこなせたので、調子にのって残りの5つにも挑戦してみることにしました。ロイが情緒不安定のうえに、乙女すぎて、ちょっときもいです・・ごめんなさい。

※なお、ノックスのファーストネーム『ヨアン』と、奥さんの名前『バーバラ』は、帝斗きさとによる捏造です。原作で本名が判明し次第、改訂いたしますので、予めご了承ください。
初出(『豪雨』のみ):2005年11月3日
『食らい尽す』『秘密』掲載:同月11日

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