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おにごっこ・後編



エド・・そんなにアタシがキライな訳!?

その右腕、誰が整備してると思ってるのよ、その左足・・アタシがいなかったら、歩くことすらできないくせに。あんたの手足はね、アタシが丹精込めて、知識と技術のありったけを注ぎ込んで仕上げた完璧な作品なんだから。つまり、よ。あんたはいつも24時間365日ずーっとアタシの分身と一緒にいるんだから・・そのへん、分かってんの?

アタシになんの断りもなく、恋人なんか作らないでよね。
アタシはね、あんたを他のヤツとのデートに行かせるために、徹夜して足を作ったんじゃないのよ。他のヤツと手なんか繋がせるために、肩こりや首のこりに耐えて腕を仕上げたんじゃないのよ。
その足はね、あんたが旅に出ても、無事にアタシのところに歩いて帰ってくるためにあるのよ。その手はね、戻ってきて「ただいま。ウィンリィ、いるよな?」って、アタシの部屋をノックするんだから。
そのために、その瞬間のために、あんたがにっこり笑って帰ってこれる日が来るのを楽しみにしていたから、指先が震えるほど細かい作業でも、呼吸をするのも忘れるほど集中してできるし、腕が抜けそうになるほど重たい器材を担ぐのだって、苦痛だとは思わなかった。

・・なのに、なのに。

「兄さんが居なくなっちゃった」

「どうやって居なくなったの?」

「兄さんが錬金術でこの壁を作って、リンがそれを追って飛び越えたら、もう居なかったんだって」

「リンは?」

「また上から探すって、屋根に登って行っちゃった。兄さんの赤コート、見下ろしたらすっごく目立つんだって」

「ふーん・・」

そんなの、当てになる訳ないじゃない。エドのことだから、絶対に途中で目印になるようなコートを脱ぐはず。自分の腕・・機械鎧ですら、敵を欺くために外して偽の目印に仕立てたことのあるエドのことだ。その程度の知恵が回らない筈がない。
アルを撒いたのだって多分、一緒に走るアルが大きくて目立っていたからだろう。

「リンって、ずっと上から探してるのね?」

「路地とか入り組んで分かりにくいからね。上から屋根伝いに走った方が、最短距離を直線移動できて便利だって・・さっき、そう言ってた」

「エドはそれ、聞いてるの?」

「いや。でも、さっきからリンって上から降ってきたりしてたから・・」

「見当はついてる・・ってことね」」

上から・・上から見えないようにするには・・エドならどう考えるだろう?
足元にマンホールがあるのに気付いた。全体に錆びて銅色の蓋だが、小さな疵が銀色の筋になって光っている。

「エド・・錬金術で開ける余裕はなかったのね」

この疵は、機械鎧の指で、強引に蓋をこじ開けてついたものに違いない。

「アルッ! ねぇ、ここを開けてくれる?」

「ここ? あ、そうか、兄さんこんなところに逃げ込んだんだ・・でも、僕の身体じゃ入れないよ」

「ばかねぇ、あんたがこんなじめじめしたところに入ると、錆びちゃうじゃない、アル。でも、中は暗いんだろうなぁ。灯り、どうしようかなぁ」

悩んでいる間に、アルがマンホールの蓋を開けてくれた。ぽっかりと口を開けている暗闇に一瞬ひるんだが、梯子代わりに突き出している鉄棒に、新しいすり疵が光っているのを見て安心した。
やっぱり、エドもここを降りたんだ。

エドの機械鎧の重量を受け止めた梯子なら、アタシの体重で壊れることもないし、エドだって灯りが無い中を降りて行ったんだ。多分、少しでも明るい方へ移動していくに違いない・・握った鉄棒はひんやり冷たかったが、心なしか、まだエドの温もりを残しているかのような・・そんな気がしていた。





「チェーンソー女と鳥人間の詳細が分かりました」

生真面目な顔でファイルに目を落としながら、凛とした声でリザが言った。職場じゃないんだから、もっと砕けた口調になってくれても良さそうなものだが、あまりのバカバカしさに笑う気力もなくなっていたのかもしれない。

「チェーンソーを振り回しているのは、ウィンリィ・ロックベル、出身地リゼンブール、現住所は無届けですがラッシュバレーで、現在は旅行者として中央に・・」

「そんなもんはいい。んで、もひとりは“該当する公的記録は無いが、推定ではシン国第14皇子のリン・ヤオと思われ・・”とでも続けるつもりだろう」

「完全に公文書がないわけではないですよ。このファイルでは、密入国の取り調べの際に作成した資料に基づいて、名前は・・」

「もう、いい。そんな分かりきったこと・・私をおちょくっているのなら、相手はせんぞ」

「重要な事項は、この次です」

リザは眉筋ひとつ動かさないポーカーフェイスで、パラパラと書類をめくる。私は執務室の延長のような雰囲気にうんざりだったが、これを聞かねば解放してもらえないことは見当がついていたために、仕方なくウンウンと頷いて先を促す。

「このふたりが追っている国家錬金術師・エドワード・エルリック・・詳細説明はもういりませんね? ・・ですが、その目的は、エドワード君の髪留めにあるものと思われます」

「は? 目的は、何だって?」

「ですから、髪留めです。髪をくくる紐ですが、御存知ありませんか?」

「いや、その単語は知っている。そうじゃなくて、なんでふたりがそんなモンを血眼になって追い回しているのだ、と聞いたんだ」

「そうでしたか? つまり、先にエドワード君の髪留めを取った方の勝ち、という勝負のようです」

「勝ち、だと?」

「ええ、エドワード君との交際相手を決める勝負だそうで」

なななな・・なんだって!?
一瞬、頭の中が真っ白くなった。鋼のの、交際相手だと? 鋼のと交際しているのは、この私ではないのか!?
いや、確かに最近、忙しくて逢ってやっていなかった。せっかく食事に誘っても、鋼のが面白がって他の連中も誘うもんだから、ふたりっきりになる機会がほとんどなくって・・だが、別れたつもりはないぞ。100%いや、1000%無い。彼と付き合っているのは、この私だ。
あいつは、私に惚れているセントラル中の淑女に、溜息とともに羨まれる果報者なのだ。

小娘と小僧っ子の間で、そんなもん勝手に決められてたまるか。

「鋼のの現在地は分かるか!?」

「さぁ・・今現在も全力疾走で町中を移動しまくっているでしょうから・・まぁでも、軍用無線を傍受しながら移動すれば、あるいは捉まえることも可能かと」

「ふむ・・そうだな。無線機を車に積むか・・それから、フュリーを呼んできてもらおう」






真っ暗な地下道は、湿気が高くて肌がぬめるような不快感がするうえに、ひどくかび臭かった。こんな場所に長時間居ると、機械鎧がサビてしまいそうだ・・いや、鎧だけなら交換修理すれば済む。機械鎧と生体の境目に雑菌が入り込んで炎症したり、鎧に繋がる神経が腐ったりしたら、最悪だ。
だが、あえてそんな危険を冒したのは、そのようなリスクがあるところだからこそ『エドがこんな地下道なんかに逃げ込むんて、バカなことはしないだろうと』と、リンやウィンリィが考える筈だからだ。いわば、裏の裏を読んだ・・というところ。
それにしても、この辺に腰を下ろせるような場所があるといいんだけど。走り詰めで呼吸が荒く、心臓も破裂しそうだ。まったく、今日はなんてぇ厄日だ。

両手をパンと打ち合わせて、足元の泥に触れる。
錬成させたのは、柄のついた小さな壺だ。その中に、ヘドロをくみ上げて、ポケットに入っていたマッチで灯した火を放り込む。多分、これだけ汚い泥ならメタンが発生しているに違いない・・と考えたのだが、ビンゴだったようだ。瓶の口から淡い青白い炎が噴き出した。この炎がどれぐらいの間続くのかは分からないけれど・・ぴちゃぴちゃニチャニチャと、一歩ごとに不快な音がした。しかも、それが周囲の壁に反響しているのだから、始末が悪い。

「あ、灯り・・エドォ・・!」

そう遠くない場所から、聞き覚えのある声がした。
なんで? なんでもうバレてんの? 休むどころじゃなくなって、俺は走り出す。何度も足が滑って転びそうになったり、ヘドロに足をとられたり、顔面に飛んでいる蝙蝠がぶつかったりした。途中で即席のランプの灯も消えてしまったので、下水道に放り込んだ。再び視界が闇に包まれ・・遠くに小さな光が差しているのを見つける。多分、あのあたりにマンホールの蓋があるのだろう。駆け寄って見上げてみると、果たして鉄製の梯子が上方に続いていた。

「エドぉ! 待ちなさい!」

待てと言われて待つバカは居ない。必死で梯子をよじ登って、重たい蓋を押し上げる。顔だけひょこっと出して・・なんとそこはバザールの中心であった。ロバが引く荷車の車輪が、顔面スレスレを通り過ぎ、頭を誰かに踏み付けられそうになる。

「きゃあああ! こんなところから人が!」

「すっ、すんません、ちょっと避けてくださいっ! あ・・後から女の子も来るかもしれないから、気を付けてあげてっ!」

一瞬、この蓋を閉じてしまえばウィンリィは追って来れまい・・と思ったのだが、さすがの俺も、女の子相手にそこまではできなかった。なんとか地上に上がって小走りに、バザールの人波に紛れてしまおうとする。

「うぁあああっ! こんなところから人がっ!

ウィンリィが追ってきたのかと振り向いたが、周囲の人々の視線は上を向いていた。つられてエドも見上げると、燦々と照りつける巨大な太陽を横切るように、巨大な影が飛んでいた。猛禽類のように翼をひろげたような形のそれは、みるみる視界の中で膨らんでいき、逞しい体躯の少年になっていった。

「見付けタ、エドォっ! 逃げンナ、コラァ!」

「げぇっ! リンっ!」

耳元でビョォと空気が鳴ったのは、リンが大刀を降り下ろしたからだ。

「待てッ、エド!」

「やなこった!」

俺はコートを翻して駆け出した。






猛烈な勢いで市街を走る軍用ジープの後部席で揺られながら、無線を傍受し続けた曹長は、少々車酔いのご様子。かわいそうだけど、私だって別に、悪路を選んで走っているわけじゃないのよ、ごめんなさいね。
それもこれも、大佐が・・いい年して少年相手の恋愛ごっこに熱くなって、そんな事をしている場合でもないハズなのに、子ども同士のけんかに割り込もうとしているのが悪いのよ。本当にまったく、こんなイイ女が側にいるっていうのに、一体どこに目を付けているのかしら?

「サン・ルイ通りを横切って、東へ3ブロックです」

あらまぁ。サン・ルイ通りといえば人通りが多い大路よね。路面は舗装されているものの、人を避けて走る必要があるから・・結局、左に右にと忙しくハンドルをさばく羽目になり、曹長の身体も激しくシェイクされる。

「ぐぇえええ、ぎぼぢわるいぃぃぃいぃ・・」

でも、実際にそう言ってギブアップしたのは、助手席にいた大佐の方だったりして。

「吐く・・吐きそうだ、中尉・・少し、止めてくれ」

「止めても良いですけど・・追いつけませんよ?」

「そうは言っても・・うえっ、なっ・・なんかすっぱいものが込み上げて来てるんだ」

いくら敬愛するマスタング大佐でも、そのゲロまではとてもじゃないけど、愛せません、アタクシ。

「たっ、大佐ァ、車内で吐かないでくださいよ、なんか、僕まで気持ち悪くなってくるじゃないですかぁ!」

情けない声をあげるのは曹長・・ええ、ましてや曹長のゲロなんて、耐えられませんわ。しかたなくメインストリートを離れて、狭い路地の側にジープを停める。その路地を挟みこむ左右の土壁は、ジープの車幅よりも狭い。

「裏路地だから汚していいってことはないけれど・・表通りでぶちまけるよりもマシよね? でも、下水溝かゴミ箱があったら、なるべくそこで吐いてくださいね」

「そっ・・そんな配慮してる余裕なんてないっ!」

片手で口を押さえながら、転がり落ちるようにジープを降りた大佐が、よろよろと路地に吸い込まれていく。その黒コートの背中が丸まったと思うや、嫌な音が聞こえた。そのゴボゴボと喉が鳴る音や、液体が壁や地面に叩きつけられる音に誘われたのか、フュリー曹長も「ぼ、僕もダメだ・・」と呟いて、ドアを開けて出て行った。
だらしないわね、男のくせに・・そう私は呟いて、ハンドルに乗せた手を重ねて、ふたりが戻ってくるのを待つ。ふと、人の声がかすかに聞こえたような気がして振り向くと、フュリー曹長がさっきまで耳に当てていたヘッドホンが転がっていて、そこから盗聴中の通信が幾重にも重なって流れ出ていた。

サン・ルイ通りから。鳥。逆走。路地に向かって。

雑音に混ざって、途切れ途切れの単語が耳に飛び込んでくる。こっちに向かってる? 車窓から周囲を見回すが、まだその兆候は見られなかった。

「大佐、こっちに来るようですよ、そのまま捕縛できそうなら、捕まえてくれませんか?」

「なんだと? うえっ・・ちょっと待て、まだ気分が・・ぐぇええ。とてもじゃないが、あいつらが暴走してくるのを捕まえるだけの、気力も体力も・・おぇえええええっ・・無理無理無理無理」

「だらしないですねぇ」

とりあえず私も車から降りる。ウェッとティッシュでもあれば良かったんだけど、ちょうど切らしているみたいだから・・仕方なく、トランクからウェスを何枚か取り出して、大佐と曹長に差し出す。

「はい、これ。おしぼり代わりにでもなれば。少しガソリンくさいけど、これで我慢してください」

「中尉・・顔を拭くのに雑巾とは、あまりにもひどい扱いだな」

「余計に気持ち悪くなっちゃいそうですよぅ」

男ふたりはそうボヤキながらも、ウェスを受け取って口元のよだれを拭う。拭くものがまったく無いよりはナンボかマシだ。特に大佐の場合、その汚れを軍服の袖なんかで拭われた日には。そのゲロがついた軍服、一体誰が洗濯すると思ってるの? 冗談じゃないわ。

「この雑巾はどうしたら良いのかね?」

「棄ててくださって結構です」

そんなこんなしていると、遠くから地響きのようなものが聞こえてきた。通行人のものらしい悲鳴もかすかにしている。そちらを振り仰ぐと、土煙が上がっているような気がしたのは、幻覚だったのでしょうか?

「うぁあああああっ! 危ねぇぞぅ! 退いて、退いてぇええええっ!」

喚きながら全力疾走しているその人物は、果たして。エドワード・エルリックその人でした。





ガソリンくさいウェスに、収まったはずの胃が、ぐっと持ち上がるような不快感に襲われながらも、その声をこの私が聞き違える由もなかった。そう、その声こそ私の小さな恋人、鋼のだ。
そうか、そうなのか。あの糸目の毛長ザルや怪力チェーンソー女から必死で逃れているのは、この私の元に飛び込んでくるためだったのか。
そうだろう、そうだろうとも。お前を見いだし、護り、その最初の芽吹きから華開くまで、大切に育て上げたのは、この私だ。その幼くも野卑であった原石を、可憐にして妖艶な宝玉に磨き上げたのは、この私だ。その白い膚、寝乱れる黄金色の髪、滑らかな腰のライン、キュッとあがった臀部、すべては私の作品だ。私が作り上げた、私のために在る、私だけのものだ。

「そう、私の胸に飛び込んで来るがいい、鋼の!」

私は両手を広げてそう叫んだ。鋼は私を見て、ちょっと驚いたように眉をあげ、そしてそのまま、駆け寄ってきた。そうだ、やはりお前は私のも・・・

「大佐ぁ! じゃまぁあああああああああっ!」

鋼ののジャンピングキック(左)が、見事に私のみぞおちに決まった。息が詰まってくらっと頭がふらついたところで、鋼のの右足が私の肩を捉えた。鋼のの身体は、私の身体を踏み台に、高く跳躍して・・視界から消えた。

「はっ・・鋼のっ!?」

「ハイハイ、退くよろシ」

軽い脳しんとうか、まだめまいが収まらない私の目の前に、あの密入国皇子の姿が唐突に現れた。重力の法則を完全に無視した跳躍力で、バッと飛び上がったかと思うと・・後頭部に衝撃が走る。今度はあのバカ皇子が私の頭を蹴って、飛んだのだ。私の身体は前のめりに倒れていく。

ヤバイ、そこにはさっき私が開いた小間物屋が展開しているではないか、今朝のパスタが形もそのままに踊っている、その不浄の中に倒れ込むのか、ロイ・マスタング! それはいかん、断固拒否しなければいけない。某国の姫も『来ちゃ駄目ェ、そこは悲惨の海よぉ!』と叫んでいるはずだ。一瞬、一瞬が非常に長く、まるでスローモーションのようだった。私はその悲劇をさけるべく、時空を越えた戦いを挑む勇者と化していたのだ。だが、その努力は。

「やだぁ、ここ汚なぁい! 信じらんない!」

乙女の声で撃ち破られた。ビシャッと顔面を強打した挙げ句、背中をムギュッと踏まれる。あろうことか、その小娘は私の尻や背を橋にして、この汚物の海を渡っていったのだ! いくらフェミニストでいくら女性に甘く優しい私でも、この仕打ちを許すほどの人格者ではない。

「こら、小娘ェッ!」

起きあがって怒鳴・・った途端に、小娘の後ろから続いていた鎧姿の大男に跳ね飛ばされた。

「ぐぶぁああっ!」

「アレ? 何か踏んだかな、ボク?」

その姿と非道な仕打ちに全く似つかわしくない、天使のような声が聞こえる。

「ア・・ルフォンス君・・」

「あ、皆を見失っちゃう!」

そして、天使も無慈悲に駆け去っていったのであった。

「ふ・・ふふふふ・・クソガキ共め・・大人をバカにしたら、どういうめに遭うか、教えてやろう」

私はポケットから白手袋を取り出した。全身反吐まみれになってしまっていた私であったが、この手袋だけは無事だったようだ。手に填めて、指を鳴らす。

「お仕置ファイアーっ!」

遥か前方に、猛烈な轟音と爆風が吹き上がった。






気付いたら、俺はリンに抱きすくめられていた。
彼が、とっさに俺を炎から庇ったのだと気付くまで、数秒の時間が要った。あの猛烈な爆発の中、ウィンリィは? リンの肩ごしに見回すと、周囲の焼け焦げは想像以上で、まだあちこちが燻っていて・・そして、アルの陰に華奢な金髪が見えた。

「リン・・大丈夫?」

「ああ、エドのキレーな顔が無事なラ、大丈夫ダ」

「バカ、何言ってンだよ」

リンの髪の幾筋かが、焦げて縮れている。背中にも、火傷をしているんじゃないのだろうか。だが、リンはいつものニヤけた顔のままで。

「やっと捕まえタ」

そう囁くと、口づけて来る。リンの唇がカサカサに乾いていたのは、この炎のせいか、長時間に渡って続いた鬼ごっこの疲れのせいか。ウィンリィやアルが見てるんだから、そんな悪ふざけはよせ・・と言いたいところだったが、リンの切れ長の瞳に制せられて、動けなくなっていた。リンの逞しく長い指が、俺の耳元に触れ、髪の毛の中をくぐるように、滑っていく。その感触に、俺はぞくぞくした。

「・・オイ、髪留めはどーしタ?」

「えっ?」

唐突な言葉に、俺は状況が理解できなくなる。髪留め? 髪留めってアレだよな? 髪を縛る紐だよな? それが一体、どうしたんだろう?

「チョッ・・さっきの爆風で取れチまっタのカヨ! チクショーどこいっタ!?」

「はぁ!?」

リンの胸に半ばもたれ掛かっていた俺は、ポイッと放り出されて尻餅をつく。リンはそんな俺にはお構いなしで「焼けチマッタのカ!? どこダ!」などと毒づきながら
、四方を捜し回っている。

「あのー・・もしもし? リン・ヤオ君? さっきからウィンリィとふたりして、俺を追い回していたってゆーのは、まさか?」

「うン? エドの髪留めを取った方が、エドの正式な恋人になるとユー勝負だヨ」

「はぁああああ!? スキンヘッドの刑じゃなかったのかよ!?」

「なんダ、そリャ?」

「・・だッ・・騙されたぁああああっ!」

そこに・・リザさんがツカツカと歩み寄ってきた。
ヤバい。そんなつまらない理由で、町中追いかけっこして回っていたのだ。多分、ものすごく迷惑をあちこちにかけているに違いない。さっき大佐を見かけたような気がしたけど、大佐がいるということは、軍部も動くほどの大騒動になっていたのかもしれない。蜂の巣・・覚悟しなくちゃな。
だが、リザさんは俺など眼中にないというふうで、ふとしゃがみ込むと、何かをつまみ上げた。赤い、小さな蛇のような。

「リザさん、それ、俺の髪留め!」

「キレーなオネーサン、それ頂戴!」

「中尉、それを私によこし給え!」

そして、立ち上がったリザさんは、当たり前のような顔で、それをウィンリィに差し出していた。

「いい加減にしなさい。ホモが。少子化で国を滅ぼす気ですか」

サクッとそう言い放つと、リザさんは立ち去り・・大佐とリンは、焼けこげた瓦礫の中で真っ白に燃え尽きていた。






まぁ、そういうコトで、ウィンリィと正式に恋人・・というコトになったらしい。

「デートか。スキンは忘れずニ持ってイケヨ」

あの激しいバトルから数日後。もう長いこと逗留しているホテルの一室で、いそいそと身支度をしている俺を、ソファに寝そべりながらケロリとした顔で眺めているのはリンだ。

「ス・・スキン!? そんなのいきなり必要ないだろ?」

「サァ、分からねぇヨ? 備えあれバ憂いナシダ。あ、ソウソウ。ちゃんト、付け方分かるカ?」

「そっ・・それぐらい知ってるさ! 大体、いつも付けてやってただろーが!」

「口で、ナ」

「ぐっ・・そ、そういえば・・」

「ヴァージンのオンナノコ相手に、イキナリ、スキンつけろとかゆーんじゃネーゾ」

「言えるか、バカ!」

「ウヒャヒャヒャヒャ・・」

どうやら失恋の八つ当たりがてら、俺をからかって楽しんでいるらしい。まぁ、悔しい気持ちもあるんだろうし、俺だってリンと別れてしまうのは寂しいから、その気持ちは理解できなくない・・が、だからと言って、この仕打ちは度が過ぎてるような気がしなでもない。

「リン、お前なぁ・・!」

怒鳴り付けようとしたちょうどその時、扉の向こうから「エドォ、まだァ?」というウィンリィの声が聞こえた。

「・・じゃ、行って来る」

「ヘイヘイ」

リンは視線を合わさずに、手だけヒラヒラと振ってみせた。
後ろ髪を引かれる思いだったが、思いきって踵を返し、扉を開ける。待っていたウィンリィは、白のワンピース姿で・・ハッとするぐらい、大人びて見えた。



ずっと、ただの幼馴染みだと思っていたから。
いままで、異性として見たことがなかったから。



「き・・キレイだね、ウィンリィ」

「えっ? やだ、エド・・」

ウィンリィの頬が、ほんのりと薄紅色に染まる。見下ろす長い睫毛が微かに震えている。それを見ていると急に、何かがこみ上げてきて、思わず肩を掴んでいた。その額に唇を寄せると、フワッと甘い体臭が香る。これがオンナノコの匂いか、と胸一杯に吸い込んで・・ウィンリィの右ストレートが決まった。

「エドのえっちぃいいいい!」

バタバタと駆け去って行く。俺は吹っ飛ばされて、尻餅をついた状態で、キョトンとそれを見送っていた。その後頭部を、バシンと引っ叩かれる。

「スキンの心配は当分、要らなさソーダナ」

見上げると、リンが傍らで苦笑しながら立っていた。

「ほレ、さっさト追い掛けろヨ。こーいうときハ、ボヤボヤしねーデ、追いかけなくちゃイケネーって、愛典にモ書いてあルゼ」

「ごめん、リン・・ありがとう」

俺は・・立ち上がって、走り出した。

Fine

【後書き】前編の日付けを見てびっくり、もう1年近く放置ですか、放置してたのですか、きさとさん・・という気分です。ストーリーもオチも、前編を書いていた時点で決まっていたというのに・・ごめんなさい。
すみませんついでに、大佐、ひどいめに遭わせてしまって申し訳ありません・・反吐まみれにされるのは、当初予定にありませんでした。アレですわ、銀魂ネタ書いてて、シモネタ系に慣れてしまったせいですわ。えっと・・土下座の準備はできています。
初出:2006年11月13日

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