「ひとつ聞きたいんだが、大佐さんよ」
「何だ?」
「真面目に治そうという気はあるのか?」
「もちろん。あるからこそ、こうやって毎日包帯を替えに来ている」
「その割に、毎日怪我が増えてないか?」
「毎日ではないよ。昨日は新しい傷を作ってないはずだ」
「んなもん自慢になるか。こんだけ激しく咬みつくなんて、どんな女だ? よほどイイのか?」
「そうでもない。どっちかというと野良犬だ」
「その野良犬相手に何やってんだか・・まったく」
「そんなことをいちいち説明するのが面倒だから、正規の軍医ではなく、わざわざあなたの家まで通っているんだがなぁ」
「来てくれても厄介が増えるだけで、こっちは全然嬉しくねぇんだがな。あーあ、また同じところを咬まれたのか。こんなことを繰り返してると、傷痕が残るぞ」
「そのへんが、一番咬みやすいらしい」
「他人事のような言い方をするな。ほれ、シャツを脱げ。手首から肩まで、ボロボロだな」
「うむ。こんな乱暴なヤツの親の顔を見てみたい・・と言いたいところだが、孤児だったらしくてね。もっと早く出会えていたら、街娼なんかさせずにすんだのかなと思うと、残念だよ」
「そうなると、俺はもっと前から、おまえさんのこの傷の手当てを日課にさせられていたという訳だな」
「ハハ、そうかもしれない。でも、あまり前すぎても、今度はあなたがここに居ないのかな」
「・・ああ、多分、まだ軍属だったかもしれんな」
「あなたが軍を去ると聞いて、もう二度と会えないのかと思いましたよ」
「こーして毎日会ってるじゃねぇか」
「ええ、こんな街の片隅にひっそりと暮らしていたなんて、思ってもいなかったから、偶然再会した時は嬉しかった」
「バーカ」
「・・痛いッ!もう少し優しくしてくれないか? 妙にその消毒液、しみるんだが」
「大佐にもなって、消毒ぐらいでビービー言うな」
「偉くなっても、痛覚が鈍くなる訳ではないんです」
「ヘリクツだな。ところで、虫歯があるようだが・・治療はしているのか?」
「むっ・・虫歯っ!? いや、その、私は歯医者が苦手で、その、あの口を開けた間抜けな姿を他人に晒すというのは、紳士として耐えられないというか・・」
「はぁ? おまえさんも虫歯があるのか?」
「私の話ではないのか?」
「おまえさんの口の中なんざ知るかい」
「ふうん。キスしても、そこまでは分からないものなんだな」
「何の話だ? いや、この歯型・・ちょっと欠けているからな。虫歯ができたのかもなと思っただけだ」
「良く分かるな」
「俺の本業は監察医だったと、何度言ったら分かるんだ?」
「なるほど・・いや、先週、あいつがケーキのトッピングの飴細工だのマジパンだのを、おいしいおいしいと言ったものだから・・それからその、ケーキを毎日・・」
「・・で、おまえさんも一緒になって食べてたのか?」
「ああいうものは、一人で食べても虚しいだろう。また、あまりにあいつが喜ぶものだから、ブロッシュが張り切ってしまって、昨日はこーんな大きな砂糖菓子付きだった」
「そらぁ、虫歯にもなるわな。ほれ、包帯終わり・・口開けてみせろ」
「口? 嫌だ」
「痛くなっても知らんぞ・・虫歯だけはちゃんと治療しないと、自然治癒しないんだからな。ほれ、あーん」
「あー・・」
「ああ、こりゃあ抜かなきゃいけねぇな」
「抜くのは嫌だっ!」
「虫歯は自然治癒しないと言ったろうが。まぁ、今は抜歯用のペンチがねーから勘弁してやる。それより、今度、そのねーちゃん連れて来い」
「私より、あいつの方が心配なのか?」
「そりゃ、野郎よりねーちゃんの方が、治療してて楽しいに決まってるだろうが」
「そんなもんか」
「おいおい、すねるなよ・・コーヒーでも飲んで帰るか? 煎れてやるぞ」
「紅茶がいい。ミルクたっぷりで」
「で、砂糖は3つ・・だったっけ? 今日は砂糖はやめておけ」
「じゃあな、明日も来い」
「毎日会えるなら、怪我するのも悪いものじゃないな」
「バカ、そういう台詞は女に言ってやれ」
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