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首輪〜Other Eden&Chain 外伝


「そういえば、昨夜、野良犬を拾ってね」

ムスタング大佐がふと、思い出したようにアームストロング少佐にそう話しかけた。

「はぁ、犬ですか」

「薄汚くてキャンキャンうるさいのだが、腹をすかせていたから、連れて帰って飯を食わせて、ついでに風呂に入れてやったんだ」

「ほほう。それはお優しい」

「洗ってみたら、思ったよりも毛並みが良さそうだったので、飼うことにした」

「しかし・・確か、本国の婚約者殿は、犬がお嫌いなはずでは?」

「エリザベスか? そうだな。犬嫌いというか、なんというか・・まぁ、確かに連れて帰ったら、大ゲンカして大変なことになるだろうな。まぁ、そのときはそのときで考えるさ。ともかく、あのまま放り出す気には、何故かなれなくてね」

「なるほどなるほど・・しかし、いざ飼うとなると、何かと物入りですなぁ」

「うむ。そう思うよ。メス犬は特にね」

そこまで言うと、ムスタングはさもおかしそうに笑って見せた。アームストロングはその笑いの意味が分からなかったが、ふと思いついて「その犬は、どれぐらいの大きさで?」と尋ねた。

「大きさ? そうだなぁ、オトナにはなりきってないな。手足は長いが、栄養状態が悪かったせいでやせっぽちだったよ」

「首周りのサイズとかは、お分かりになりますか?」

今度は、ムスタングの側が、アームストロングの質問の意図が理解できなかったが、それでも両手の親指と人差し指で輪を作り「これぐらい・・だったかなぁ」などと答えたものだ。




それから数日後。
帰宅したムスタングから脱いだコートを受け取った執事のブロッシュは、ふとポケットに包みが入っていることに気付いた。

「旦那様・・これは?」

「ああ、忘れていた。アームストロング少佐から、うちのワンちゃんに・・って」

「ダカラ、オレを犬呼ばわりするなってバ」

「オレじゃなくて“私”だろう・・何度教えたら覚えるんだね? 犬でもこれだけ繰り返し教えたら、ちゃんと覚えるだろうに・・それとも君のオツムは犬以下かね?」

自分の暴言は見事に棚に上げて、穏やかな口調でそう諭しながら、ムスタングはリンに包みを渡す。

「これ、何?」

「さぁ? しかし、えらく奮発したって言ってたぞ・・そういえば首周りのサイズを聞いていたから・・ネックスレスかな? フランスのどこだか、有名な店から取り寄せたと言っていたが」

包みに巻かれたリボンをほどき、包み紙を外すと、中からやや大きめの宝石箱が出てきた。全体に皮が張られ、エメラルドやらサファイヤやらがちりばめられている。

「うわぁ、スゴイ! これ、ホントにオレに?」

リンは、はしゃぎながら宝石箱を開け・・絶句した。ムスタングは、そのリンの反応をいぶかしんで続いてその箱の中身をちらりと見て「ほほう・・」と低くうめいた。ここで大爆笑してしまわないあたりは、さすが英国紳士といったところだろうか。

「何なんですか? ちょっとワタクシも拝見・・」

ふたりの反応がよほど気になったのか、コートを片付けて退出しようと思っていたブロッシュも、ついつい覗き込んだ。

そこには・・犬の首輪があった。




「ワンちゃんには、首輪、気に入ってもらえましたか?」

翌日、アームストロングにそう声をかけられて、ムスタングは苦笑した。どうやら、彼は比喩をそのまま解釈しているらしい・・ユーモアのセンスに欠ける御仁だとは思ったが、あえてそこで訂正して、相手に恥をかかせるような真似はしないのが、ムスタング流の配慮の仕方であった。

「うん・・首輪なんかしたことがないらしくてね。無理矢理つけようとしたら噛みつかれて怪我をしたよ」

「それはそれは・・あれはヘルメスという高級馬具の店で取り寄せたものでしてな・・外箱は我輩が見繕いましたが・・安物の首輪よりは付け心地が良かろうと思ったのですが」

「まぁ、安かろうが高かろうが、首輪は首輪だからな。しかし、あれが良い品だというのは、良く分かったよ。フランスのものといえば、退廃的で卑猥なものだとばかり思っていたからね」

「フランス土産といっても、当世流のダゲレオ写真のエロ絵葉書ばかりではないということですぞ・・それにしても、怪我するまで噛むなんて、そんな野犬をよくぞ飼おうという気になりましたなぁ」

「そうだな。なぜだろうな」

ムスタングは軍服の右手の袖をめくると、手首から上のあたりに包帯が巻かれているのをアームストロングに見せてやり、自分でもそれをしげしげと眺めながら「なぜだろうなぁ」とボソッと繰り返した。

「あまりに言うことを聞かない場合は、鞭で叩いてしつけるのが一番ですぞ」

「いや、そんなマニアックなことは・・いやいや、叩いたら可哀相じゃないか。それに・・そんな野良犬でも、機嫌が良いときはなついてくるんだ。それがなかなか、可愛くて思えてね」

「はあ、そんなものですか。では、一度、お宅にワンちゃんを見に行ってもよろしいですかな?」

ムスタングは返答に困り、それには直接答えずに、ただにっこりと笑みだけを返した。




・・実際にアームストロングがマスタング邸を訪れて、その「野良犬」が、実は少女だと知ったのは、それから半年も先のことだった。



FINE

【後書き】『アザーエデン』の外伝・・かな? ムスタング(本物)と、リン(女体)のなれそめというか、出会ったばかりの頃のお話。街娼をしていたリンを、ムスタング氏が拾って、面白半分に面倒をみるようになって・・という感じです。
ロイ×リンで調教ネタ? というと鬼畜なお話になってしまいそうですが、なんとなくほのぼのになりました。
えーと・・『マイフェア・レディ』みたいという一句を入れようかとも思ったのですが『マイフェア・レディ』が有名になったのは、この舞台設定のずっと後のようなので、泣く泣くカットしました。あと、首輪してえちーするシーンも書こうかなと思ったのですが、一応、サンプル掲載だったので・・(微苦笑)。
初出(ブログサンプル掲載):2005年08月31日
加筆修正&当サイト掲載:09月08日

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