初夏のクリスマス |
「ブロッシュさーん、これ、なんですか?」
小さいといっても、その樹は優に、8フィートはあった。小さいというのは多分、本国のお屋敷のツリーと比べて・・の話だろう。 「クリスマスの日って、何をお祝いする日なの? 何をするの?」 「クリスマスといえば、イエス・キリストの生誕を祝う日だよ。イエス・キリストが分からない? ええとね、僕たちが信仰している宗教がキリスト教といってね、その偉い人だよ。その日に何をするって言われても・・そうだなぁ。パーティをしたり、プレゼントの交換をしたり・・そうそう、プディングや七面鳥のごちそうを食べる日だし」 「ふーん?」 「・・本当に、君たちって別の世界の人なんだねぇ」 こういうときに、あらためて不思議な気持ちになってしまう。アルがあまりにも熱心にツリーを眺めているので、ブロッシュはもっとよく見せてあげたいと思い「庭に出してみるかい?」と声をかけた。 「一度、埃を払ってから、飾り付けをとった方がいいと思うし・・せっかくの機会だから、痛んでいる飾りがないか調べておこうか」 初夏の昼の中庭に、唐突に出現したクリスマスツリーに、リンは目を丸くした。 「こんなん出しテ・・また娘らが騒ぐだろーガ」 リンがそうボヤいた頃には、目敏い貝尼莎が『あーっ、ツリーだぁ!』と声を上げ、あっという間に、ツリーはきゃあきゃあ騒ぐ女の子に取り囲まれていた。 「片付けるために、出しただけだからねっ!」 ブロッシュが一応、そう喚いて釘を刺すが、そんなのは一切聞いちゃいない。 『宿り木ないの? チューしてあげるよ?』 「アタシのリボンも飾ってあげヨーカ?」 『お願いごと書いた短冊吊るすんだっけ?』 『それって、七夕でしょ?』 ほぅラ、いわんこっちゃなイ・・と、リンはブロッシュを目で叱り、ブロッシュは小声でごにょごにょと「あの・・アルフォンス君が、あっちの世界には、クリスマスがないと言うもので・・その・・」と言い訳する。 「・・へぇ? そうなんダ? でも、こっちに来テ、もう2年ぐらい経つんだロ?」 「ずっと・・旅をしてたから」 アルも、リンの視線をまともに受けて、気まずそうに呟いた。 「ソッカ。そーだネ・・だったラ、アルフォンス君とブロッシュにハ、この騒ぎの罰としテ、今晩は、七面鳥とプディングでも、焼いテもらおうカナ?」 リンがそう言って、苦笑する。 今日はプディングだって・・と、これまた貝尼莎が叫び、やったーっと黄色い歓声があがった。 女の子達のバカ騒ぎには、慣れっこになってきていたエドではあったが、さすがに今回は、何事かと窓から外を見下ろしていた。 「・・クリスマスツリー? 何やってんだ?」 香港では、夏にクリスマスを祝うんだろうか? エド自身は、アルフォンス・ハイデリヒにクリスマスを教えてもらった。クリスマスを知らないと言うと、アルフォンスは驚いて分厚い本・・聖書を持ってきてくれたものだ。 だから、エドはクリスマスといえば、アルフォンスを思い出す。 宿り木の下にいる子には、キスをしていいんだよ・・そう教えてもらったから、素直にアルフォンスに、初めてのキスをした。 アルフォンスの上には、小さな木の棒っきれがリボンで結わえてつけられていたから・・弟に似ているというだけの理由で、くっついて回って、いつしか恋心を抱いていて・・でも、受け入れてもらえそうもないと、その気持ちを押さえ込んで苦しんでいて。 びっくり目を白黒させているアルフォンスに「だって、キスして良いって言ったじゃないか」と、宿り木を指差すと「言ったけど・・絶対キスしなきゃいけないってことじゃないよ。なにも僕にキスしなくたって・・ホント、エドワードさんってヘンな人だなぁ」と、笑い転げながら許してくれた。 そして・・笑いが収まって、見つめあい・・2度目のキスをした。 「・・ヤベ、泣けてきた」 だから、アルフォンスを思い出して辛くなるから、彼の死後はクリスマスは避けていた。その時期には、人里離れたところに宿を取るようにして。 「兄さーん、あのさぁ、クリスマスって知ってる? ツリーを中庭に出したんだけど・・おいでよ!」 何も知らない弟が、無邪気に呼びに来る。 エドはティッシュを鷲掴みにして、顔を拭って鼻をかむと「おう、今行く」と、大声で答えた。
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FINE |
【後書き】クリスマスが近いというので、SSでっちあげてみました。 アザーエデンの作中では初夏なんで、こういう形で・・宿木の下のキスは、ブロッシュがお館サマ(ムスタング氏と結婚する前?)に、1回だけ・・というエピソードもいいなぁと思ったのですが、やはりハイデ×エドでしょう! |
初出(ブログサンプル掲載):2005年12月22日 当サイト掲載:同月23日 |
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