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初夏のクリスマス


「ブロッシュさーん、これ、なんですか?」

今日も今日とて、執事修行と銘打っていいようにこき使われているアルは、倉庫を片付けていて、見慣れない植木を見つけた。いや、樹が見慣れないのではない。その樹になにやら小さな鈴やら珠やら小箱やら・・靴下までがにぎやかにぶら下がり、金銀のモールで飾り付けられているのが、アルの目には異様に映ったのだ。

「何って・・ああ、クリスマスツリーじゃないか。去年はバタバタしてたし、人手も足りなかったから、飾りつけを取らないで、そのまま放り込んだんだっけ」

「クリスマスツリー?」

「そ、クリスマス。知らないの?」

「うん。僕たちの世界には無いよ、こんな樹。何をする樹なの?」

「何をすると言われても・・クリスマスの日に飾るものだよ」

「飾って?」

「飾るだけ・・だけどね。あ、そうだ。宿り木の下にいる子には、誰でもキスしていいっていう風習はあるけど・・この木は小さいから、宿り木はないけどね」


小さいといっても、その樹は優に、8フィートはあった。小さいというのは多分、本国のお屋敷のツリーと比べて・・の話だろう。


「クリスマスの日って、何をお祝いする日なの? 何をするの?」

「クリスマスといえば、イエス・キリストの生誕を祝う日だよ。イエス・キリストが分からない? ええとね、僕たちが信仰している宗教がキリスト教といってね、その偉い人だよ。その日に何をするって言われても・・そうだなぁ。パーティをしたり、プレゼントの交換をしたり・・そうそう、プディングや七面鳥のごちそうを食べる日だし」

「ふーん?」

「・・本当に、君たちって別の世界の人なんだねぇ」

こういうときに、あらためて不思議な気持ちになってしまう。アルがあまりにも熱心にツリーを眺めているので、ブロッシュはもっとよく見せてあげたいと思い「庭に出してみるかい?」と声をかけた。

「一度、埃を払ってから、飾り付けをとった方がいいと思うし・・せっかくの機会だから、痛んでいる飾りがないか調べておこうか」





初夏の昼の中庭に、唐突に出現したクリスマスツリーに、リンは目を丸くした。

「こんなん出しテ・・また娘らが騒ぐだろーガ」

リンがそうボヤいた頃には、目敏い貝尼莎が『あーっ、ツリーだぁ!』と声を上げ、あっという間に、ツリーはきゃあきゃあ騒ぐ女の子に取り囲まれていた。

「片付けるために、出しただけだからねっ!」

ブロッシュが一応、そう喚いて釘を刺すが、そんなのは一切聞いちゃいない。

『宿り木ないの? チューしてあげるよ?』

「アタシのリボンも飾ってあげヨーカ?」

『お願いごと書いた短冊吊るすんだっけ?』

『それって、七夕でしょ?』

ほぅラ、いわんこっちゃなイ・・と、リンはブロッシュを目で叱り、ブロッシュは小声でごにょごにょと「あの・・アルフォンス君が、あっちの世界には、クリスマスがないと言うもので・・その・・」と言い訳する。

「・・へぇ? そうなんダ? でも、こっちに来テ、もう2年ぐらい経つんだロ?」

「ずっと・・旅をしてたから」

アルも、リンの視線をまともに受けて、気まずそうに呟いた。

「ソッカ。そーだネ・・だったラ、アルフォンス君とブロッシュにハ、この騒ぎの罰としテ、今晩は、七面鳥とプディングでも、焼いテもらおうカナ?」

リンがそう言って、苦笑する。
今日はプディングだって・・と、これまた貝尼莎が叫び、やったーっと黄色い歓声があがった。




女の子達のバカ騒ぎには、慣れっこになってきていたエドではあったが、さすがに今回は、何事かと窓から外を見下ろしていた。

「・・クリスマスツリー? 何やってんだ?」

香港では、夏にクリスマスを祝うんだろうか?
エド自身は、アルフォンス・ハイデリヒにクリスマスを教えてもらった。クリスマスを知らないと言うと、アルフォンスは驚いて分厚い本・・聖書を持ってきてくれたものだ。
だから、エドはクリスマスといえば、アルフォンスを思い出す。

宿り木の下にいる子には、キスをしていいんだよ・・そう教えてもらったから、素直にアルフォンスに、初めてのキスをした。
アルフォンスの上には、小さな木の棒っきれがリボンで結わえてつけられていたから・・弟に似ているというだけの理由で、くっついて回って、いつしか恋心を抱いていて・・でも、受け入れてもらえそうもないと、その気持ちを押さえ込んで苦しんでいて。

びっくり目を白黒させているアルフォンスに「だって、キスして良いって言ったじゃないか」と、宿り木を指差すと「言ったけど・・絶対キスしなきゃいけないってことじゃないよ。なにも僕にキスしなくたって・・ホント、エドワードさんってヘンな人だなぁ」と、笑い転げながら許してくれた。

そして・・笑いが収まって、見つめあい・・2度目のキスをした。

「・・ヤベ、泣けてきた」

だから、アルフォンスを思い出して辛くなるから、彼の死後はクリスマスは避けていた。その時期には、人里離れたところに宿を取るようにして。

「兄さーん、あのさぁ、クリスマスって知ってる? ツリーを中庭に出したんだけど・・おいでよ!」

何も知らない弟が、無邪気に呼びに来る。
エドはティッシュを鷲掴みにして、顔を拭って鼻をかむと「おう、今行く」と、大声で答えた。




FINE

【後書き】クリスマスが近いというので、SSでっちあげてみました。
アザーエデンの作中では初夏なんで、こういう形で・・宿木の下のキスは、ブロッシュがお館サマ(ムスタング氏と結婚する前?)に、1回だけ・・というエピソードもいいなぁと思ったのですが、やはりハイデ×エドでしょう!
初出(ブログサンプル掲載):2005年12月22日
当サイト掲載:同月23日

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