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雨に濡れて


エドの小さな身体に、ロイがしがみつくようにして顔を埋めていた。しゃくりあげる度に、肩が不規則に揺れている。
エドはそんなロイの胴を抱いて、時折、生身の左手で、思い出したように黒髪や背中を撫でていた。


早いとこ放り出しちまえよ、そんなヤツ・・と、イライラしながらリンが待つ。
傘を差しかけてやってはいるのだが、ずぶ濡れのロイを抱きとめて、しかも濡れた路面にべったり膝をついているのだから、あまり意味はない。
ただ、自分が後ろで待っているということを忘れられないためだけに、リンは、自分も雨に濡れながら、エドの頭上に傘を傾けていた。

「おイ、そろそろ・・」

「ごめん・・リン・・先に帰っててくれる?」

「先にっテ・・そんなにそいつのことが気になるのカ?」

さすがに怒りがこみあげてきて、リンの声が震えた。カッとして手が出そうになるのを、かろうじて抑える。

「ごめん・・だから、ごめんって・・リン、本当にごめん・・」

何回、何十回謝られても、許せるとは思えない。こんなことになるのだったら・・本気にならなければ良かった。
最初の頃のように、カラダだけの関係と割り切って、エドの思いはアルの精神の混線だと決めつけたままで。へらへらと笑ったまま抱いて、相手の事なんて、ただ劣情を吐き出すだけの商売女か、奴婢と一緒の扱いで留めておけば良かった。



「どうして・・マスタング大佐なんダ?」

問い詰めたいことはいくらでもあったが、こみ上げる感情に邪魔されて、うまく言葉が出てこない・・言語の問題ではない。最近はシン国の言葉でも、多少は通じるようになっていた・・かろうじて、それだけ言えた。

どうして、オレじゃなく、そいつなんだ? と。


ずっとそばで見ていたから知っている。このふたりは一緒にいても、いつも言い争いばかりしていて、ちっとも楽しそうじゃなかったじゃないか。笑うよりも罵りあうことの方が多くて・・後で、こっそりと陰で泣いていたのも、オレは知っている。
エドが女の子に惚れたからゴメンっていうのなら・・すんなりとは納得できないかもしれないが、理屈としては一応、理解できるのだが。

「・・俺にも、どうしてか分からないけど・・こんな状態で放っておけないし・・それに、リンは強い人だから」



・・だから、ひとりでも大丈夫だろ?



「・・ああ、もう。分かっタ分かっタ。弱いモン同士、仲良く傷の舐めあいでもしてろヨ。オレはそこまで付き合い切れネェ」

「・・ごめん・・ありがと」

「マ、賢者の石が見つかるまでは、今後も君達のまわり、うろちょろさせてもらうけどネ」

ホントはイヤだ。二度と顔も見たくない。
だが「それとこれは別問題」と割り切らなければ、何のために苦労して、命がけでここまで旅をしてきたのか、分からなくなる。そう、最初はこいつの近くにいれば賢者の石の手がかりがつかめるからという理由で、エドに付きまとっていたはずなのだ。そのうちに、何かが微妙に狂って「手段」が「目的」になってしまった。

「・・じゃあナ、エドワード」

ついでに「もう、オレんとこ抱かれにくるナヨ」と言い添えてやるつもりだったが、イザとなると口の中がカラカラに乾き、のどが詰まった。そして、再び来られたら、何事もなかったように淡々と受け入れてしまいそうな自分に、吐き気がするほど嫌悪感を感じる。
・・でも多分、そんな釘を刺すまでもなく、もう二度と来ないんだろうな・・リンは、エドが振り返る前に、すばやくきびすを返した。



「・・ランファン、帰るゾ」


ランファンがいないのは知っている。周囲に、ランファンの気はまったく感じられない。
ただ、エドに聞かせるためだけに、わざとこっちの言葉で、大声を張り上げた。







「・・行かなくていいのか?」

「しっかりしがみついておいて、今さら何言ってやがる・・」

ここで情に流されて、ロイに手を差しのべて良かったのか、リンと一緒に立ち去るべきだったのか・・迷いが無かったと言えば嘘になる。



・・ただ、見捨てられなかった。



地位も見栄もプライドもある大佐が、すべてをかなぐり捨てたかのように、自分を求めているというのに、見捨てられなかった。誰かに、ただの同情じゃないのかと指摘されれば、正直にそう認めたかもしれない。だが、百歩譲って、この感情が恋とか、愛とは違うとしても。



この男は、自分を必要としている・・肉体を、魂を、精神を、全てを・・それだけで、十分ではないのだろうか。



ロイが顔をあげた。エドは苦笑して、自分のコートの袖口で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃのロイの顔を拭ってやる。

「そんな、みっともない泣き顔・・セントラル中の女が泣くぜ」

「すまん、鋼の」

「・・帰ろう。んで、着替えて、なんかあったかいのでも飲もう」

立ち上がると、いつも通りロイの方が背が高いのが、なんだか不思議な気がした。泣いてる背中は小さくて、抱き締めたくなるぐらい可愛かったのに。

「そうだ、ホットミルクがいいな」

「牛乳は嫌いじゃなかったのかね?」

「あんたさっき、すんげー可愛かったから。俺、頑張って大きくなることにした」

そんな軽口を叩くと、泣き笑いが返って来た。
・・そして、ふたりびしょ濡れのまま、手を繋いで歩き始めた。
fine

【後書き】小説を書くときに、いつもカプのテーマソングを決めています(理由:イメージを浮かべるのが楽だから)。
んで、ロイエドのテーマソングを考えていたら「岡村ちゃんの[妻になってよ]とか!? 20代後半だけどさぁ。雨にずぶ濡れで無能まっしぐら。奴が泣くとこ錬成」などというメールを送りつけられ、思わず、最初のイラスト書いてしまいました。
んでもって、イラストから「ごめん・・リン・・先に帰っててくれる?」なんてセリフが思いついてイメージが膨らみ、思わずSS書いてしまいました。
大佐がハナたれてるのを、エドがコートの袖で拭ってあげるのも、友人のアイデアです。いやぁ、愛が深いなー。私はリンの方が好きだから、大佐にそんな深い愛は注げなかったわ。

どーやら、三角関係がこじれにこじれた挙げ句、土俵際の大佐の泣き落としで逆転勝ちのようです(←意味不明)。

いや、一応、ロイエド前提のリンエドだし、リンエドでのハッピーエンドってのは考えてないので、これはある意味、あるべきラストなのかなーと思うのですが・・リンがんがれ。

しかしコレ、場所はどこだ。どーいう経緯で大佐が泣き出してしまったんじゃ。エドの態度がリンと大佐じゃえらく違うじゃねーか。ずぶ濡れで風邪引くぞ。つーか、イラストどへたクソ・・などなど、ツッコミどころは死ぬほどあるのですが、まあ、単に雨の中泣いてる大佐の姿を妄想してみたかっただけということで。
初出:2005年3月22日

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