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錬丹術

それは、アルフォンスがリンを拾い、町中を引っ掻き回した際にエドワードが義腕を引きちぎってしまった日の夜。ウィンリィが徹夜でその修理に追われていた時のことである。
つまり、エド達がリンと共に中央に向かう日の前夜・・ということだ。

えっ? コミックス読み返しても、あれから一晩たった・・なんて描写がどこにもないって?
いやいや、エドの腕を直すのには、それぐらい時間がかかるのだよ。なんたって、天才技師ウィンリィが丹精込めて作った精巧なオートメイルなんだから・・なっ? なっ? そうだろ? ウィンリィ?

・・まぁ、そういうことにしておいてくださいまし。


※ ※ ※ ※


「なぁーおまえさぁーホッントォーに錬丹術のこと、なーんにも知らないのか?」

夕食を食べ終わった後、片腕がないのでアルと組手をすることもできず、退屈していたエドが、リンにそう言って絡んだ。

「知らなイよ。錬丹術師、ケチね。オレも書物で読むぐらいのカンタンな知識しかない」

「フーン。じゃあ、なんで賢者の石なんて欲しがるんだ?」

「ソレ、昼間にも言った」

「あーそうだったなぁ。不老不死、だっけか。ホント、つまんねーヤツだなぁ」

「兄さん、失礼だよ。そんなこと言ったら・・そんな、つまんないとか退屈だとか・・」

一方のアルは、眠れない身であるためか時間をつぶすのが、かなり得意になった。もともと兄のように飽きっぽくなかったせいもあるだろうが、本の一冊、あるいは紙とペンさえあれば、いくらでも1人で遊んでいられる。実は最近、アルが秘かにハマっているのが、1人チェスだ。紙の碁盤と、木片を削った自作の駒で、黙々と打っている。
・・兄さんばっかり、大佐んとこでチェスしにいってずるいや。ボクもチェス上手になって、大佐にチェスの対局してもらうんだい。

・・兄が本当に、チェスをしに大佐のところに行ってると信じている、可愛らしい弟の、子どもっぽい嫉妬なのであった。

ホント、退屈の余り、ひっくり返って両足バタつかせて駄々でもこねるんじゃないかという兄の勢いに、アルは思わず「じゃあ、一緒にチェスをしようよ」と誘うところであった。危ない、危ない。ボクがチェスを打てるようになっているっていうのは、兄さんには内緒なんだ。
いつか、こんどまた、チェス打ちに行くって言ったら、絶対ついてってやる。
「おまえ、チェスなんて分からないから見ててもつまんねーだろうし、いつもみたく留守番してろ」って言われたら「ボクも打てるよ」って、返事してやるんだ。

・・兄さん、どんな顔するかなぁ?※どんなって、ものすごーく困った顔だと思いますよ

「アル、何ニヤニヤしてるんだ?」

「ニヤニヤなんかしてないよ? 大体、この鎧兜の顔で、どーやってニヤけろっていうのさ」

「なんかねー、分かるんだよね。俺にはさぁ。天才の、この俺だけにはさぁ」

やだねー、今度はボクに絡もうっていうの。

「でもさぁ、リンさん。書物で読んだぐらいのカンタンな知識でも、ボクらには新鮮なことだと思うよ。そういうのぐらいは、聞いてもいいんじゃない?」

「ありゃぁ、そっちの鎧クンにまでそう言われちゃッタカ。仕方ないなァ」

「おーっ、なんだよぉ。俺が頼んだらダメで、どーしてアルが頼んだら仕方ないになるんだよっ!」

「・・兄さん、それは八つ当たり」

「じゃア、このニーサンとやらを借りて、ちょいと教授してくるヨ」

「どこ行くの?」

「ちょっとアルコールをいれに。錬丹術ってネェ、お酒とエンが深いのヨ」

ちょっと心配だけど、まぁ、静かになっていいや。ボクもチェスの修行があるし。
ハマってみると、これが結構面白いんだよね。有限の碁盤を無限の宇宙に見立てて、一定の法則の中から無数の可能性を紡ぎ出す・・って、これって錬金術に通じるんじゃない? だからこそ、あの2人も毎晩あれだけしつこく対局してるのかもしれないし。※それは大いなる誤解だ
アルは、リンとエドを見送ってから、おもむろに頭部を取り外し、鎧の内部にぶら下げていた小さな袋から、自作のチェス一式を取り出した。

「あれぇ? あの2人はァ? ソレ何?」

パニーニャが部屋に入ってきて、気短な性格に相応しい早口で、2つの質問を同時にした。

「2人は遊びに行った。これはチェスだよ。ルール知ってる?」

「あんまり強くないけど、打てるよ。あいつらからかってやるつもりだったんだけど、まあ、いいや」

パニーニャが、ポンとテーブルを飛び越えると、アルと向かい合った席に座った。
「ボクは強いかどうかは、分からない。ひとと打つの、初めてなんだ・・あと、ボクがチェスやってるの、兄さんには内緒にしてね」

「へぇ?」

少女の褐色の指が、別の生き物のように器用に駒を並べ始めた。




「どーして酒が、錬丹術と縁が深いんだ?」

「ホントは、錬金術との方が、縁が深イ」

「なんじゃ、そりゃ」

「古典的錬金術の基本テクニックのひとつって、蒸溜でショ? つまり、ぶどう酒を蒸留して、ウィスキーにする技術」

「ほほーう。つまりおまえは、酒が飲みたかっただけか? しかも俺のカネで」

「怒らない、怒らない。錬丹術のマスターである“仙人”もお酒大好きネ。メーテーする感覚、これが仙界の感覚に似てるっテ」

「“仙人”?」

「どーっから話したらイイんだろね? 飲まないの?」

「オレはいい」

「んじゃーまぁ、お互いの認識を埋める努力からしようか。そっちは賢者の石って、どんなんだと思ってル?」


・・とぷん・・


エドの耳の奥で、粘液質のものが揺れる音がした。
一度だけ、見たことが有る試作品の賢者の石・・そう、あれはティム・マルコーの自宅で見せてもらった・・そして、それは「生きた人間」が原料だった。

「知らねェ」

そんな気持ち悪い話、初対面の人間にできっか。

「全然知らないのに、探してルのカ?」

「じゃー、おまえはどんなんだと思ってるんだ?」

「シンの国では昔、それは水銀だと思われてタ。どんな形態にもなる不思議な金属だと思われてタからな。でも、水銀を飲んでも不老不死にはならなかっタ」

「当たり前だ。水銀は猛毒だ」

「その次には、金だと考えられた。金も性質が変わらなイからだ。だから、術師は皆、ただの土や石ころから、金を造り出そうと四苦八苦しタ」

「へぇ? こっちじゃあ、金を作るのは禁止されてるんだぜ? 金と、人間を作るのは御法度なんだ」

「それはオカシイ。じゃあ、なんで“錬金”なんだ?」

言われてみれば、確かにおかしいが、昔からそういう決まりなんだから仕方ない。

「君、ホントに酒、イラナイのか?」

「いいから、続きを話せ」

「へいへい・・勉強熱心なことで。ともかく、賢者の石ってそもそも何だろうっテ、術師は血眼になって、探し回ったり、造り出したりしようとしているんダ。それは、硫黄だったり、卵だったり・・」

「おまえ、ホントに錬丹師じゃねーのか? 妙に詳しいな」

「本の知識だけさ。君みたいに実際に“錬成”するような能力はないし、あれば砂漠越えてまで賢者の石なんて探しにこなイ」

「そりゃあ、そうか」

「んで、その錬金術師殿の前で言うのは面映いんだガ、そもそも物質は、その本質である“質料”と、その物を物として特徴づける“形相”ってもんで決まっているんだとサ・・質問はすルなよ。オレもうまく説明できない。ただ、君たちが念じるだけで物の形や性質を変えちまうっていうのは、その物質の本質である“質料”に働きかけて、その物質の“形相”を操ってしまうってことだ・・これは、錬金術の根源理論で、大昔のえらーいオッサンが説いたものだが、よ」

リンは程よく酔ってきたらしく、頬を上気させている。

「おいッ、寝るなよ」

エドが慌てて、カウンターに突っ伏したリンの頬を叩いて、起こそうとした。

「おーっ、冷たい手ッ・・気持ちイイー」

「コラっ、なつくな酔っぱらいっ! んで? なんで、その根源理論が突然、出てきたんだ?」

「おヤ? 分からないの?」

「何が?」

「この質料がサ、つまり人間が人間である・・人間の形や性質を決定するものがサ、つまりぃ、西の方の言葉でいうプノイマ・・オレらの国の言葉でいう“気”ってヤツでネ、その“気”そのものを固体化して、結晶化するわケよ。プノイマの結晶は、エリキサと呼ばれ、エリキサは様々な伝説と拡張された解釈とたくさんの別名を伴って、やがて“賢者の石”と呼ばれルようになりましタ・・ってわけ!」


・・!・・人間が人間である・・人間の形や性質を決定するものが・・“気”?


つまり、それが足りなかったから、母さん・・いや、あの生き物は「人間の姿」を形作れなかったというのか?

そして、生きた人間から“それ”を造り出せるというのは・・つまり、その“気”を抽出するからということで・・? 複数の人間が必要だというのも、結晶化が可能な分量を取るには、人体からあまりにも少量しか採れないということか・・?

漠然と「賢者の石があれば何でもうまくいく」という噂を聞き、それがあれば、質量保存の法則などの錬金術の限界を軽々と越えられるらしいというので、それだったらアルフォンスの肉体とエドの手足も元に戻せるだろうと探し始めたのが、エドとアルフォンスの旅の始まりだった。

「なぁ、その“気”の話、もっとしてくれよ・・おい、寝るなってば!」

「うーん、気持ちイイ・・このまま座ってルと寝ちゃいソー」

「じゃあ、場所移そうぜ。うちに戻るか?」

「うーん・・外に出ル」



・・ってゆーかなんか、自分だけベラベラしゃべったような気がするゾ。エドワードからは、何の情報も貰っていない。こんなの不平等だ、オレ様としたことが口惜しぃっ! という思いがリンの脳裏を掠めた。
その思いがなかったら、ふたりはそのまま夜の街を散歩した後、おとなしく宿に帰って、寝てしまったろう。


店を出るが早いか、リンは道端にしゃがむや、ノドに指を突っ込んで豪快に吐いた。
そして、唇から垂れる唾液も拭わずに「・・ランファンッ!」と叫ぶと、背中をさすろうとしたエドの手を押し退けて、黒い小さな影が湧いて出た。

「ハイ、リン様」

「どっ・・どっから湧いて出たーッ!」

突然の登場にビビっているエドにはお構いなしに、ランファンは懐中から布を取り出してリンに差し出し、リンは当然のようにそれで口を拭う。

「あー吐いたら、少し酔いが醒めタ。そうだ。ランファン『五石丹』持って来イ」

「えっ? あ、ハイ、リン様」

ランファンの姿が、再び闇にまぎれる。エドは、あんまりこいつらの行動に驚かないことにした。

「ウーシー・・? え? 何?」

その「モノ」の名詞だけが、シンの国の言葉だったため、エドには見当もつかない・・というより、こちらの言葉に訳されても、なんのことやらサッパリだったろう。

「サンザンごちそうになったからナ。俺からもごちそうしようと思っテ」

「吐いて楽になったんなら、宿に戻ろうか?」

「“気”の話、聞きたいんだロ? もう少し付き合エ。それに、酒場じゃ周りが気になって話しにくカッタ。2人になれるとコへ行こウ」

さっき吐いたせいだろうが、リンの唇がヌメッと鈍く月明かりに照らされて光っていた。エドはなぜか背筋がゾクッとしたが、“気”をもっと知りたいという好奇心には、勝てなかった。



あのーう、ここはイワユル連れ込み宿ってトコなんですけどぉー・・というエドの気弱な抗議の声は聞こえているのか、いないのか、リンはズンズンと進む。

「ご休憩ですか?」

「うん、泊まらないから。2時間ぐらいネ」

「おーいっ! あーのーなーぁ! だから、ここが何処か知ってンのかよーぅ!」

「知ってるヨ」

「・・あ、知ってるんですか、はーそうですか、さいですか・・」

「だってオレ、まだちょっトフラフラするから、少し横になりたイシ。ここなら、邪魔も入らないシ。フツーに泊まるんだって、安くていいんダヨ」

「あーそーですか。分かってるなら、いいです。もう、いいです」

おまけに、お会計係はエドだ。こんな宿の代金なんて、研究費からの小切手は使えないから、自腹で財布から金貨を取り出す。ちょっと情けない気分だが、リンはさっきまで酔いどれていたのがウソみたいに、妙に上機嫌にスキップするように階段を登っていく。

「この階の部屋みたいダ。部屋はっと・・こっちダ」

天井の低い、今にも崩れそうな粘土のレンガを積んだ建物だ。個室の扉は皮のカーテンに閉ざされているだけで、廊下を歩いていると、いくつかの部屋から金切り声や唸り声が聞こえてくる。

「こんな部屋だと、集中できねーよーぉ」

「錬金術師の集中力は、その程度?」

「なんだとぉ!」



挑発されると、ついノッてしまうのは良くない癖だ。リンがめくってみせた皮のカーテンに、自ら飛び込んでみせた。リンもカーテンをくぐって入り口を塞ぐと、隣室の音がほとんど気にならない程、微かになった。思ったよりも、防音効果は高いらしい。

「ランファン」

「ハイッ!」

「またぁー!」

今度は、ランファンは窓の向こうから顔を出していた。エドの「常識」が辛うじて許容する範囲の出没だ。ランファンは小さなヒョウタンを手にして、リンに差し出した。

「ウン、ご苦労」

「あの、リン様、あとは・・」

「後でまた呼ぶ」

「ハイッ!」


ランファンが窓枠から手を離し、勢い良く視界から消えた。ここ、確か3階か4階だったような・・? もういい、知らん。

「さっき、たくさんオゴってもらったからナ、うちの国の・・ま、一種の飲み物。飲メ」

「毒じゃねーだろーなぁ」

「毒じゃないヨ」

「さっき言ってた“ウーシータン”ってヤツか?」

「記憶力イイねー。そうだヨ」

室内には粗末なベッドと小さなサイドテーブル。その上には、申し訳程度の燭台と、グラスと皿、フォークが2つずつ。
ベッドの下には身体を洗うためだろうか、たらいとタオルもあるようだが・・水はどこで汲めばいいのだろう? なにせ、他には何もない殺風景な部屋だ。
リンは、迷わずそのグラスを取り上げると、ヒョウタンの中身を注いだ。


・・とぷん・・


想像していたよりも、粘度の高い、むしろ、ブヨブヨしたゼリー状を思わせる動きと音がした。
エドは、思わず酸っぱいものがこみ上げてきて、胃がえずくのを感じた。

似てる・・思い出したくねーものに、そっくり似てやがる。

「まさか、コレ飲めっていうんじゃねーだろーなぁ」

「うん。そうだヨ」

あの、賢者の石の試作品とそっくりの・・これを飲むのかよ?

「ナニ? ビビってるノ?」

だから、挑発的な言葉にノセられるのは、俺の欠点だと、さっきも自覚したばかりなのに・・

「ビビってる? 俺が? ハッ! ビビるもんかっ!」

グラスをリンからひったくると、一気に飲み干してしまった。
途端に全身の毛が逆立つような寒気に見舞われ、血の気が引くような感触がした。やがて寒さが引くと逆に今度は内臓が灼かれるように熱くなり、視界に赤っぽい紗がかかったようにかすみはじめた。めまいのような感覚に襲われ、部屋全体がグニャグニャっと動いたように見え、頭が重くなり、全身の骨が抜けたようになって・・よろけて右手を床につこうとして、右手がないことに気付き・・床に倒れ込んだ。

『ランファーン、服脱がせて』

異国の言葉だけども、お気楽な主人が何か命令しているということは、なんとなく分かる。

『ハイ』

それに答える従女の声がさっきと違って、ちょっと覇気がないように聞こえるのは、言語が違うというだけの理由ではないだろう。衣ずれの音。そして、うずくまって何か布・・多分、服を畳む小さな気配。

『終わったら、また、呼ぶから』

『・・ハイ』

今度は泣きそうな、消え入るような声・・




『さて、と』

ついでにこいつの服も、ランファンに脱がしてもらえば良かったなーなどと、ノンキというよりも罪作りなことを考えながら、リンはエドの小さな身体をベッドに引っ張り上げた。
あごを掴み、上を向かせて、頬を平手でピタピタと叩く。

「オーイ、“気”について、聞きたかったんジャなかっタっケ?」

エドの目が、カッと開く。

おースゴイ、スゴイ。知識欲というか、その意志の力は、相当のモノだね。
それだけの精神力があるからこそ、こいつはこんなにチビっこくても、錬金術師になれた訳か。

「・・い?」

「そう“気”」

少々呂律が回っていないようだが、それは少ししたら慣れる。“五石丹”が全身に程よくまわったら、こいつの思っていること、考えていること全部、本人が意識しようとしまいと、ベラベラしゃべり出して止まらないって算段だ。
さっきから、こいつ、何かに思い当たってるフシがあるのに、それを意図的に隠して知らんフリしてやがった・・だから、この結果を招いたのは、オレじゃなく君自身。
素直に話してくれれば、なにもオレだって、こんな手荒なことはしないのよ。こっちの言葉でなんていうの? 等価交換? それがあればねー、こんなことになってないの。

「なんれ、おめーはらかなんら?」

「あ? ああ、裸? うん、裸の方がいいんダ。君も脱ゲ」

「いやら・・」

そんで、ついでだから、ちょっとお仕置きもしちゃうってワケ・・ぐったりしたエドから服を剥ぎ取るのは簡単だった。小さくて、細い胴がむき出しになり、義手と肌の境目近くにある、グロテスクな傷跡もあらわになる。

「やっ・・やめっ・・たいさっ・・たす・・け」

「たいさ?」

普段のエドなら、決してこんなシチュエーションでは口にしない人名だ。
心にあることを、つい口に出してしまう秘薬の効果がさっそく表れてきたわけだが、「たいさ」が何を意味するのか、この異邦人には分からない。分からないなりに、当てずっぽうに「なんダー? たいさっテ、君の愛人かナンカ?」と尋ねる。

「あいじん、じゃない・・でも・・にたような・・」

「男?」

「そう・・」

いつものエドなら、もしアクシデントでもあって、不用意にこんなことを口走ってしまったら、恥ずかしさに真っ赤になっているか、相手の記憶が飛ぶのを願って力一杯殴りつけているかのどっちかだ。だが、このときのエドは、熱っぽい瞳をトロンとさせているだけだった。

「ヘー・・って事は、初めてじゃなイのネ。マ、そのほーがオレもラクでいーや。んじゃさ、そのときに“気を交歓する”とかなんとか、言ったりしなかっタ?」

「・・しらない・・聞いたことない・・」

「そーかぁ。アンタら、ドーブツ的なセックスしてるのネー。まあ、西の方じゃセックスってハズカシー肉欲の行為だってタブー視してるってユーからねぇ。じゃあ、セックスで“気”を高めるって、錬丹術の技法があるのも、本とかで読んだこととか、全然無イ訳?」

「・・ない・・」

「はーホント、今日はついてねー。どこまでもオレが教える側かヨ。仕方ないから、足りない代価分はカラダで払ってもらうか」

「やだ・・されるの、やだ・・」

「やだって、そのたいさだかってヤツとはやってんだロ?」

「たいさでなきゃ、やだ・・」

「ゼータクゆーな。ほれ、うつぶせになって」

エドの視界は、まだ赤いもやがかかったままだ。身体にも、力が入らない。夢のような心地・・俺、なんかスッゲーマズイこと口走ってねぇ? 心の中の声と、ノドから飛び出る声の区別がつかない。



「“気”ってのが、実際には何なのカ、目で見たことのあるヤツはいなイわけヨ。でも、こうすりゃぁ“感じる”ことができルわけ。ホラ、オレの手、 君の背中にかざしてルんだけど、なんとなく気配、感じるだロ?」

「すこし・・じわぁっと、あた、た、かい」

「じゃあ、今、手はどこダ?」

「つまさき・・」

「上出来ダ」

「なぁ、おまえ、ほんとに、れんたん、じ・・じゅつ、しじゃ、ないの?」

「くどい。ま、次期皇帝になるための帝王学の一環として、房中術はある程度身につけてるけどね。でも、それだって奥が深い学問サ。逆に言うと、これぐらいで感じるなンて、君の方に素質があるってコト」

「つまさきが・・熱い・・」

エドが言うように、リンはエドのうつぶせの裸体を見上げるように、足先の方に腰をおろし、両手をエドの足の裏に向けていた。

「“気”っていうのはさ、足の裏から身体を通り抜けて、頭のてっぺんから抜けていくのと、逆に頭のてっぺんから足の裏に抜けていくのがあっテ、その通り道・・大地の気の通り道は“龍脈”といって、人体の場合は“経絡”って言うんだけどサ、それもただの一本道じゃなくて、所々に木の節のような部分があるわけダ。その固まりの部分では、“気”はものすごい勢いで回転していル」

「回転・・錬成する時と同じだ・・師匠も両手を合わせただけで練成できるんだ・・錬金術の基本ってのは円の力なんだけど・・そうか、両手を合わせた時に、身体の中を何かがものすごい勢いで駆け巡っている気がするのは“気”なんだ・・」

ようやく、こっちが知りたいことをしゃべるようになってきたか・・まったく、疲れるチビだ。

「その“気”が、身体を飛び出るような感覚は、感じたコトないのカ?」

「・・ない・・猛烈な勢いでその感覚が飛び出てしまったら、リバウンドが起こる・・俺の手も足も、リバウンドで持っていかれた・・」

「その・・それは猛烈な勢いなのカ?」

「錬成の時は、そう・・スッゲー勢いで・・」

「それがさ、ゆるやかに抜けていっテ、自分の身体の中だけでなく、大地と天空の“気”の循環の一部になりたイとは、思わなイ?」

「・・思う。それって、スッゲー魅力的」

「だろ? セックスでそれを成し遂げるのが、補導とか房中術といわれる錬丹術の一派でもあるんだナ、これガ」

「じゃあ、どうしてその術で、賢者の石が作れないんだ? そんなにすごい術なら、できそうなのに」

「・・生きた人間から“気”を取り出すってのか?」

「やっぱり、それしか方法はないのか・・」


やっぱり? それしか? 賢者の石の原料が、生きた人間だと?


ふと気付くと、見下ろしていたエドの背中が、じわっと汗ばんで濡れ光っていた。あーそう。感じちゃってるのねぇ。あの薬、催淫効果なんてあったっけ?

「ねぇ・・俺、その房中術って知りたい・・」

うーん・・催淫効果・・あったかもしんないな。

しかし、男相手だからなぁ・・潤滑油の代わりになるようなもの・・あ、これで代用できるかな?
リンは手を伸ばして、サイドテーブルに載せていたヒョウタンを手に取ると、中の赤いゼリー状のものを手のひらに取った。

「腰、上げロ・・慣らス」

「やっ・・」

「教えてって言ったり、ヤダって言ったり・・君、タイサってその愛人に、我がままだって言われないか?」

「・・よく言われる・・」

細いきゃしゃな腰を抱え込み、指にすくい取ったゼリーを押し込むと、ビクッと体が跳ねた後、急にぐたっとなった。
やべ、もしかして粘膜からも吸収するのか? ちょっと効き過ぎた? というか、こういう使い方、マズかった?
しかし、全身の力が抜けたせいで、軽くほぐしただけでも十分に慣れたのは確かだった。

・・でもさ、ふと気付いたんだけど、ここにナマで突っ込んだら、オレまでラリっちゃわね?
えーっと・・こういうときのアレ・・あったっけ?
まあ、こういう宿なら、どっかにあるか・・この国のモノが魚の内臓で出来てるか、羊の腸で作ってるか、あるいは合成皮脂製なのかは知らないけど・・まあ、あんなもん万国共通だろうし、探せばどっかにあるに違いない。 少し捜し回り、面倒になってランファンを呼ぼうと大きく息を吸ったとき、枕元の隠し棚に気付いた。



「先に言うけど・・絶対にイクなよ」

「えー? なんで?」

「そういうもんナの。房中術って」


ちなみに、これはウソではない。
精が「生のエキス」だと信じていた錬丹術師は、射精すると「生のエキス」が奪われると信じていた。その代わりに相手の精を搾り取ろうとする。男性の精は分かるとして、女性の「精液」が何であるのかについては、説がいくつかある。
愛液だという説もあれば、経血という説、絶頂時の潮だという説、あるいは一足飛びに「生き血」だと結論付けて、若い女性の生き血の風呂に入って「生のエキス」を得ようとした権力者も、過去の歴史には登場している。

「でも・・もう、出ちゃいそう・・」

「我慢シロ」

言い捨てて、入り口にあてがう。体重をかけてゆっくりと押し入った。逃げようと腰を引こうとしたので、ほつれかかった金の三つ編みを掴んで引き寄せ、腰骨を掴んで押さえ込む。長く尾を引くような悲鳴があがった。

「どう?」

「どう・・って・・ケツと、お前が引っ張った髪と・・イテェ・・」

「そうじゃなくてサ」

うわ、キツ・・こっちも痛いぐらいで、あまり気持ち良くならない。
まぁ、女のアレと違うモンなぁ、アレの生温かくてヌルッとして、でも微妙な圧力の加減と比べたら、こっちはどうも・・まあ、お陰サマで、こちらはスグにはイキそうにないけど。

「ア・・熱い・・もう、爆発しそう・・」

「だから、イクなって・・」

クスリの影響か、それとも既に開発されているからか、それでも昇り詰めそうになっているその根元を、グッと掴んで押しとどめた。後ろ向きは、まともに前立腺に当たるから、刺激が強すぎるのかもしれない。体を反転させて、仰向けに寝かせた。苦痛による生理的な涙なのか、ぐっしょり泣き濡れているのが、妙に扇情的だった。
・・訂正、そんなカオされたら、こっちもスグにイキそう。

「その熱をよ・・その、出しちまうんじゃなくて、体の中を昇っていくようにイメージすんだ。腰の奥から、腹へ、胸へ、ノドを通って頭を突き抜けて・・」

「その・・さっき言ってた気が通り抜けるってアレ・・?」

突き上げられる痛みに朦朧としている意識を振り絞って、言われた通りに集中しようとしては、肉体の痛みに邪魔されて揺り戻され、また痛みで失神しそうになり・・あまりに苦しそうな表情をしているので、さすがにいい加減、カワイソウになって、そろそろ解放してやる気になった。

「・・ホラ、もういいぜ、楽になりナ」

打ち付けるように乱暴に押し上げ、急速に煽り立てる。まるで化けネコのような悲鳴をあげて、暴れようとするのを押さえ付け、唇で覆うように声をふさいだ。首を振って逃れようとするのを無理矢理舌を割り入れる。やけに甘ったるい味がした。

「・・・!」

そして、急にグッタリしたかと思うと・・どうやら失神したらしかった。リンは達してはいなかったが、さすがに疲れて戦意を喪失した。気付けば、汗だくだ。

『ランファン・・汗を拭いてくれ』

『ハイ』

ランファンが大きな水指しを持って、窓から入り込んできた。たらいを見つけ、そこに水を張って、布を濡らして軽く絞る。

『そちらは?』

『後で頼む』

ランファンは赤面と指の震えを隠そうと必死だが、お気楽な主人の方はまったく気にしていない。奴婢や女官に身辺の世話をさせるのには、慣れっこなのだ。本当にまったく罪作りだが、それが日常習慣なのだから仕方ない。



真っ白になった思考の底で、バラバラになった体のパーツのことを考えていた。
腰の辺りにわだかまる熱エネルギーを、すくいあげて持ち上げようとする。もどかしくなって、その熱の固まりを手でつかみあげようとして・・自分の腕がどこにあるのか分からなくなる。腕だけでなく、指も、足も、自分のモノでなくなったような異物感を感じて・・ただ、その熱だけが、自分自身のように感じる。熱の固まりが、ゆらり、と動きだした。

やがて・・腰の奥やへその下などで、それが渦を巻き始め、回転を速めるほどに大きくなり、出口を求めて・・そっちじゃない、上へ・・

苦しくなって、錬成時のように両手を合わせて環を作ろうとしたが、腕は相変わらず行方不明で。
やがて、ツィっと楽になった。

熱エネルギーだけになったボディに、まるで木の枝が生え伸びるように両手足が練成されていく。どんな手足になるというのか・・記憶を呼び戻して、自分の姿を再現しようとした。油断すると、得体の知らない生き物になってしまいそうだった。

全身にエネルギーが満ちていく・・“両足”ができると、立ち上がって足の裏に地を感じた。地のエネルギーが足の裏を伝わってきて、天に差し上げた“両手”へと全身を通り抜けていく。それは樹のイメージに似ていた。

そして・・あの“真理”の白い空間にあった扉に描かれていた、あの紋様は“生命の樹”のシンボライズなのではないだろうか・・



「いいゾ、やはり錬成ってのは、気を錬るのと似ているんダな」


我に返ると、すっかり身支度をしたリンが目の前にいた。エドは裸のままで、残念ながら失われた手足は生えてきてはいなかった・・夢・・だったのだろうか? それとも、一度生えたのに再び「等価交換」されてしまったのか・・?

「それにしても、壮大な幻覚を見たモンだナ、ええ? 生命の樹か。不老不死を求めるにはモッテコイってヤツだな。そんで、その扉ってのは、どこで見たんダ?」

「・・どこでもない。現実のものではない。死にかけた時に見たんだ。俺も師承も・・アルも、それを見てから、両手を合わせるだけで練成ができるようになった。フツーはできないんだ」

「死にかけた時に・・か。臨死体験ってヤツダな。深くイッたときの感覚は、死の感覚に似てるっていうからな・・そんなにヨかったカ?」

「しらねー」

「・・まあ、薬の影響もあるカ。それデ? 君が感じた“気”ってのは、どんな感じだっタ?」

だれが、そんなことベラベラしゃべるか・・と思っていたのに、気がつけば「熱い塊・・どろっとした熱いもの・・」と声に出していた。

「へぇ? ゲル状だったんダ。まあ、それなら抽出して結晶がとれるかもしれんな・・文献では、それをガス状のものだとか、気体だとか、あと電波みたいな“波動”・・波のようなものだとか書いているんだケド・・」

「気体? 気体だったら、大佐が操れる・・空気中の酸素だとかを錬成の力で操って、燃やしたりできるんだ」

「ほウ?」

あっ、また余計なことしゃべってないか? 俺? 一体、どうしたっていうんだ?

「そっかーじゃあ、参考のためニ、その大佐ってヤツにもちょっと色々聞いてみよウ」

「ダメッ、大佐はダメェ!!」

「おいおい、せっかく着せてもらったんだから、しがみつくなよ、脱げル。もう一発したいのカ?・・んで? 今見たのはそれで全部だな? ・・あ、そうだ。大佐ってヤツの名前ハ?」

「ロイ・・ロイ・マスタング・・」

ダメだ・・どうしてしゃべってしまうんだろう? 自分で自分がコントロールできないのが口惜しくて・・そして恐い。リンはそんなエドの様子がかわいくてタマラナイ、という様子で無理矢理抱きすくめると、キスしてきた。

「んーっ、ご苦労さん。恐かったのカ? もうダイジョーブだからな・・じゃあ、オレがこれから手をパチンと鳴らしたら、君は再び眠ってしまう。そして、目を覚ましたら、今晩のことは全部忘れちまっていル。オレから聞いたことも、君がしゃべったことも、全部ダ。いいな?・・あー、惜しいから最後に、も一回だけチューしちゃおう・・さて、ト」


パチン。







「えーっ、兄さん、酔いつぶれちゃったんですか。すみません、届けてくださって」

「いーの、いーの。じゃア、お休みなさぁイ」

まだ目を覚まさないエドを送り届けて、リンとランファンは、もうひとりの従者・フーが待っている安宿に向かう。


『あー今日は収穫だった。あの薬って、ホントに効くなぁ。あいつ、ペラペラしゃべりやがるしさ、手がかりというか、そういうのもホンノリだけど分かってきたし・・でも、アレにエッチになるって効能があるのは、初めて知ったナ。あいつ、オトコのケーケンあるんだって。だから、慣れてんだろーなぁ。突っ込んでやったら、泣きそうな顔して、もうイロッペーのなんのって、それに、カワイイしさぁ・・』

『・・もう、知りません! リン様なんか・・そんなの、全部忘れちゃえばイインダッ!』


バチーン!


『・・アレッ・・ランファン?』

平手打ちを食らったリンが、不意にキョトンとした顔になった。

『・・居酒屋に行って・・出てから吐いて・・あれ、それからどうしたんだっけ?』

『・・あ・・リ・・リン様・・・??』

ま、まさかとは思うけど・・リン様も、あのクスリを口にしてた?
というより・・エッチしてたっていうから・・キスとかして、口に入れちゃってたりして・・ってことは・・あの、金髪のコにしたみたいに、忘れるように暗示をかけたら、本当にキレイサッパリ忘れちゃうように、アタシが今、平手打ちしたショックで、全部忘れちゃった!?
だって、そういえばそうよね、リン様って普段は、あんなハシタナイことペラペラしゃべるようなお方じゃないもの。
・・どーしよぉ・・賢者の石の手がかりが分かったとかナンとか、言ってたよねぇ?

『ランファン? どうした? 顔色が悪いぞ?』

『いえ・・その、何でもありません』

マズい・・だ・・黙っていよう。


※ ※ ※ ※


そして、翌朝。
何事もなかったように、エドはウィンリィが修理した腕鎧を填め、ランファンはアルに仮面を直してもらって・・そして、リンはエドたちと一緒に、汽車でセントラルに向かったのであった。





【後書き】あーっ! 楽しかったですっ! くよくよしたラブストーリーよりも、さくっとヤっちゃう話の方が楽だし、いじり甲斐があるしっ!
とりあえず、ロイエド(&リバ可)以外にカップリングが思いつかなかったので、同い年だっつーし、さくっと一服盛っておきました。

家にある古い資料を引っぱりだして、錬金術と錬丹術について、あらためて調べたのも楽しかったですわ。学生の頃、ファンタジーを書いていたときとはまた、別の視点から読み返すことができて、面白かったです。
ちなみに、錬金術の根源理論を説いた大昔のえらーいオッサンというのは、ギリシアのアリストテレスです。実在の人物の名前を出すと、原作の世界観に影響するので、あえて伏せました。
プノイマの結晶=エリキサ→賢者の石と呼ばれているのも、錬金術の基本テキスト「エメラルド表」に記載されているんですよ。決して、私がでっちあげたものではアリマセン。

五石丹は、中国の文献上の「五石散」を参考にしました。仙力を身につけるためにと愛飲された麻薬のようなものですが「散」は粉薬なので敢えて「丹」と書き換えました。
シンの国・・は中国がモデルですが、中国の皇帝って身の回りのことは、全部召し使いにさせていたので、例えばラストエンペラーの愛新覚羅溥儀なんかも、皇帝の身分を剥奪されるまで、自分で靴の紐を結んだことすらなかったそうです。だから、リンがランファンに服を脱がせてもらったりするのも、ありでしょ? え? 原作にリンが自分で靴を履くシーンがある? だってアレ、紐がない靴だったし(笑い)。

あと、あの扉の樹のような紋様は、エヴァンゲリオンでも見たような気もするのですが、私の記憶が正しければ、その元ネタはカラバの「生命の樹」のモニュメントなのですが・・・・あの漫画でこの説が採用されているのか、現時点で9巻までしか読んでないので分かりませんが。

ちなみに、コンドームという名称は人名に由来していますので、アリストテレスの名前を出さなかったのと同様、原作の設定保護のために「コンドーム」という単語は使いませんでした。ただ、この手の避妊具は古代エジプト時代から、各地各文明にて使用されており、ゴムが使われるようになるまでは、魚の胃袋や羊の腸、あるいは布などでも作られたそうです。だからまぁ、名前は知らないけど、存在することは多分、間違いないでしょう。
初出:2005年3月12日
改訂:3月23日

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