SITE MENU若豆地区無能地帯

XXX R3


数日後、リンは非番のブロッシュと一緒に街を歩きながら「ホーント、あのときのステーキの、まずかったコトとイッタラ! いや料理はウマかったんダケドネ、アイツと食べてッとその、革靴食ってるヨーデサ」などとボヤいていた。
異国人のリンは知らなかったが、そのランチを食べたというホテルは、知る人ぞ知るアメストリスでも屈指の高級ホテルだったため、ブロッシュは「もう一回食べに行きたイナ」などと言われたらどうしようと、ハラハラしていた。

「それにしても・・マスタング大佐が、君にお昼をごちそうするだなんて、ね。さすがに大佐ともなると、格が違うなぁ」

「カネは豊富あるみてーダモンナ、ナンセ・・」

こづかいまでもらったモンナ・・と言いかけて、さすがに言葉を飲み込む。
そこまで言えば、いくら鈍いブロッシュでも。リンとロイの関係に勘付くだろう。もう終わったことだと思っていたから、今さら蒸し返すつもりは毛頭無い。



それに・・久し振りに“本命”のエドとデートの約束を取り付けたのだ。1週間も先の話だというのに、誘われたその日のうちに『せんとらるるぶ☆首都での最先端デートコース特集』なる雑誌を買って来て、異国の文章解読に悪戦苦闘しながらも(話すのに不自由はないが、読み書きは別だ)、エドとの甘いひとときを夢想したものだ。
当然、当日着る服もオシャレにキメたい。もちろん、エドはリンが何を着ていようとまったく気にもしないだろうが、恋する青少年としては、やはりカッコ良くありたいのだ・・つまり、今日はその日のための買い出しというわけで。

「ブロッシュさん、これなんかドーカナァ?」

ロイのことは頭から振り払い、リンは目についたショーウィンドウを覗き込んで、流行ファッションに身を包んだマネキンを指差す。

「リン君は何を着ても似合うよ」

「そんな参考にならないオセジ言われても困るヨ。ちゃんトはっきりホントのコト言ってくれヨ」

「お世辞だなんて・・本当なのに」

表面上は微笑ましく見守りながらも、実際はリンの選ぶ服の値段に、冷や汗を滝のように流している“スポンサー”であった。

「あ・・あのね、リン君、エドワード君とのデートの後でいいから、僕と食事に行く時にも、それ、着てほしいなぁ」

「アン? アア、いいヨ」






鋼のが、私に逢いたいと言ってきた。ふふん。当然だ。
ロイは受話器を元に戻すと、耳の奥に残るエドの声を反芻していた。


「なぁ、今度の礼拝日・・お昼、あいてる?」


やっぱり・・私は鋼のが好きなんだな。
鋼のは、いざ寝ようという時になって「ジャンケンで決めヨ」なんて、無茶を言ってくることもないし。
それに引き換え、あの糸目野郎・・ホント、つくづくかわいくない。金を惜しむ気はさらさらないが、少しは感謝してくれても良いと・・いや、感謝されたくて豪華なランチを食わせてたわけでもないのだがね。鋼のなら、きっと目を輝かせて「すっげー! ありがとな、大佐!」とか言ってくれたに違いないのに、と思うとだね。

ロイはペンを弄びながら、頭の中でデートコースを組み立てはじめる。
待ち合わせは中央広場の噴水だと言っていたな。そこから・・昼食でも食べて、公園をぶらぶら散歩してから・・ディナーまでは、どうやって時間をつぶそう? ディナーさえセッティングできれば、そこからホテルのスイートルームに引っ張り込めるのだが。

ふと、視界に小さな孔雀が入った。
リンの作った紙細工・・なにげなくポケットに入れて、持って帰ってしまったのだ。捨てるのが忍びなくて、職場のデスクの上に飾るともなく置いていた。どうせリザ・ホークアイ中尉が『ゴミ認定』して捨てるだろうと思っていたのだが、単に見つからなかったのか、あるいはリザもそれを可愛いと思ったのか、今も小さな羽を精一杯広げて佇んでいる。

だが・・ロイは衝動的に手を伸ばすと、その孔雀を握りつぶしていた。






当日になって、どの服を着て行くかハタと悩んだロイは、鏡の前でシャツを片っ端から着てみたが、いまいちパッとしない。ちょっとはマシかなと思うシャツは、シワだらけだったり、ボタンが取れていたりしていた。今度、中尉に頼まないとな・・なんとかシャツをチョイスし終わると、今度はそれに合わせるズボンが無い。
そんなこんなで約束の時間が迫り、ロイは仕方なく軍服のスラックスを履いていた。結局、折り目がピチッと出るようにアイロンが当たっていたのは、それ一着だったのだ。だが、それに軍靴を合わせるほど、ロイも不粋ではない。辛うじてブランドものの革靴を履き、履いてから気付いて靴の甲だけでもティッシュで軽く拭う。

幸いなのは、女性とのデートと違って、花束を買う必要がないということだ。
一度、つい習慣で薔薇の花束持参で逢ったことがあるが「こんなもん、俺にどーせいっつーんだよ」と、ひどく不評だったっけ・・だが、手土産なしというのもどうかな・・などと思いながら広場に着くと、居るはずのエドの姿は無かった。



代わりに噴水の縁に腰掛けていたのは、ロングの黒髪の少年だった。
振り向いて「ハァ? なんでアンタがここに来たノ?」と、頓狂な声をあげる・・リンであった。こちらは新品と思しき麻のジャケット姿だ。ブロッシュに買わせたのかな、あいつ、そろそろカード破産しかねんな。



「それはこっちの台詞だ。貴様、何の用だ?」

「何ッテ・・オレ、エドとデートなんだヨネ。中央広場の噴水んとこデ12時っテ」

「なんだと? 私もここに正午という約束だったぞ」

「エーッ? ナンデ? アンタ、間違えたンジャネ?」

「貴様こそ、聞き違えでもしたんじゃないのか?」

ふたり、ぶすっとしながらそっぽを向いた形で、噴水の縁に腰掛けてそれぞれ想い人を待つ。だが、エドは現れなかった。5分過ぎ、10分過ぎ、やがて30分が過ぎる頃「どーにもおかしい」ということになる。

「鋼のの宿に電話して、寝過ごしてないか聞いてくる」

「ヨロシク。電話してル間に来たら困ルかラ、オレはここに居ル」

「抜け駆けするなよ」

「それハこっちノ台詞ダ」



だが、電話に出たアルは「兄さん? そーいえばどっか行ったみたいだけど?」とかわいらしい声で受け答えた。

「“どっか”がどこか、聞いてないのかね?」

「ンー? 別に何も言ってなかったよ。兄さんのことだから、どっかで寄り道でもしてるんじゃない?」

「そうか・・」

ロイは失望しながら受話器を戻す。コインがいくつか戻ってきたのをポケットに押し込んで、広場の方に戻る。
リンがこちらを食い入るように見ているのに向けて、肩をすくめてみせると、そのジェスチャーの意味を理解したのか、リンがかっくりと首をたれた。



そしてそれから、さらに2時間待ち・・ふたりは完全に、エドにすっぽかされたと悟ったのであった。




「デート・・エドと一緒にシャーロットのアイスクリーム食べたかったノニ」

リンは根に持ったらしく、何度もネチネチと繰り返す。
ああ、こういうふうに拗ねる女っているよな、とロイは当初無視していたが、あまりにしつこく言い募られるとしまいにイライラしてくる。

「アイス・・」

「やかましい、いいかげんに・・」

思わず襟首を掴んで引き寄せる。リンも相当腹に据えかねているのか、それぐらいでは一歩も引かず、むしろ挑発的な視線を投げかけてきて「大体、アンタがここニ来テんのガ、マズおかしーンダ!」などと喚き始めた。
ロイはとっさにその口を塞いでしまいたい衝動に駆られた・・唇で。

辛うじて思いとどまったのは、ここが公衆の面前だからだ。

白昼堂々、こんな場所で少年とキスしてたなんて噂になったら、軍内でどれだけオモチャにされることか・・というより、鋼のにバレたら、ビンタ程度では済まないだろう。確実にぶっ殺される。

「ちょっと来い、いいから来い」

周囲に野次馬が集まり始めたこともあり、無理やり引きずってその場を離れる。腕力は互角か相手の方が上かも知れないが、ウエイトの分、今回はロイの方が有利であった。

「ナンダヨ、イテテテッ! おいコラ! どこに行こうッテンダ!」

「シャーロットだ」

「ハァ?」

「アイスぐらい、いくらでも奢ってやる・・エドとはどういうデートの予定だったんだ?」

リンは一瞬、ポカンとした。

「ア・・アイス喰って・・その後で遊園地に行って・・園内のレストランでメシ喰って・・そっから少し遊んでから、中央の時計塔登って・・デ、映画見て・・カナ」

「まるっきり子どものデートだな・・まあいい。付き合ってやる。どうせ、下見なんてしてないんだろう」








30歳を過ぎて、しかも軍の要職についている身で、まさか遊園地に行って、時計塔になんぞ登って、さらに映画館まで行くハメになるとは思わなかった。

そんなデートは・・学生の頃は女性に奥手だったし・・大体、男子校だったので、ガールフレンドなんて居なかった。
いや、陰ではモテていたらしいのだが、どういう訳だか(今思えば当然だが)ロイ自身の耳には届かず、親友相手に「どうして自分は、女の子に人気がないんだろう」と真剣に相談しては「さぁ、どうしてかねぇ?」とニヤニヤ笑われていたのだが(その理由も、今思えば見当がつく・・ヒューズの奴め!)。

代わりに、ヒューズと一緒に遊園地だの、映画だのに行っていた。
グレイシアという娘とのデートの下見だからと、ヒューズは言い訳がましく(多分、本当に言い訳だったのだろう)繰り返していた。本当に、彼女と行ったのかどうかは知らないし、知りたくもなかった。

そう、あの時は、セントラルではなかったけれど、ちょうど同じように街中を歩いて・・ヒューズは、ガイドブック片手に「お、これが人気のケーキ屋か。モンブラン美味いらしいぞ。喰うか? ロイ」などとはしゃいでいて。
シャーロットのアイスクリームも食べたことがある。アメストリスが王政だった旧時代からの老舗で、濃厚なミルクの風味が豊かなレトロな味・・だが、女の子ならともかく、鋼のを連れて行ったら「牛乳くせぇ」と言って機嫌を損ねるかもしれないぞ?

「ロイ、手を繋ごうか」と囁かれ「冗談じゃない! 何考えてるんだ、マース!」と、照れ隠しにそう喚いて、ヒューズの手を振り払った石畳の街道・・ロイは一瞬、ヒューズと歩いているような錯覚がしていた。





「手を繋ごうか」

「ジョーダンじゃネェ! 何考えてるンダ、バカ大佐!」





やがて・・計画を消化した頃には、すっかり日が傾いていた。
夕陽が川面を照らしている。リンが呆けたように、白いデッキチェアに無防備に背中を預けていた。風が緩やかに、リンの束髪をなぶって過ぎる。

「どうした? 歩き疲れたか?」

ロイがその背後に立ち、背もたれに寄りかかった。名も知らぬ白い小鳥が、ツィッと水面を滑って飛んでゆく。

「今日・・オレ、ずっとエドのことを考えてタ。エドだったラ喜んでくれるカナとか、エドとなら、もっと楽しいのカナとか・・なのにアンタ、最後マデ付き合ってくれてサ」

「何が言いたい」

「・・悪いナって思っタ。アンタ、結局イイヤツだよなって思ったのニ、ナンカひどいコトしたヨーな気がシテ」

「そうでもないさ。私も楽しかった」

「デモ・・」

ロイからはリンの表情は見えなかった。ただ、屈んで後ろから抱きつくように、リンの首に手を回す。
私だって・・マースと一緒にいるような気がしていた。申し訳ないのは自分の方だ。

考えればおかしな話で・・マースとだったら、いや、鋼の相手の時だって・・今日のようなデートを重ねて、手を繋いで、それからキスをして・・ゆっくりゆっくりと結ばれたというのに、この子とはそんな前段階をすっ飛ばして、いきなりゲームのようにセックスに踏み込んでしまった。
キスどころか手もにぎったことがないのに・・いくら挑発されたからとか、性欲解消だとか理屈をつけても、要は大人である自分が、自制すれば済んだことではなかったか? どんなに生意気で大人びていても、まだ子どもじゃないか。
いつも私が掘られる側なんだから、というのは言い訳にならない。

ふと、リンの薄い肩が、微かに震えているのに気付いた。

「・・寒いのか?」

右の耳朶を噛むような位置で、ロイが囁くと、リンがそっとロイの腕に指を触れながら「イヤ・・アンタ、あったかイ・・」と、かすれた声で答えた。

「・・もう帰るか」

「ヤダ・・」

「やだって、じゃあどうしたいんだ」

「ワカンネー・・ワカンネーケド」

これ以上、もうどうしようも無いのに。
自分達は恋人でもなんでもなく・・むしろ、恋敵で。好きだとかそういう感情はお互いまったくなくて、ただ、セックスをしたことがあるというだけの関係なのに。





それなのに・・気付いたら、リンが振り向いていた。いや、自分の手がリンのあごをとらえて、こちらに向けさせていたのか・・どっちが先に動いたのかは分からない。リンも上体をよじるようにしながら、ロイの頭へと手を伸ばして、引き寄せていた。

そして・・呼吸が停まる。

ヤバイ・・と思いながらも止められなかった。
こういう時こそ、大人の分別で踏み止まるべきじゃないのか? 今、そういうノリで子どもを弄ぶのは良くないと反省したんじゃなかったのか? 脳内ではそんな警報が回転式の赤色灯付きで鳴り響いていたくせに、ロイはまるで寝惚けて目覚まし時計のスイッチをきるように、その良心の警告を無視して、少年の筋肉質な肢体に似合わない、幼く柔らかい唇を貪っていた。

リンの唇は、迎え入れるかのようにかすかにわななきながら、うっすらと開いていた。真珠のように滑らかで整った歯に舌で触れた。おずおずと、でもやがて悪戯っぽく、その舌をちゅっと軽く吸われる。
そのお礼とばかりに、今度はロイの方で、リンの舌を荒々しく絡め取って吸った。最初のキスだって、こんなやり方じゃなく、最初はもっとフレンチ式に優しく、だなぁ・・分かっている筈なのに、他のオンナを相手にしているときには容易に計算できるはずのことなのに、何かの留め金が外れてしまったかのように、自分が止められなかった。

リンはやがて息苦しくなったのか、ンーッと低く唸って、ロイの胸を拳で軽く叩く。

「・・ここジャ・・ヤダ」

唇が離れて、荒い息を吐きながらも、ようやくリンが言った台詞は、それだった。
夢中になって唇を貪っている間に、どうやらロイはいつの間にか、リンの体の上にのしかかる姿勢になっていたらしい。溢れたふたりの唾液が、リンの唇から喉元までべったりと濡らしていたが、視界に紗でもかかったように薄ぼんやりとした目をしているリンは、それを拭おうともしなかった。

「ここで無かったら・・いいのかね?」

「ワカンネー・・自分でモ、自分がどうしたイのか、ワカンネーヨ。でも・・ここジャ、ヤダ」

「別に、こんなところまで誰も来ないと思うがね」

「ソウじゃなくて・・虫居ルヨ」

虫? とロイが上体を起こすと、いつの間にか陽が落ちていて、周囲の草むらには、蚊かブヨかは分からぬが、蚊柱がいくつか立っている。

「そうだな、こんなところで裸になったら、全身、食われるな」

「バーカ。テメーのナニがまっさきに刺されルンじゃネー?」

リンは照れ隠しなのか、わざと憎まれ口を叩いているが、自力で起きようとはせずに、甘ったれたように両腕をロイに差し出した。ロイもその意図を察して、その手を掴んで引き起こしてやる。

「私の家まで、その・・我慢できるのかね?」

「ホテル・・取ってる。エドと泊まるつもりだった・・すぐそこの」

ロイの胸に抱きとられて、上気した頬で軽くあえぎながら、リンがそう囁いた。

「まだ、デートの計画、続きがあったのか」

「アンタとナンカ、ホテル泊まる気なんテ無かったカラ・・だから、後で予約、キャンセルするつもりでいタ・・でも・・」




「なんて名前で予約しているんだ?」

そういえば、こいつは密入国している身なので、足がつくような実名で予約などしている訳がない。

「エドワード・エルリック」

「・・なるほどね」

まだ軽くふらついているリンをロビーのソファに座らせておき、代わりにロイがフロントに向かう。予約していたエルリックだが・・と声をかけ、なんの疑問もなくキイを受け取りながら、ロイは唐突に、自分がやろうとしていることの意味に気付いてしまった。


結局、また同じことを繰り返すだけじゃないか・・子どもを部屋に連れ込んで・・。


一瞬、受け取ったキイを返してしまおうかと思ったが、フロント係の女性の営業用スマイルの前にくじけた。ぎくしゃくと右手と右足が出そうになるのを抑え、なるたけ平静を装って、リンがへたり込んでいるソファまで戻る。

「待たせた・・具合が悪そうだな。部屋に入ったら、すぐに眠っちまえ。私はすぐに帰ることにする」

「エー?」

「精算はしておいてやる」

「カネの心配してルんジャねーヨ」

「・・歩けるか?」

「歩けナイ」

歩けない訳がない。現に、ここまでは歩いてきているのだから。ロイが唐突に帰ると言い出したから、拗ねているのだろう。やれやれ、と思ったが、エドとは違って、軽々抱き上げて連れて行くわけにはいかないのが厄介だ。
仕方なく、腕を掴んで強引に引き上げ、部屋まで無理矢理に引きずっていった。




ベッドに放り投げるようにされて、リンはかなりオカンムリだった。

「ハラへった」

多分、本気で空腹で言っているのではなく、ゴネて困らせているつもりなのだろう。もう何度となくタカられているので、そのへんは区別がつくつもりだ。

「分かった分かった・・ルームサービスとってやるから。2人分でいいな?」

「俺が2人分食うノ?」

「食えるんだろ?」

「ジャア、3人分とってヨ」

「そんなに食うのか」

「・・アンタの分ダヨ。それぐらいの間は付き合えヨ」

まぁ、それぐらいなら・・と思う気持ち半分、食事が届くのを待つ間に、また自制心に責任がとれなくなる可能性もあると警戒する気持ちも半分。
ロイが内線電話で、3人分の食事を頼んで振り向くと、リンはベッドの上に長々と寝そべってくつろいでいた。ロイがソファに腰掛けると、自分の横をポンポンと叩いて「こっちに来れバいいのニ・・広いヨ」などと言う。

「おまえなぁ・・どう思ってるんだ? その・・こうやって・・なんだ、ほれ、なんていうか・・」

「セックス?」

「あっさり言うな! まったく・・こういう関係、どうも思わんのか? その、おまえを傷つけるというか」

「ナニを今さラ」

そうなのだ。何を今更、なのだ。
いや、こんな事態になるまで、ずるずると来てしまった自分が迂闊だったというべきか。

「そりゃア・・アンタとのことなんて、もう終わっタことダと思ってタケド」

「だったら・・おまえ、本命は鋼のなんだろう?」

まだ引き返せるんじゃないか? だが、リンは「ナニを今サラ」とボソリと繰り返しただけだった。

「それとも私に惚れたのか? うん、そういう可能性もあるんだな。なにせ私はアメストリス国一の・・」

「あのサ・・“マース”っテ誰?」




や・・やはり、あの時、その名を口走っていたのか・・ロイは頭を抱えてしまった。

愕然と自分を見下ろすリンの表情を思い出す。そして、今日一緒に歩いている間、ずっと彼とのデート(の下見という口実)と重ねていたなんて。

ふと、あの紙細工の孔雀を思い出す。飛べない羽を広げた、いじらしい、小さな・・そして、それを何気なく握りつぶしていた自分。なぜそんなことを連想したのか分からないが、ロイの罪悪感を刺激するには十分だった。


「いや、その・・なんだ、おまえの知らないヤツだ・・」

「シラネーから聞いてルんだロ?」

「あ、まぁ、そうなんだが、その・・」

ジッと目を覗き込まれ、ロイはもう絶体絶命という頃合で、ボーイが食事を届けに来たらしいノックの音がした。



前へ/次へ

【後書き】ロイにとって、ヒューズとの思い出は多分、宝物であり時限発火装置なんだな、うん(にやり)。
・・さて。このままえっちに雪崩れ込んでもいいんですが、リンの側の心境も書いてみたいので、次の章は少し遡って同じシーンをリンサイドで書こうかなと思っています。

そして、声を大にして叫びたい! 今更ファーストキス(?)かよ、もまいら!

あともう一点・・シャーロットってのは、適当にでっちあげた名前です。なんとなくCHARAの『シャーロットの贈り物』の曲が脳裏を過ったから。それだけ。大した意味はありません。
初出:2005年11月05日

SITE MENU若豆地区無能地帯

※当サイトの著作権は、すべて著作者に帰属します。
画像持ち帰り、作品の転用、無断引用一切ご遠慮願います。