翌日。
ハボックは「ホモが伝染る」とブレダ達にシッシッと野良犬のように追い払われ、ひとり寂しくA定食のトレイを抱えて食堂の片隅に座っていた。
実際には、あれ以降、メシをたかりにいったのは、数えるほどしかなかったはずだ。
ロイのテントを訪れても、どこかよそで泊まっているらしく不在であったり、どういうわけかロイのご機嫌が悪かったりして肩すかしを食ったことも何回かある。
そもそも、どうやって事情を知ったのかはあまり想像したくないが、ヒューズが「そーかそーか、ベンジャミン君が君のメシを食わなきゃ、問題ないんだな」と言い出して、女性兵士らに協力を呼びかけて、食べきれない分などがあったら残飯として捨てずに、ベンジャミンに与えるよう手配してくれたのだから、メシをねだる必要すらもなくなってしまったのだ。
そして・・その後、まさか同じ東部指令部に配属されて、直属の部下になるだなんて、思ってもいなかった。だが、再会したロイは、まったく当時の事を忘れてしまったかのように振る舞って・・まぁ、記憶障害みたいなのがあると言ってたから、ケロッと忘れていても不思議はないと、自分を納得させていた。
それに、ロイ・マスタングは女に手が早いという噂も聞いて・・あの頃とはイメージが違うなあと思いながらも、まぁ、女相手なら、フラッシュバックを起こすこともなくセックスできるんだろーから、それはそれでいいのかなと思ったりもして。
あの夢を見るまで、あの時のことなんて、すっかり忘れていた。
大体、あれだけ華奢で可憐だったロイも、戦争が終わって人間ステーキ製造の任務から離れて、ようやく肉を食べることに抵抗が薄れると、それまでの借りを返すようにガツガツと食べたらしく・・もともとデスクワーク派だったことも手伝って、頬がふっくらして、心なしか人相も変わってしまっていた訳だし。
・・でも、あの頃の大佐って、マジ、可愛かったよなぁ。
そんなことを考えながら、フライドポテトを口に詰め込んでいると、テーブルの向かいの席に、誰かがドスンと腰をおろした。ふと目を上げて、その誰かを認めると、ハボックは豪快にむせてしまった。
「たっ・・たい・・大佐?」
よしてください、ふたりきりでいたら、またブレダにホモ呼ばわりされますっ・・という台詞は飲み込む。
「あの・・昨日の事、怒ってます?」
「当然だ」
「・・済みません。謝ります。もうしません。この通りです。勘弁してください」
「許さん」
「申し訳ありません・・その、どうしたら許して貰えます?」
「・・これ食え」
はぁ? と目を丸くするハボックの定食皿の上に、ロイが自分の皿から取り出した肉だのパスタだのを移す。
「大佐・・食べないんすか?」
「・・悪かったな、細くなくて」
「はぁ?」
・・どうやら、ロイは衆人環視の中で抱きつかれ、キスされたことよりも、細くない=デブと言われたことの方が、お気に召さなかったらしい。
「ダイエット。余った分は、貴様が責任持って食え」
「イエッサー」
食事制限のダイエットはリバウンドが・・とは思ったが、下手に反対して拗ねられても手に負えなくなる。ここは素直に言いなりになっていた方が良さそうだ。山盛りになったパスタをすすり込んでいるのを、ロイが頬杖をついて眺めている。
「相変わらずの食いっぷりだな。それでよく太らないな」
「俺、肉体労働派っすから」
「・・あのハゲの犬っころはどうしてる?」
「ああ、ベンジャミン? 東部勤務が決まって、連れて来れないからって、実家に」
「ふうん」
ロイが唇をなめる。その所作が艶かしくて、ハボックのフォークが思わず止まってしまう。
「・・で、そのパスタの対価を払いに、後で執務室に来ないか?」
カラーン・・カランカランカラン!
ハボックがフォークを取り落とし、フォークが床で跳ねて躍る。その音が甲高く派手に響き渡って、ざわついていた食堂が一瞬、静まり返る。ゴクリ・・とハボックが生つばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
「あっ・・あのっ・・本気ですか?」
「冗談だ」
ロイはあっさりと言い捨て、トレイを持ち上げるとさっさと立ち去ってしまった。
・・じっ・・冗談ですか。えーえーそうでしょうとも、冗談でしょうとも。一瞬でも期待した、俺のジャン君の立場はどーなるんですかっ。
そして、結局、ロイのダイエットは3日坊主で終わってしまい、中央まで広がった噂を聞き、激怒して電話をかけてきたヒューズに、ハボックは平謝りに謝るはめになり、さらにはブレダに誤解だと納得してもらって、仲直りするのにも、非常に苦労したものだ。
そんなサンザンな目に遭わせておきながら、ロイはまったく悪びれずに、今日も犬でも呼ぶように気軽にハボックを呼びつけ、ハボックも忠犬さながらに駆け付ける。
「ハボーック!」
・・ほら、また。
ハボックは「イェッサー」と返事をして、立ち上がった。
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