・・だっ・・だだだ、抱いてくれ・・だって?
ハボックはそれを聞いた瞬間、パニックに陥った。
それって、単にハグしてくれとか、そういうレベルの問題じゃないよな、多分・・というか絶対、アレだよな。セックスしてくれっていう意味だよな!? マジで? 冗談! 男同士だぜ!?
ハボックも士官学校を出ているので、周囲にそういう話が全く無かった訳ではなかったし、上官にセクハラされるというのも噂で聞いたことがある。しかし、まさか、それが己の身に降り掛かってくるだなんて、想像したこともなかった。
冗談だぞとか、ウソでした、なんて台詞とともに撤回してくれるのを期待して、少しの間待ってはみたが、ロイは真っ黒い瞳でじっとまっすぐ見つめて来るだけだ。
・・うわぁ、参ったなぁ、漆黒の髪に白い肌、端正な切れ長の瞳・・って、結構好みのタイプなんだよなぁ・・但し、女の子の場合だけどっ!
ハボックが動揺している間に、下士官がロイの分の食事のトレイを持って来てくれた。
ロイはテントの入り口でそれを受け取り、下士官を追い返して戻って来ると、まだ青くなったり赤くなったりして立ち尽くしているハボックには構わずに、おかずを取り分け始めた。
「私は肉なんて食べる気になれないから、メインディッシュはくれてやる。サラダとスープも、多いから半分やる。えっと・・スープは、このマグカップにでも分けようか。パンも食うか? で、これが仕官待遇の一品・・おお、今日はデザートのようだな」
この取り分が多ければ多いほど、ハボックが支払う対価は高くなるわけで。
差し出されたトレイを見ると、明らかにハボックの方が、ボリュームも品数も多かった。
「あ・・あ、あの、本気っすか?」
「なんだ、食べたくないのか?」
「食いたいっすけど、その・・対価って・・」
「私じゃ、嫌か?」
ロイはうつむいてしまう。その表情が儚くいじらしく感じ、思わず抱き締めようと手が出かかって、ハボックは心の中で「いやいや、違う違ーうっ!」と叫んでいた。
「嫌っていうか、その・・嫌なわけじゃないけど・・えっと、そのぅ」
「じゃあ、いいんだな?」
振り仰いでニコッと笑ったロイの顔が幼く見えて、ハボックはドキッとする。
いや、あのさ、この人はいわば上官で、年長者で、しかも男っだっつーの! 何考えてるの、俺! ヤバすぎるって、マジで! ジャン君、ピーンチ!
いやまあ、発想を変えれば「メシが喰えて、そのうえ性欲処理までさせてくれるんなら、結構な話じゃないか」という考え方もできるが、そう簡単に割り切っていいものかどうか迷う。
「・・その、じゃあ、いいんですね?」
とりあえず、念を押してみる。引くんなら今ですよ、と告げたつもりだ。ロイはわずかに視線をそらしながら、うなづいてみせた。
「えっと・・でも、その前に先にメシ食わせてください。せっかくのメシ、冷めちゃいますし」
せめてもの抵抗に、食べている間にロイの気が変わることを期待してみるハボックであった。
ノロノロ食べて時間を引き延ばす・・という作戦を思いついたのは、皿をもなめんばかりに全てを食らい尽くした後であった。さすがに飢えきっていたため、ご馳走を目の前にしてそこまで頭が回らなかったのだ。ロイは、ハボックの豪快な食べっぷりを物珍しそうに見ていた。自分はあまり食が進まないせいか、他人が同じメシをおいしそうに食べているのが、なんだか不思議なのだろう。
食べ終えて、トレイと空になった食器をテントの外に出してしまうと、ハボックはもうこれ以上逃げられないと悟った。ベンジャミンの首輪にロープをかけて、テントの杭につないでおく。
「言っておきますけど、自分は男相手なんて経験、ないんですからね」
「女相手も、そんなに経験豊富には見えないけどな」
「・・自分だって、フーゾクぐらい行きますよ」
「フーゾクか」
ロイがベッドに腰掛けて、ハボックが隣に腰を下ろすのを待つ。視線をあわせるとオロオロするのが面白かったが、らちが空かないので目を閉じてやった。両肩が大きな温かい掌に包まれ、唇に柔らかいものが触れる。妻帯者のノックスや、何年もの付き合いで当たり前のようにキスしていたヒューズとは違う、ハボックのぎこちないキスが、ロイには新鮮だった。
軍服のまま、前だけはだけて胸をさぐりあう。なかなか下半身に手が伸びないのは、相手が男だという抵抗感があるせいだろうか。
じれたロイがガバッと身を起こして、身体の位置を入れ替え、ハボックの腰へと身を屈めた。ズボンの上から雄の猛りに歯をたてる。それは既に硬く熱を帯びてた。
「ああッ、はァ・・」
ハボックが色っぽい声をあげ、ロイは「逆だろーが」と、内心ツッコミを入れながらも、さらに手を伸ばして、その後ろの柔らかい膨らみも揉みしだき始める。ハボックはたまらなくなったらしく、ロイのウエストに丸太のような腕を回して、ぎゅうと抱き締めてきた。
ロイはハボックのスラックスのベルトを外し、トランクスと一緒に引き降ろす。
体格に比例しているのか、腕の太さほどもあろうかというサイズのモノがボロンとこぼれ落ち、ロイは喉を鳴らす。
「あっ、ちょっと・・やめ・・」
ハボックが止める間もあればこそ、ロイはそれを両手で包み込んでその先端に口づけた。そこは既にぬめりを帯びており、舌でちろちろと筋にそってなぞると、ハボックが呻き声をあげた。
「あのっ・・もう・・シャレになんねーから、勘弁してくださいよぉ・・」
「私は、シャレのつもりではないぞ?」
ロイは小さな顎でそれを含むが、とてもじゃないが、先端部分が精一杯だ。ロイはしばし口腔で先端を弄んでいたが、やがて、ヌポン、という音とともにそれを吐き出して、今度は側面を舌で舐め上げる。
「・・あっ、ちょっ・・出っ・・」
「出しちまえ。何回でもいけるだろう」
「何回でもって・・あのねぇ」
ハボックが、ロイのウエストを抱えたまま起き上がった。ロイがびっくりして口を離すのと同時に、強引に身体をひっくり返して仰向けにさせ、その上に覆いかぶさる。ロイはすぐに気を取り直したらしく、ニコッと笑みを浮かべると、手足を蛇のようにハボックの胴に絡みつけた。
やがて、ついにハボックが観念して、ロイのスラックスの中に手を差し込んできた・・男同士の場合、何をどうして、どこでアレを受け入れさせるのか・・ということぐらいは、士官学校の悪友共から聞いたことがある。柔らかい尻肉をかき分け、その奥の蕾みに触れる。
「アッ・・」
ロイが思わず声を漏らし、ハボックの背に爪を立てようとする。
「すんげぇ・・ひくひくしてますよ。そんなに・・欲しかったんですか?」
「バッ・・バカモノッ・・! そんなこと・・!」
「だって、ここ・・指すんげえ締めてきて・・アレつっこんだら、食い千切られそう」
「やっ・・ちが・・ちがうっ・・」
だが、口先の否定とは裏腹に、身体は十余日ぶりの男の愛撫に歓喜していた。
上体が仰け反って、唇から溢れ出た唾液が、顎を伝って首筋まで濡らす。視点が定まらなくなってきて、目がとろんと虚ろになってくる。
このまま・・受け入れられるだろうか? 暴れずに? だが、そのうちに身体の奥から、恐怖に似た感触もこみ上げて来る。
だめだ、意識が飛びそう・・また、正気を失って、暴れ始めてしまうかもしれない。
その可能性に思い当たって、ロイはハボックの拙い愛撫に溺れかけている己の意識を叱咤して、なんとか手をベッドヘッドに伸ばし、ノックスからもらった薬ビンに手を伸ばした。まだ数錠残っている精神安定剤を、数も確かめずに一気に全部口に放り込み、水無しで無理矢理飲み込む。
薬が効いてくるまで、ロイはハボックから与えられる快楽と、忌わしい恐怖との狭間で、必死に自分の指を噛みながら耐えていた。
「・・入れますよ・・? 多分、もう・・大丈夫だと思うし・・」
「待って、まだ・・もう少し待って・・」
頭の奥が、紗がかかったようにぼんやりしてきて、恐怖心が鈍ってきてから・・そうじゃないと・・畜生、欲しくてたまらないのに、どうしてこんな・・っ!
自分でも覚えていない・・というよりも、自衛本能が記憶に蓋をして封印してしまった事件・・ヒューズから話だけ聞いたことがあるが、そのヒューズも詳細は知らないらしい。
ただ、何人かにひどく暴行されたらしく、抱かれるとそのときの記憶がフラッシュバックしてしまうらしいが、ロイ自身は、それを思い出して恐怖に泣き叫ぶ自分をも、思い出せない。
歓喜の中、男の腕に包まれながら昇り詰めていったのは、どれぐらい前なのだろう?
あれはもう、望んでも得られない体験なのだろうか?
いつも期待しては、抜け落ちた記憶と、狂乱した自分にうんざりした相方の表情に打ちのめされる。
腕の中で急にグタッとしたロイに、ハボックは慌てた。
そういえば、途中で何か薬を飲んでたみたいだけど・・一瞬、眠っている間に、一気に突っ込んでぶっかけちまいたいという衝動に駆られた。それほどハボックの分身は昂っていたし、虚ろな表情のロイは色っぽかったが、放り出された薬ビンのラベルを見て、ちょっとヤバイと思った。
鎮静剤らしいが、自分らが実戦の恐怖や負傷の痛みから身を護るために、軍から支給されているモルヒネの錠剤よりも、キツそうなやつだ。それを・・なんか、何錠も飲んでなかった?
抱き起こし、腹の辺りで身を折るように俯かせると、口に指を突っ込んで吐かせた。本当なら胃洗浄も必要なのかも知れないが、そこまでは器具も医学知識もないハボックにはできない。
「・・カハッ・・ゲッ・・ゲェッ・・」
溶け切っていない錠剤が床にぶちまけられると、ロイはなんとか意識を取り戻したらしく、涙がにじんでいる目尻や、唾液で濡れた口許を手の甲で拭う。
「腹上死なんて、やめてくださいよぉ。どういうつもりで飲んだのか知りませんけど、あんなの大量に飲んでセックスしたら、死んじゃいますよ」
「だって・・飲まないとできない・・」
「そんなん、無理してするこっちゃないでしょう?」
「・・すまん」
「いや、いいっすけどね、別に」
ロイは、すっぽりとハボックの腕に包まれた格好で、ばかでかい掌で背中をゆるゆるとさすられる。
「あったかい・・」
胸板に頬を押し付け、鼻面を擦り付けるようにロイが甘えてきた。その仕草が可愛くて、一度は撤収しかけたハボックの股間は、再び首をもたげてくる。
だが、ロイはそれ以上はもう、する気が失せてしまったらしく、せめて手か口で処理して欲しいなぁというハボックの願いは完全無視で、しまいには、ロイはそのままトロトロと眠ってしまった。
ハボックは、ロイを寝かせると、身支度をして一度ベッドから降り、床の汚れを片付けてから・・テントを出る。除け者にされてご機嫌ななめなベンジャミンをあやしてやりながら、煙草を2本ほど吸って・・もう一度テントに戻ったのであった。
「また食いに来い」
小一時間のうたた寝から目覚めたロイは、まだハボックが隣にいて、しかも腕枕をしてくれていたことに非常に満足したらしく、上機嫌でそうのたまった。
「・・そんで、そのメシの対価に俺、少佐のお相手をさせられるんすか?」
「そうだ」
「で、次もその・・俺のジャン君、途中で放り出されるんすか?」
「そうだ」
ロイはまったく悪びれた様子もなく、けろりとしている。もしも悪魔が実在しているのだとしたら、こんな顔をしているに違いない・・と、ハボックは思った。
本当に可愛くて、色っぽくて、そして凶悪だ。
「ハボック、おい、ハボック・・ハボック?」
なんすか? またですか? ハボックは、ロイのおねだりに呆れたように、その首に腕を巻き締め、抱き寄せる。どうせまた、最後までさせてくれないくせに、どうしてそんなに可愛らしく迫るんですか、あんたは。
「おい、こら、貴様・・ちょっと待てっ」
なぁにがちょっと待て、ですか。大体、そっちがそもそも・・強引にキスして、相変わらず柔らかくて甘い唇を貪り、その細いウエストを・・って、え?
・・細くない?
骨太の骨盤に、みっしりと脂肪の巻いた、ボリュームのある胴の質量。
えっ? 人違い?
でもこの唇の感触や体臭は確かにマスタング少佐で・・って、いや、いやいやいやいや、待て待て、ジャン・ハボック!
そうだ、あれからもう、何年もの年月が・・ここはイシュヴァールの戦場ではなく、あの内乱の後、東部に配属されたんだっけ、で、マスタング少佐は大佐に昇進。そしてここは多分、職場のデスクで、昼食後、暖かい日ざしについ、うとうとしたんだっけ・・
「きーさーまー・・っ!」
恐る恐る手を離すと、ロイは顔面蒼白状態で口許を引きつらせており、ふるふると震える指は“指パッチン”寸前状態だ。
「あっ・・その、自分、寝惚けまして・・あ、でも仕事中寝てしまったっていうのは、なんていうか、えーと・・許してくださいっ!」
とっさに指を絡ませて“指パッチン”をブロックするが、それがまた、手を握りあっているように見えてしまうのだから、ハボックもよくよく間が悪い。
「ハボックさん! なにしてんの!」
「ゲーッ! ハボ、てめーそんな趣味あったのかよ! 絶交だ絶交! 寄るなホモが伝染るっ!」
「カワイソーに。消し炭だよ、きっと」
「あんたらっ! その手を離しなさいっ! それ以上、職場の風紀を乱すと撃つわよっ!」
周囲もようやく我に返ったのか、ワッと口々に喚き始める。
サ・・サイアク・・
ハボックは思わず、頭を抱えてしまった。
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