SITE MENU鋼TOP PAGE

おにごっこ・前編



冗談じゃねぇ、いくら怒ったからって、ふたりとも丸ボーズはねぇじゃねぇか、丸ボーズは。


大体、こっちにだって言い分はある。大佐と食事に行ったのは事実だけど、別にふたりっきりという訳じゃなくて、元東部司令組での打ち上げみたいなもんだったから、ホークアイ中尉達も一緒にいたんだし、その後、ぐるぐる何軒か連れ回されて遅くなって、大佐の部屋に泊まったのだって・・やましいことは別になくて、野郎共数名での雑魚寝だった。なにも、リンが疑うような猥褻行為があった訳じゃない。
それに、ウィンリィの水色のドレスを破いてしまったのだって・・女装してやるとリンが喜ぶからって、それを着てデート・・していた筈が、なぜか組み手というか乱闘になってしまったのも、不可抗力というか何というか・・だから、弁償してやろうと思ってたのに・・そんな思い出があるブローチがついたまま人に貸す方が、そもそも不注意ってやつで。
しかも運が悪いのは、それらがほぼ同時にそれぞれの逆鱗に触れて、追い回される羽目になったということで。何故ふたりとも丸ボーズにしようと思ったのかは分からないが、ふたりが明らかに、俺の髪の毛を狙っていることは分かった。何度も、ふたりに三つ編みを掴まれそうになっては、際どいところですり抜けた。

ウィンリィはさすがに長年の付き合いだけあって、行動パターンが読まれているというか、なんだか逃げる場所、逃げる場所、ことごとく先回りされているような気がするし、一方のリンは身の軽さを生かして、思いがけない上空から降ってきたりする。
いや、頼むから俺の言い分も聞いてくれぇ! 重たいオートメールで走るのは、多分、生身よりも何倍もしんどい。

「兄さんガンバレェ」

のんきに併走して応援しているアルは、肉体が無いために疲れを知らないせいか、この事態を面白がっているようだ。なんだかバカにされているような気もするが、ともあれこの危機を知らせてくれたのはアルなのだから、感謝しなければいけないのかもしれない。

「あ、また上から、リンが・・」

「げぇっ!」

ふわりと羽織ったシン国の服を翼のように広げながら、塔の屋根から猛スピードで落下してくる。
逞しい腕を突き出し、長い指を広げている様は、まさしく猛禽類か、あるいは翼ある竜のようだ。だがもちろん、その優美にして獰猛な攻撃に見とれている場合ではなく、身を翻して避ける。またもや三つ編みのギリギリのところに、リンの拳が掠った。

「往生際が悪イッ!」

「生き汚いのが、俺の信条でね!」

バック転のように後ろ飛びで逃げながらも、両手を打ち合わせていた。次の瞬間、壁に手をつく。途端に石造りの塀が盛り上がり、リンとの間に立ちふさがった。これはいわば目隠し。リンがそれを飛び越えてくる前に、マンホールをこじ開けると身を踊らせ、内側から閉めた。

・・地下道を通って逃げよう。どれぐらいの間、保つだろう? まさか、この行動パターンも、ウィンリィに読まれているとか?

「チクショー! 見失っタ!」

すぐ頭上でリンが地団駄を踏んでいるのが分かる。アルもオロオロしているようだ。ちょうどいいや。アルが付いて走ると、目立って仕方ないんだから。俺は遠ざかる足音を聞きながら、汗を拭った。







信じらんない。信じらんない。
どうしてエドが、男の人とデキてるっていうの? こんなに可愛くてセクシーで優しくて有能な女の子がそばにいるっていうのに! 大体、エドの手足はね、あたしが整備してんのよ。エドはあたしがいなかったら困るのよ。言ってみれば、生涯のパートナーってやつよ? いや、手足を取り戻したらそうじゃなくなるのかもしれないけど、だからって、そんなこと、許されるわけないでしょ。
エドのことは、あたしが一番よく知ってるのよ。身体のことだって・・機械鎧をはめるためにだけど、あいつの身長だとか、体格だとかだったら、知り尽してるンだから! パンツ一丁の格好だって何十回となく見ている。だから、ようするに、エドはあたしのものみたいなもんなのよ。だのに、なによ? どうして横取りするわけ?

エドはね、アルとふたりして、どっちがあたしをお嫁さんにするかって、競争してたぐらいなんですからね!
エドと最後に結ばれるのはあたしよ。あたしなんだから! ああ、もう、口惜しい!

・・あたし、エドとキスもしたことないのに!










軍用無線を傍受していたロイは、思わず「はぁ?」と、間抜けな声をあげてしまった。

『7区に黄色い鳥人間を発見との通報あり』

『9区8ブロックに、チェーンソーを持った少女を目撃との情報! 7区に向かってます!』

『鳥人間とチェーンソー、11区に移動・・その前方に赤コートの少年・・いや、あれは・・』

パニック状態の無線オペレーターよりも一瞬早く、ロイは「・・鋼のだろう」とつぶやいていた。一体、何をやらかしているんだ? 赤コートが鋼のなら、鳥人間とやらはリンだろう。チェーンソー・・が誰かは分からないが、リンとエドに間違いはない。

「何か面白いことでも?」

湯気のたっているコーヒーカップを持って、リザが歩み寄ってきた。ひとつをロイに渡し、もうひとつは自分の両手で包むように持つと、その傍らに自分も座り込む。
ここは、フュリーの“別宅”のひとつで、ロイの目下の隠れ場にもなっている。

「面白いというか、なんというか」

苦笑しながら、外したヘッドフォンをリザに差し出してやる。まだ、怪情報に翻弄されているオペレーターの悲鳴が続いていた。

「・・あらまぁ。今度、お仕置きしなくちゃですね」

「君のお仕置きか・・さぞや効くに違いない」

「どういう意味ですか?」

「・・別にぃ」

「これ・・郊外に向かっているみたいですね」

「鋼ののことだ。あれでも割と、気を使う性質なんだよ。多分、被害が最小限にすむように、中心部から離れているつもりなんだろうな」

「ふうん」

ロイは一口だけコーヒーをすすり、甘味が足りないな、と思った。私は砂糖3杯は入れるんだが・・ミルクも足りない。これじゃ、苦くて飲めないじゃないか。だが、リザはそんなうらめしげなロイの視線に気付かず、ブラックを悠々と口に運んでいた。






俺とランファンが泊まっている宿に、ひとりの少女が訪れたのは、つい数時間前のことだ。

「ああ、ウィンリィちゃン。どーシタのサ?」

エドの幼馴染みということは、よく知っている。だが、初対面時に冗談で「嫁に来ないか」と言ったことはあったにせよ、その後、直接話をするような機会はほとんどなかった。エドと喧嘩でもしたのかな? と思ったのは、その表情が固く、頬を紅潮させていたからだ。

「どうしたもこうしたもないわ!」

ウィンリィがビッと俺に向けて指をさす。あのねぇ・・シン国で俺みたいな皇族に向かってソレやったら、不敬罪で掴まるヨ? まぁ、別にいいけど。

「勝負よ」

「ハァ?」

ハァ? としか言いようがない。こんな華奢な女の子が一体、俺に対して、何を勝負しようというのだろう?

「あたしが勝ったら、エドを返してよ!」

「エッ・・エド?」

「とぼけないでっ!」

ウィンリィが、いかにも口惜しそうに足を踏みならす。下の階から苦情が来るのではないかと危ぶむ。
いくら、ハン氏の息がかかっている特別な宿だといっても、他の客の迷惑になるようなことがあれば、黙っていないだろう。ランファンもそれを心配したのか、手早くお茶を酌んでくると「座って」と、ウィンリィを促した。
さすが女同士というべきか、猛り狂っていたウィンリィもハッと落ち着いて、素直にソファに腰を下ろしたものだ。



・・エドを返してよ、か。



返してといわれるほど、独占した記憶もない。それを言うのなら先に、あのエロ大佐んところに押し掛けるのが筋だろうと思うのだが・・まぁ、確かに最近は、よく一緒につるんでいるし、エドも(口先だけだとは思うのだが)しきりに好きだ好きだと言ってくれている。大佐とはもう、そんなんじゃないんだって・・本当かどうかは知らないけれど。
そっかぁ、俺ってエドを独占してたのか・・と今さらのように自覚したリンではあったが、だからといって「はいそうですか」と返還する気もさらさらない。

どうせ・・いつかはシン国に帰ることは分かっているのだから。
それまでの間は、精一杯付き合っておきたい。エドの声も、肌も、吐息も、指の間を滑る金髪の感触も、すべてを自分の中に焼きつけておきたい。
もし、百歩譲って、彼女にエドを返すことがあるのだとすれば・・俺がシン国に帰るときでもいいじゃないか。帰国後、エドが誰と付き合おうと、俺は干渉できないし、すべきではない・・俺だって、もし皇帝になれば、後宮三千人の妻妾を持つのだし、皇帝になれなかったとしても、長老家を継ぐものとして見合いをさせられるのだから。

・・まぁしかし、エド本人の意志も尊重されるべきだとは思うけどね。

「でもさァ、ウィンリィちゃンが俺ト、何でショーブしよーっていうノ?」

彼女もスパナやチェーンソーを振り回して、多少は腕力自慢かもしれないが、正式に格闘技を修めている俺とまともにやって、かなう訳がない。かといって、彼女が得意そうな分野というのは、こっちには未知の領域だし、器用勝負とか、ペーパーテストというのも御免被りたい。

「か・・考えてなかった」

「ジャ、諦めナヨ」

「いやよ! 絶対、絶対・・エドを返してもらうんだから!」

喚きながら、ウィンリィが泣き出してしまう。
うわぁ、ずるいよなぁ、女の子には涙という最終兵器があるんだから・・ただ、泣けば全ての要求が通ると思ったら大間違いだ。

『ランファン、エドか、アル呼んで、引き取りに来てもらってくれ』

『分かりました』

ランファンが部屋を出て行った後、俺は背中を丸めてしゃくりあげている少女から目を逸らし、気まずさを誤魔化すように、煙管に火をともして一口吸い込んだ。
軽いポッド。甘く沈静効果がある薫りが、部屋中に漂った。







なーんだよ、それ・・って思う。
ウィンリィもリンも、なんだって兄さんな訳? 僕は? 僕だってウィンリィをお嫁さんにしたいって言ってたんだし、大体・・行き倒れてたリンを拾ってあげたのって、誰だと思ってるの? 僕だよ?

そりゃあ、僕は生身の肉体じゃないよ。でっかくってごっつくって重たくって冷たい鎧だよ。キスひとつできやしない身だよ。でもね、だからって・・心はあるんだから。心は。

「兄さんを賭けて勝負ぅ?」

「そうなのよ!」

「どーしてモって言っテ、キカナイんダ」

煙管をくわえたまま、ほとほと困りきって肩をすくめているリンと、両目いっぱいに涙を溜めながら歯ぎしりしているウィンリィ・・ホント、どうして僕じゃないんだろう?

「でもなぁ・・ふたりが互角に勝負できるような種目なんて・・想像もつかないよ」

「ダロ?」

兄さんに選んでもらったら・・という言葉が出かかったけど、よく考えたらそうなると多分、兄さんはリンを選ぶだろう・・だって、リンはいつか帰っちゃうから。
いや、ふたりに遠慮して「どっちも選ばない」って言い出すかも知れない。そういうところで、兄さんは妙に気を使う。その曖昧さが逆に事態をややこしくするんだけど、そんな自覚はさらさらないらしい。どっちも選ばないって言わせて、両方僕に泣きついてきてくれたら、ちょっと嬉しいんだけどな。でも、そうなったら、僕もどっちを選んだらいいんだろう?

あ、そうだ。いいこと思いついた。

「鬼ごっこなんてどう?」

「鬼ごっこォ?」

「うん。兄さんが鬼で、兄さんの髪留めを先にとった方が勝ちっての、どう?」

リンとウィンリィが顔を見合わせた。

「・・俺は構わないケド」

「あたしもそれだったら、自信ある」

「じゃ、決まりだね。僕、兄さんに、ちゃんと鬼になって逃げてくれるように言ってくる・・じゃあ、30分後にスタートね」




兄さんを巡って鬼ごっこ・・なんて聞いたら、兄さんは絶対、ズルをする。それじゃあ、ウィンリィが可哀相だろ?
だから、どっちからも平等に逃げ回るようにしなくちゃね。

「兄さん! 大変大変! さっき聞いたんだけどさ、リンとウィンリィがすんごく怒ってたよ! 兄さん捕まえて、丸ボーズにしてやるって!」




そういう訳。

それにしても・・兄さん、どこに逃げたんだろう?

続く

【後書き】絶対書くことは無いだろうと思っていた(というか、素で「ウィンリィ?居ましたッけ、そんな人」と口走ってしまう程だった)エド×ウィンに今回、初挑戦です。
「あんたの書く女性キャラは皆、エキセントリック」と友人に罵られてしまいましたが、その通りだと思います・・男性キャラの方がよっぽど女々しい(苦笑)。
・・というわけで、こんな調子のドタバタ話です。R指定は・・多分ない、かな?
初出:2005年11月18日

SITE MENU鋼TOP PAGE

※当サイトの著作権は、すべて著作者に帰属します。
画像持ち帰り、作品の転用、無断引用一切ご遠慮願います。