SITE MENUINDEX

連環〜Chain


【序章】夢の終わり・・そして始まり


リンは欄干に腰掛けて、上体を乗り出すように外を眺めていた。鯨波の轟きが聞こえる。攻め寄せる兵らの雄叫び、軍馬のいななきと蹄の音、戦車の車輪が軋む音、そして進軍ラッパや銅鑼の音・・それらがない交ぜとなって、天地を揺るがしていた。重低音がリンの下腹に心地よく響く。



・・ある筈の無かった臓器、今でも存在を否定したくてたまらない生殖器官に。



遠くで火の手があがっているのか、焦げた匂いも微かに届く。風は生ぬるかったが、愛撫するようにほつれ毛をかき乱してくれる感触は、悪くない。

『ああ、こちらにいらっしゃいましたか。早く逃げましょう。ここはもう、落城するでしょう』

セイがドタバタと駆け込んでくる。背には幼い赤子をおぶったまま。かつてはリンの恩師に仕え、今はリンの身の回りの世話をする下僕である初老の宦官だ。

『もう・・いい。セイ、おまえは逃げろ。今までよく仕えてくれた』

『なにをおっしゃるんですか、リン様!』

『ふふ。もう、俺のこと、リンと呼んでくれるのは、おまえぐらいになっちまったな』

・・今、リンと呼ばれているのは、レイだ。かつてリンのものだった地位も名誉も、家臣達・・フーやランファンの忠誠までもが、すべてレイのものになっている。かつて皇子であったリンは、姚帝リンの慰みものでしかない。

『アメストリス国まで逃げれば、エドワードさん達が、そう呼んでくれますよ』

『アメストリス国か・・遠すぎる』

どうも、セイは時折とんちんかんな事を言い出す。そんなところまで逃げられる身だったら、とうに逃げている。


エドワードか・・懐かしい名前だ。


こんな自分にも、幸福で楽しかった頃があったんだっけ。皇帝になるためにとシャカリキになっていた日々、理想の王になるんだと希望に満ちていた。共に戦い、時にはケンカもして・・セイのバカヤロウ、そんなこと思い出させるんじゃない。

『河を下って海に出れば、南回りの海路で行けますよ。この城の地下道は、川沿いの屋敷に通じてございます。姚帝殿はご存知ないでしょうが、先代の凰帝陛下は猜疑心が強くて、あちこちに、そんな秘密の脱出経路を設けてございましてね。姚帝殿も家臣らも、あの軍勢に大慌てで、城内は混乱してございます。逃げるなら、今ですぞ』

『・・ても・・ない・・』

『はい?』

『逃げても・・もう、意味がない』

リンは婉然と微笑んでいた。微笑みながら・・涙が頬を伝っていた。

『こんな身体で生き続けても・・皇帝になるために産み落とされて、そのための教育を受けて育ったというのに、皇帝になれなかった。それだけでも、もう、価値がない人間だというのに』




もし、おまえが東の王になれるのなら、西王母に出会うだろう。




今は亡き恩師のヤンフィが、リンが賢者の石を求めて出立するという時に、そんなことを言っていた。
西王母というのが、何かは分からなかった。ただ、エドワードに出会って漠然と、彼がそうなのだろうかと思った。エドに会ったヤンフィも『エドワードが女だったら、比翼連理のいい夫婦になれそうなのに、惜しいな』などと言っていたとか。


そうだ、俺はエドワードと離れちゃいけなかったんだ。

どうして、他の男に身を任せたんだろう。
どうして、エドを拒んでしまったんだろう。
どうして、レイの送ってきた偽の帰国命令なんて信じたんだろう。
どうして・・。



『セイ、その子・・イウライが逃げるのに邪魔になるようだったら、棄ててくれていいから』

リンはあえぐようにそういい残すと、欄干を握って身体を支えていた手を離し、翼のように軽く広げて、体の重心を外に傾けた。

『リン様?! なりません、リン様ッ!』

セイが叫んで駆け寄る間もなく、リンの体は欄干を越えて宙を舞い、墜ちていった。






あわれわが身、亡びつつあり、絶え間なく


われ知りぬ、わが命はや束の間なるを


されど・・わが魂のいずくに行くかは知らず


いつの日か、わが汚れ破れし衣を、棄て去らんとする




中世イスラムの錬金術師アル・ラジ(865−925)の言葉
















【警告】当作品には、性的な表現の他、暴力的・猟奇的内容、ネタバレ(ガンガン05年9月、10月号)が含まれます。予めその旨ご了承頂ける方のみ、下にある【続き】をクリックして続きをご閲覧ください。

>>【続き】
※なお、クリック頂いた場合は、当警告を了承しているものと判断させて
頂き、上記内容に関する苦情には一切対応いたしません。あしからず。

【後書き】こんな書き出しで「モチーフは鏡の国のアリスねっ(はあと)」と言っても、ソッコーで殴られるに違いありません・・ブロッシュとアルのコメディとして構想したのですが、書いているうちに『Chain』に絡めた方が面白そうだと思ったので・・orz
くどいようですが、残虐なシーンが苦手な方は、ここで読むのをやめてください。
そして・・読んでも私のコト、嫌いにならないでくださいね・・・(滝汗)。
本サイト初出:05年08月26日
1カ所 「イウライが」と加筆:09月08日

※当サイトの著作権は、すべて著作者に帰属します。
画像持ち帰り、作品の転用、無断引用一切ご遠慮願います。