1. 悪夢の国のアリス
リンはふと、目を醒ました。
なんだよ、死ねなかったのかよ、オレ・・あの楼閣は12階ぐらいの高さがあったはずだから、普通なら地面に叩き付けられれば、原型がなくなるまで肉も内臓も飛び散って、即死するだろうに・・だが、起き上がろうと両手を地面について、なぜかカクンとバランスを崩した。起き上がりかけた上体が真っ黒くぬかるんだ地面に倒れ込んで、口や鼻腔にぬるぬるしたものが入り込み、リンは激しく咳き込みながら、それを吐き出す・・その泥は、妙に生臭い匂いがした。
やけに周囲は暗かった。あの城の中庭ではない・・何日も雨が降っておらず、むしろ土ぼこりが立っていたというのに、こんなぬかるみなどあろうはずもない。暗がりの中、目をこらしても城は周囲にはなく、それどころか押し寄せていた筈のリウ族の軍勢は影も形も無く、無気味に静まり返っていた。
ここはどこだろう? まさか、死後の世界だというんじゃないだろうな?
もう一度、手を地面につけようとして、気付いてしまった。右手は肘から先が、左手は指が全て斬り落とされていたのだ。思わず悲鳴をあげていたが、その声はどこに響くともなく闇に吸い込まれていった。さらに、右足も腿から切断されていると知って、パニックに陥りかける。
「・・だってアンタ、咬まれるか切り刻むかって訊かれて、切り刻む方向でって答えたジャン」
嘲るような声を投げかけられて、リンは逆に我に返った。なんとか左腕をついて体を起こす。落ち着いてよく見ると、切断面からの出血は止まっていた。なぜか、痛みも感じない・・単に痛覚が麻痺しているだけかもしれないが。
周囲は一面のぬかるみで・・しかも、その生温かい泥は血糊のようだった。
「つまりココ、血の池地獄ってワケ? オレ、生前ヨッポド悪イコトしてたノネー・・ショッチュー女遊びしてたカラ、知らない間ニ水子でも作ってタのカシラン?」
「なに言ってンの、糸目の・・それとも頭プッツン逝っちゃった?」
振り向くと案の定、人造人間のエンヴィーがそこに居た。
「ヤァ、コンニチワ。こんなトコで会うナンテ、奇遇ダネ」
「ぬぁーにが奇遇ダネ、だ。アンタひとりでグラトニーに飲まれときゃいいのに、貴重な人柱だけじゃなく、俺まで巻き添えくっちゃったジャン。どーしてくれんのよ?・・ったく」
エンヴィーの右腕と右足が、華奢で棒切れのように細い左のそれと比べると妙にアンバランスに見えた。長さは切断面を調節して揃えているようだが、如何せん、太さや筋肉のつき方が違う。
「・・ア、オレの手足ダ」
「こっちに飲み込まれる前に、アンタに斬り落とされたからな。いつもなら自力で再生できるんだが、ここじゃチカラがうまく発揮できなくてね。責任取ってもらったってわけ」
「ここじゃチカラがうまく発揮できナイって・・ここ、ドコ?」
「どこでもねーよ。敢えて言うなら、地獄さ」
「・・ってことは、やっぱり死んじゃったノネ、オレ・・コレ、痛くも無いしサ」
「痛い方が良かった? 今からでも、痛くしてあげようか?」
「イタイのキライなんで、ケッコーデス」
「・・ぐあーっ! なんだかムカついてきた! なーんでこんなとこまできて、糸目のと漫才しなきゃいけないんだぁっ!」
「ナーンデって、言われてモネェ・・」
なんか一言おちょくってやろうと思った矢先、エンヴィーが猛然と飛びかかって来て、顔面をまともに回し蹴りされた。リンは体ごと豪快に吹っ飛び、血のヘドロに頭から突っ込んでしまう。
「ペラペラしゃべんな! ムカつくんだよっ! いちいち、いちいちっ!」
リンは血を吐き出しながら「ヒドイナァ・・乱暴ダナァ・・イタイヨォ」とぼやいた。指の無い左の掌で頬を押さえている。歯も何本か折れ、口の中も切ったらしく、唇の端が腫れて血がこぼれている。
・・痛いということは、やはり自分は生きているのだろうか?
バシャバシャとヘドロを跳ね上げながら、エンヴィーが歩み寄って来た。この状態では、リンは圧倒的に不利だ。手足がなくては闘いようもない・・だが、どこかリンの中で何かの糸が切れてしまったのか、賢者の石どころか、助かることすら既に諦めたかのようだった。きょとんとした、あどけないとも言える表情で、エンヴィーを見上げている。
「なぁによ、そのカオ・・ノーミソ壊れちゃったの? 糸目?」
髪を掴まれ、ぐっと顔を上向かせる。その瞳の奥がとろんと生気を失っているのを知って、エンヴィーは舌打ちをした。
「おいこら、てんめぇ・・どーせ死ぬからどーでもいいとか思ってやがるだろっ・・くそぉっ、こっちは死ねねぇもんだから、こんなとこで永遠に退屈してなきゃいけねーハメになってるっていうのにっ!」
胸倉を掴んで激しく揺さぶると、壊れた人形のようにリンの首がカクンカクンと揺れた。そのあまりの手応えのなさにエンヴィーは癇癪を起こしていたが、やがて突き飛ばすようにして手を離した。怒りの余り軽い過呼吸でも起したのか、エンヴィーは少しの間、肩で息をしていた。
「・・あっ、そうだ・・いいこと考えた。アンタ、賢者の石が欲しいんだってな。俺のをちょびっとだけ分けてやるよ。不老不死のお試しキャンペーンってところだな。楽しいぞ? 気絶されたらひまつぶしになんねーから、ちゃんと末端からじわじわ切り刻んであげるよ。再生すんのは無理だろうから、最後には首だけとか、バラバラの肉だけになっちまうだろーけど、それでも死ねないと思うよ、多分。あ、そうなったさ、最後まで魂がくっついてるのは体のどの部位なのか、教えてくれる? 脳をばらして、精神が宿ってる部位を教えてくれるってのも、色々参考になりそうだねぇ。だってほら、俺らは賢者の石に魂が宿ってるわけじゃん? だから、人体ってヤツにはちょっとした好奇心があってさぁ・・」
エンヴィーの言葉の意味が、リンには半分も理解できない。ただ、漠然とした恐怖を覚えて、不自由な四肢でいざるようにしてエンヴィーから遠ざかろうとした。
「待てよ、アンタが知りたがってた不老不死だぜ?」
エンヴィーの皮膚の表面に太い血管のようなものが浮き上がり、それが蛇のようにのたうち、脈打った。その動きに押し上げられるように、赤黒い臓器のようなものがエンヴィーの体内を移動していくのが、白い肌越しに透けて見える。臓器は首筋を這い上がり、口腔にまで到達すると、エンヴィーは指を口の中に突っ込んでそれを掴み、あごに力を入れた。
さすがに苦痛なのか顔をしかめていたが、やがてゴキンという鈍い音がして、小指の先ほどの赤い破片を吐き出した。
「くそっ、いってぇ・・ほらよ、これが欲しかったんだろ、糸目」
エンヴィーは口の中に残る大きな塊を飲み下して、息をつく。そして逃げようとするリンを突き飛ばして馬乗りになると、白いブラウスのボタンを引きちぎり、その破片を持つ手をリンのへその下あたりにねじ込んだ。
肉体がどういう化学変化を起こしているのか、エンヴィーの拳はリンの腹にめり込み、まるで豆腐かチーズのように容易く、皮を裂き肉の中に潜っていった。
リンが激痛に悲鳴をあげながら、もがいてエンヴィーの身体を押し退けようとする。頭部が血の泥に沈んでしまいそうになるため、溺れているようにも見えた。
「おらおらおらぁ・・おとなしくしてねーと、背中に突き抜けちまうぞ」
いかにも楽しそうに言い放ってから、エンヴィーはリンの腹部から指を抜く。指に絡みついた腸が、指と一緒に傷口から引きずり出されてきたが、エンヴィーはためらうことなく、体液でねばつく臓物をぶちぶちっとちぎって捨てた。
「痛い? 痛いだろ? でも死ねないんだなぁ、これが。どう? それが不老不死ってヤツ。永遠に続く苦痛。俺が飽きるまで、存分に切り刻んであげる・・時間はたっぷりあるから、どこから切られたいか、リクエストぐらい聞いたげるよ」
「・・どこもヤダ、イタイのキライだってバ」
「それでも減らず口を叩くかなぁ、こいつわ。おい、好き嫌いはいけませんって、ママンに教えられてなかったのか?」
オレはもう、死んだ筈なのに・・欄干から飛び降りた瞬間、セイの驚いた顔と、急激に遠ざかっていく青空が見えた筈なのに。
リンは、下腹部に据えつけられた石が重く熱を持ちながらドクンと脈打つ感触が、胎児に腹を蹴られる感触にそっくりだと感じていた。
ふと、何を思ったのかエンヴィーが、身体にぴったり張り付いているショートパンツをごそごそし始めた。
「その前にさぁ、その腹ン中・・内臓が生温かくて、ぬるぬるしてて、ミョーに気持ちよさそーなんだけど。一発抜かせてもらおーかなぁ」
「ハ・・ハァ? ま、まさカ、オニーサン、この傷口にナニを突ッ込む気ジャ・・?」
「うん。死なねーから命に別状ないし、心配すんな」
「心配すんナっテ・・ソーいウ問題ジャナーイッ!」
せめてもの抵抗にリンは、腸がはみ出している腹を庇ってうずくまったが、エンヴィーは容赦なくその身体を蹴り飛ばし、ひっくり返すと、その腹に跨がって性急に腰を沈めた。あまりの異様な感触に、リンの額に脂汗が浮き、スウッと血の気が引いていく。
「あっ、こらばか、失神するんじゃねぇっ! お楽しみはこれからだっていうのに・・おいっ!」
エンヴィーが慌ててリンの頬を2、3発平手打ちしたが、急速に遠のいていくリンの意識を引き止めることはできなかった。
ふと、目を醒ますと、白いカーテンに仕切られた簡素なベッドに寝かされていた。
「お、気がついたか、ボーズ」
ドクターがこちらに背中を向けて書類に書き込みをしながら、そう声をかけてきた。どうやら、気配でリンが起きたのに気付いたらしい。
「ア・・ココハ・・?」
あの絶望的な状態から生還したとでもいうのだろうか? いや、切断されたはずの手足や腹に、全く傷がついていない・・ということは、もしかして、あれはただの夢だったのだろうか。
あんなにもリアルで、あんなにも痛かったというのに? そして・・賢者の石を埋め込まれた下腹の奥がずぅんと重い。
「軍曹さんよ、お姫サマがお目覚めだぞ」
「あ、そうですか、すみません、ノックス先生・・リン君、大丈夫かい? まだめまいする?」
どうやら、ブロッシュ軍曹が白いカーテンの向こうで、リンが目覚めるのを待っていたらしい。
「びっくりしたよ。図書館で一緒に調べものしてたら、突然倒れるんだもん・・で、リン君、変化しちゃうし。熱があるみたいだから、一応、医務室に連れてきたんだよ」
「ソ・・ソウナノカ?」
「しかし大変だねぇ。変なクスリ飲まされて、時々性転換しちゃう体質になったなんて・・これからの旅で、色々不便だよね。僕ができるだけ護ってあげたいけど、本当に大変だよね」
「ヘ・・ヘェ?」
そういう体質? そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない・・まだ熱が高いのか、ブロッシュの言葉がなかなか理解できなかった。
だが、自分の胸を触ってみると確かに、片手では掴み切れないぐらいボリュームのある柔らかい乳房があった。
「あのなぁ。俺はあのクソガキのせいで、化け物を目の当たりにしているから、どんなビックリ人間が来ても驚かねぇが、よそでは気をつけろよ。そんな体質だって知られたら、解剖されるぞ」
解剖と聞いて、先ほどの夢を思い出し、リンはビクッと肩を震わせる。もし、こうして起きていなければ、夢の中の俺は、生きたまま全身を切り刻まれていたのだろうか。
「先生、脅かしちゃあいけませんよ。リン君、真っ青になってるじゃないですか」
「冗談だよ、冗談・・どれ、ボーズ、熱計るか? あ、計らなくても結構高いな、こりゃ・・軍曹さんは今日の午後はずっと仕事ナシか?」
「いや、その、あるんですが・・リン君が心配で・・」
「サボリか。見つかったら叱られるぞ。俺が診ておいてやるから、ぼちぼちオフィスに戻れ」
そんなやりとりを聞きながら、リンはゆるゆると意識を手放していく。
そうか、あれは夢だったのか・・レイの性奴にされて、あの楼閣から墜ちるのも、真っ暗闇の中、人造人間に切り刻まれるのも・・全部夢で、ここは安全な場所で。
だが、朦朧とし始めた意識の中で「確か、軍はやばいんじゃなかったのか? あの大佐がソー言ってた」という疑問が浮かぶ。いや、ブロッシュさんが護ってくれるっていうから大丈夫・・本当か? いや、分からない。
分からないけど・・
ごつごつした煙草臭い手が、ふいに頭に乗せられた。医者って、消毒液の匂いとかをさせてるものなんじゃないのか?
だが、その骨っぽい掌の感触は不快ではなかった。
「ボーズ、も少し寝てろ。定時になって軍曹が戻って来たら、起こしてやるから」
それを聞いて、リンは完全に警戒心を解いてしまい、深い眠りに落ちていった。
パパパン、という軽快な平手打ちで目を醒ました。
「・・ブロッシュさん? もう定時? 叩くナンテ、ヒドイヨ」
「はぁっ!? ブロッシュだぁ?」
グイッと襟首を掴まれて、リンは眠い目をようやく開いた。
自分は・・軍の医務室で眠っていたのではなかったのか? そこは宿の一室であった。エドが眉を吊り上げて、こちらを睨んでいる。
あ、なるほど、アンタ、おちびちゃんとソーイウことなんだ・・不意にそんな声が聞こえた気がして、リンは左右を見渡す。その仕種が一層、エドを苛立たせたらしい。
「ランファンが、おまえがまた化けたっつーから、来てやったんだぞ。なんでそこで、ブロッシュ軍曹の名前が出てくんだ?」
「えっ? だっテ、ブロッシュさんが仕事、定時になって終わったら迎えに来るってヤクソクで・・」
「おい、それで迎えに来てもらって、どーしよーっていうつもりだったんだ?」
「どーしよーっテつもりモ無かったケド・・エド、ドーシテ怒ってるノサ?」
「怒らいでか! この浮気者ッ! おまえは、俺以外とヤっちゃいけねーの、分かってる?」
「・・ソーだっけカ・・」
リンのぼんやりした生返事に、エドはカクーッと首を落とす。
「あーのーさぁ・・おまえ、女になっちまう体質になったろ? んで、ヤんねーと元に戻んねーだろ? そんで、何人ものヤツとヤったらおまえのアタマとカラダに良くねーの。ここまで、分かる?」
「ウン、ナントナク」
「はーぁ・・ま、いーや。ともかく、女に化けちまったときには、ふらふらしてねーで、すぐ俺に連絡よこせよ。いいな?」
そのエドの言い方が強引で押し付けがましく感じられ、リンは多少・・いや、かなり機嫌を損ねる。
オレハ、エドワードト、ハナレテハ、イケナイノニ・・
「・・気ィ抜けた・・萎えちまったじゃねーか。リン、勃たせてくれよ」
「エーッ? どうやっテ?」
「手でも、口でも・・そのオッパイで俺のを挟んでくれてもいいぜ。でけー乳だから、すっぽり包めるんじゃねーかな?」
「そんなノ、ヤダ」
「男に戻りたくねーの?」
「戻りたイケド・・そんなコトまでヤラされるンなら、ヤダ」
「ぜーたくゆーなよ。なっ? 見せてくれるだけでもイイからさ」
エドは自分の思いつきに興奮したのか、目をギラつかせながら、リンが着ていたブラウスの衿を両手で引っ張った。ボタンが引きちぎられ、当然ブラジャーなど着ている由も無い乳房がむき出しになる。
「相変わらず爆乳だなぁ、おい。乳首立ってんじゃねーか」
「ヤダ、ヤメロよ、ヤメロってバ!」
「うわ、たまんねーなぁ。これならすぐ勃ちそう。なぁ、これで挟んでくれよ」
リンを突き倒したエドは、その胴の上に馬乗りになると、ベルトのバックルを外すのももどかしく、自分のものを引っ張り出す。リンは両手でエドを突き飛ばそうとしたが、エドが両手をパンと打ち合わせて、ベッドに触れる方が一瞬早かった。ベッドの柱がググッと伸び、まるで蔓草のようにリンの手足に巻き付いて自由を奪う。
仰向けになったバストは、重力に従って通常よりも平たくなるものだが、それでもリンの乳房は豊かなボリュームを保っていた。エドはさらにその乳房の両脇の肉をすくい上げるようにして寄せ、鳩尾にできた深い渓谷に己の半身を沈み込ませた。
「すんげー・・やらかくて、気持ちいい・・」
エドは、リンが嫌がっているのに気付かない様子で、夢中で己をしごき上げる。一応リンに気を使っているつもりなのか、時折、リンの乳首をつまんだり、全体を両手で包んで揉みしだいたりした。
「やべっ・・出そう・・出していい? 大丈夫、すぐ復活すっからさ」
「ヤダ・・もうヤダッ! ヤメテクレッ!」
だが、必死の哀願は無視され、熱いものが迸って、リンの首筋から顔までかかった。
「いっぱい出ちまったなぁ・・大丈夫、すぐに中にもたっぷり出してやっから」
「モウ、ヤダ・・コンナノ・・」
「嫌だ嫌だ言っても・・濡れてんじゃねーの?」
エドは破いたリンのブラウスで、リンの顔を拭ってやった後、馬乗りになっていた体の向きを変えて、今度はリンのスラックスの中に左手を差し込んできた。男物の下着の中をまさぐって、秘肉をかき分けて柔らかい芽を探り当てる。
「いっつも俺ばっかり先にイッて、満足させてやれねーから、おまえが浮気したくなるんじゃねーかなって思っててさ・・いつも悪いと思ってンだぜ、これでも。だからさ、挿れる前にイかせてやるよ。女の性感帯って、中よりもこっちの方が感じるんだってな・・気持ちいい?」
「ヤダ・・ヤメテ・・お願イ・・モウ、ヤダ・・」
「でも、すんげー濡れてるよ?」
エドの指がグチュッと音を立てて、中に入り込んだ。リンの上体がのけぞる。無意識に腰が浮いた。
だが、エドは熱い蜜を指に絡み付けただけで、それ以上は奥に触れず、蜜を塗りつけるようにして、肉芽をくじり、弄ぶ。
「アッ・・アッ・・ヤダ・・」
「ここ、感じ過ぎる? イッちゃっていいんだよ?」
「ナッ・・ナ・・カ・・」
「えっ、何? 中に欲しいの? 中にも、後でちゃんとぶちこんでやるから、心配すんなって」
エドのことは、嫌いじゃないのに・・こんな意地悪なやり方じゃなく、もっと優しく抱いてほしいのに。まるで囚人のように縛り上げられ、人形のように横たわったまま、ただ性器だけ刺激されてイかされるなんて。この姿勢では、リンにはエドの背中しか見えない。
腰のあたりがむずがゆくなってきた。ガクガクと下肢が震えて昂っていく。嬌声を上げている自分の声が、まるで他人事のように聞こえて、耳障りだった。
「イきそう? 我慢しないでイケよ? それとも、中にも指、欲しいのか?」
とうに開き切っている花弁は、なんの抵抗もなく指を受け入れ・・途端に大量の液体が吹き出す。
「えっ? おもらし? あ、潮ってやつ? そんなに良かった?」
はしゃいでいるエドとは対照的に、リンはぐったりしていた。男として射精するほどではないが、潮吹きというのはかなり、消耗するのだ。
「タ・・タイム・・少し、休ませテ・・」
「えーっ、俺、もう勃ってきちゃったよ。それに、イッた直後に挿れるのって、すんごく感じるんだろ?」
エドはウッキウキで、機械鎧の右手を刃物に変えると、リンのスラックスとパンツを切り裂いて、リンの下半身を剥き出しにした。ぐっしょり濡れた女陰は、色の濃い茂みの中から毒々しい花を思わせる紅色をのぞかせて、呼吸するようにわなないている。
「ジ、ジョーダン・・頼むカラ、ちょっと、マッテヨ」
「待てねーよ」
エドは正常位の位置に向き直り、己のそこを押し当てた。ぬるりと入り込み、奥まで届いて行き止まりの内臓を突き上げる。リンが金切り声を上げたが、その悲鳴は途中でキスで封じられた。
「いっぺん抜いたから大丈夫かと思ってたけど・・あんまり保たねーな、わりィ、イクよ」
さらに乱暴に2、3度突き上げられ、身体を貫いていたものが、ビクビクと痙攣するのを感じて・・リンの意識が遠のいていく。
「ランファン、済んだよ・・ああ、ちゃんと無事に男の身体に戻ったって。シャワー借りる」
いかにものんきなエドの声が聞こえる。エドのことは好きなのに・・こんなのは嫌い。大嫌い。
どこかで・・馥郁とした華の匂いがしていた。
・・エドの夢なんて、ひさしぶりに見た。
夢うつつの状態では、まだ自分は即位前で、エドに抱かれて眠っていたかのような気がしていたが、ジャラッという重く冷たい音と、首の圧迫感、皮膚の擦れる痛みが、リンを現実に引き戻す。大嫌いだけど、大好きだった・・まだ身体の奥に、エドの熱が残っているような気がしていた。
リンは首輪で繋がれた状態で、窓のない石畳の部屋に横たわっていたのだった。白い肌を隠すのは僅かに、その首輪と両手足の枷のみで。
なんであんな夢を見たんだろう・・思い出せば思い出すだけ、現在の状況の悲惨さが身に沁みる。
まだ、先ほどの折檻の痛みが、全身に残っていた。
この責め苦から楽になりたければ、レイの望むままに嬌声をあげ、媚態をつくり、レイの子どもでもなんでも孕んでしまえば良いのだろう。皇帝が、愛してもいない、それまで顔を見たこともない、各部族の代表として贈られる女共を、次々と抱いては孕ませるように。
そして、皇帝の性欲処理機として弄ばれ、子産みのための道具として扱われる運命を、甘んじて・・いやむしろ地位と名誉と豪奢の代償として、嬉々としながら受け入れる部族の母達のように。
・・実際に、リン自身もそうやって生まれたのだから。
だが、リンはそこまでして己の肉体、己の生に執着できそうになかった。このまま野垂れ死ぬのなら、それでも構わない。いっそ、殺してくれれば。だが、何度も死ぬ寸前まで責め抜かれながらも、最後の最後の一線でレイは引いた。
『今死なれたら困る。先帝の喪が明けて、正式に即位できるまでは、生きてもらわねば。皇女としての兄貴が死ねば、俺の即位の権利が失われるからな・・なにより、兄貴の身体を味わう楽しみが減る』
そう言って、薄笑いする自分と同じ顔・・いや、男だった頃の自分と同じ顔。
今の自分はどんな顔をしているのだろうか。鏡などもう、長いこと見ていないし、見たいとも思わない。多分、やつれ果てて肌は荒れ、目は落ちくぼみ、唇は乾きひび割れて、ひどい状態だろう。両手の爪も、以前はつやつやと滑らかで、薄紅色と白い三日月が鮮やかだったはずが、縦に筋が入り、土気色で三日月はなく、指先もあちこちで皮がめくれて、かつて優雅さをまったく失っていた。こんな状態の自分を抱いて、レイは本当に楽しんでいるのだろうか? いやあれは抱くとか楽しむというものではなく、単に嗜虐を好んでいるだけなのだろう。
『お食事の用意ができました』
抑揚に乏しい声・・振り向くとランファンが盆を捧げて入ってきていた。こうなってもなお、ランファンに身の回りの支度をさせるのだから、レイの陰湿な嫌がらせも徹底している。
ランファンは、ここまで堕ちた自分をどう思っているのだろう? だが、彼女は何も言わず、表情すら面をかぶったまま、リンに見せようとはしない。ただ、彼女はあくまでもヤオ族の長の家に仕える家柄であり、今現在、ヤオ族の長といえるのはリンではなく、レイである。レイがそうせよと命じるのなら、どんな理不尽で非道な命令であっても、黙ってそれに従うのだろう。
もう遠い昔のような気がするアメストリスへの旅の中、リンのためには腕すら切り落としたように、己を捨ててひたすら“長”に尽くす・・ランファンは、そう生きるよう叩き込まれて育っているのだから。
・・いや、面をかぶっているのは、軽蔑に冷えた己の顔を、かつての主人に見せまいという、せめてもの・・そして最後の・・ランファンの心遣いなのかもしれない。
両手が縛られたままなので、ランファンが匙に粥を掬い、リンの口許へ運ぶ。
『いや、腹は空いていない』
『餓死なさる気ですか?』
『ああ、そういう方法もあるな』
『御冗談を』
だが、何度唇に匙を寄せても粥を受け入れないリンに業を煮やしたのか、ランファンが面を外した。
その面の下に、エンヴィーの顔を見たような気がして、リンはハッとする。だが、その幻覚は一瞬で消え去り、すっかり大人の女に成長したランファンの顔が、そこにはあった。
久し振りに見る彼女は、淡く化粧をしていた。その紅で彩ったひとひらの花片のような可憐な唇に、おもむろに粥を流し込むと、ランファンはグッとリンの顎を掴んだ。
『ムッ・・ムウゥ・・』
唐突に唇を重ねられ、息苦しさに顎がゆるんだ瞬間、口移しで粥を流し込まれる。ランファンの口腔で適度な温度に冷まされた粥は、リンの喉から空っぽの胃の腑へ、心地よく滑り落ちていった。
『・・強情を張られるからです。今日こそは、一口でも召し上がって頂かないと命に関わると、ファーダ爺に言われたものですから』
言い訳のようにそう言うランファンの声には、先ほどの硬い調子が和らぎ、感情の抑揚が戻っていた。ランファンは頬を染めると、ふた口めを己の口に含んで再びリンに口付ける。
これが、ランファンとの初めての、そして多分最後の、接吻なのか。
まもなく、食物を入れた胃が急に活性化し、ぐぅと鳴った。ランファンはクスリと笑い、リンは恥ずかしさに顔が熱くなる。
『もう、ご自分で食べられますね』
そう言ってランファンは面をかぶると、三匙めを掬った。
『しかし、食うとその・・出るんだが・・』
『それは、そのままどうぞ。奴婢に片付けさせて、身体も拭かせるから構わないと、旦那様がおっしゃっていましたから』
『垂れ流しにさせるのか。あの野郎、とことん悪趣味だ』
餓死するのも悪くない・・そう思っていたはずなのにまだ肉体は、いぎたなく生きるつもりなのか、リンの意志とは裏腹に、唇が匙に吸い付いていた。
『ランファン・・その・・』
リンは、給仕を終えて立ち去ろうとする、かつての忠実な従者に、思わず声をかけていた。助けてくれとか、この枷を外してくれということもできたかもしれないが、彼女の主人はもう自分ではなくレイなのだ。それぐらいは分かっていた。
『レイは・・お前には、優しいのか?』
ランファンは振り返らず、少しだけ立ち尽くして・・やがて、後ろ姿のまま小さく頷いた。
ランファンが去ってしまうと、リンは何も無い部屋で、手足の自由がないために何ひとつできず・・頭が鈍く痛んで、これ以上眠ることすらできない状態で、空疎な時間と向き合う。退屈しのぎに歌でも歌っていられたのは最初の一日二日が限度で、今は考え事すらまともにできないほど、思考能力が低下している。習い覚えた筈の詩や経典が、一字も思い出せないほどだった。
・・あれからどれぐらいの月日が経ったのだろう? 昼と夜の区別さえつかない。
『リン様・・うなされていましたよ? リン様?』
ランファンに揺り起こされて、リンは午睡から目を覚ました。さきほどまで、夢を見ていたはずだが・・思い出せない。うす暗い中・・シン国だったような気がする。ただ、ランファンとキスしたことだけはハッキリと覚えていた。柔らかい唇の感触・・リンは思わず赤面していた。
『どうしました? リン様、頬が真っ赤ですよ? 熱でも?』
ランファンがなにげなく額を合わせて体温を計ろうとするのを、リンは『無い無い無い無いっ!熱なんか無いッ!』と喚いて、慌てて払い除ける。
『変なリン様・・あらあら、またお身体が・・エドワードさんを呼んで来ますね』
ランファンに指摘されて気付いた。リンの身体はまた女のものに変化していたようだ。
エドを呼んでくるって・・また、エドに抱かれなくちゃいけないのかよ? あんなセックスはごめんだ・・だからって、他の誰に頼むというアテもないけれど。
リンはランファンが部屋を出て行くのを見送ると、乳房が目立たないようにサラシでぐるぐる巻きにして、そっと窓から脱出した。
陽が傾いている・・軍指令部に行ったら、仕事を終えたブロッシュあたりに会えるのではないだろうか?
だが、建物の屋根を伝い歩きしていたのが余計に目立ったのか「こーらっ! リンッ! どこに行くんだっ!?」という怒声が飛んで来た。
「助けテ、隠しテ」
リンが血相を変えて、アル達の滞在しているホテルの4階の部屋に、窓から(!)飛び込んできた。出現場所が唐突なのはいつものこととしても、助けてというからには、また人造人間にでも追われているのかと考えたアルは、取り急ぎ自分の鎧の腹を開いて「ここに」と示していた。
「分かってると思うけど、首のところの血印は触らないでね」
「ウンウン、アリガト」
リンがアルの鎧の中の空洞に、うずくまる。その姿が妙に小さく頼りないものに感じたアルは、恐る恐る「リン・・もしかして・・」と切り出す。もしかして今、女の子なの? と続けようとしたところに、兄のエドワードが駆け込んできた。ただし、こちらは扉からだ。ホテルの階段を全力で駆け上がってきたらしく、息をきらしている。
「アルッ! リンがこっちに逃げてきてねーか!?」
「どうして?」
「どうしてって・・ともかく、こっちにリンが来たか、来てねーかだけ、教えてくれりゃいいんだよ!」
「じゃあ、来てない」
「じゃあ、って何だ。その、じゃあ、ってのは!」
「“じゃあって何”って言われてもねぇ・・“じゃあ”は“じゃあ”だよ。あえて何か説明するのなら、間投詞だよ。それはそうと、どうして兄さんがリンを追い回してるの? 鬼ごっこにしては穏やかじゃなさそうだけど」
「俺は、穏やかに済ませてーんだよ」
「済ませるって、何を?」
「何をって・・えっと、それは・・そ、そんなの、子どもが聞くもんじゃねぇ!」
「子どもが聞くものじゃないって何? オトナが聞くような話ってこと? それってもしかして、イヤラシイこと? 兄さん、リンにイヤラシイことを“穏やかに”済ませたいって思ってる訳?」
アルは顔色ひとつ変えず(鋼鉄製の鎧の顔なのだから、当然だ)、口調も飄々としたまま、容赦なく畳みかける。訊かれたエドの方が赤面ものだ。
「ばっ・・なななな・・そんなんじゃねーよっ!」
「じゃあ何? 教えてよ。僕と兄さんとじゃ1歳しか離れてないんだよ。リンだって同い年じゃないか。オトナだ子どもだっていうほどの差は無いよ」
「まぁ・・そりゃあ、そうだけど・・でも、おまえは・・」
「それに、この際はっきり言っておくけど、リンは兄さんの所有物じゃないし。僕だってリンのこと好きなんだから、兄さんの都合だけで、リンにひどいことしないでくれる?」
「ひどいことって・・ひどくなんかしてねーよ」
「それは、兄さんが勝手にそう思ってるだけのことでしょう? そうでなかったら、どうしてリンが逃げたりするの? ひどいことされると思っているから逃げるんでしょう?」
いくら年少者とはいえ、こういう場面では直情型のエドよりも、アルの方が口達者だ。エドは内心、全然納得がいかないのだが、それでも言い返すことができなくなってしまった。ぶすっと黙り込み、ベッドに腰をドッカと下ろす。
「ひどいこと・・だと思われてるのかよ」
「多分ね」
まるで“おまえのベッドテクニックはサイテーだ”と烙印を押されたような気がして傷ついたエドに、アルは容赦なく、さらに傷口に塩を塗るような台詞を投げかけてから、おもむろに立ち上がってドアに向かった。
「おい・・アル、どこに行くんだ?」
「ちょっと、散歩」
「アリガト、助かっタ」
ホテルを出て路地裏に入ると、アルが腹のパーツを外し、中からリンが這い出した。
「ゴメンね、歩いたりしたら、揺れて居心地悪いとは思ったんだけど・・気持ち悪くなったりしなかった? でも、兄さんは部屋から出て行きそうにもないし、そうなると、リンがいつまでも出られないし。鎧の中って通気性悪いから、結構蒸し暑くなるみたいだし・・ねぇ、リンは兄さんから逃げていたんだね」
「ああ、マァ・・ネ」
「兄さんが無理やりするの? リン、イヤなの? そうなんでしょう? ああ、どうして僕に本当の体が無いんだろう・・もし僕に本当の体があったら、僕は、リンがイヤがることはしないよ。できる限り優しくして、いっぱい気持ちよくしてあげるよ。なのに・・ずるいよ」
陽光の下であらためて見ると、リンは確かに少女の肉体になっていた。豊満なバストをしているはずなのだが、本人はそれを忌まわしく思っているらしく、包帯で巻いて、無理やり押しつぶしている。上背があるのだから、すっと背筋を伸ばせばかなり見栄えがするスタイルなのに、警戒する猫のように背を丸めて縮こまっている。
「ああ、僕に本当の体があったら、リンを護ってあげるのに」
アルはそんなリンを見ているうちに、痛々しさを感じてたまらなくなり、思わず鎧の体のままリンを抱きしめた。兄に抱きついたときには「痛えっ! バカぢから出すンじゃねぇ! 自分の材質考えろ!」などとわめき倒されるのだが、リンは一瞬ビクッと身体を硬直させたものの、おとなしくされるがままになっていた。
むしろ、アルの冷たい鉄板の胸の感触が心地良いのか、すり寄って頬を押し付けている。
「それともリンは僕に抱かれたくないの? ねぇ、僕に本当の体がある世界を作ってよ」
唐突なアルの言葉に、リンはハッとして身体を起こそうとする。だが、アルの腕にがっしりと抱え込まれて動けない。アルの鎧の瞳の奥が鈍く光っている。アルの中に居た時には真っ暗で、目の位置に光源なんて無かったはずなのに、どうして外から見ると光っているんだろう? 唐突に、その光が無性に恐ろしく感じられた。
リ ン 、 僕 の 夢 を み て よ
リンは思わず悲鳴をあげていた。
「お館様、大丈夫ですか!?」
揺り起こされて、リンは先ほどの出来事が夢であったことを知る。だが、自分が寝かされている部屋に見覚えがないような気がして、途惑った。優美な曲線を描く木製の梁や、金糸やシルクで華をあしらった重厚な織物壁紙、そしてその壁に飾られている油絵・・一番大きな額は真紅のビロードのカーテンで隠されていた。天井には大きなプロペラがカタカタと鳴りながら、ゆっくり回転している。
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