『おっ、ありがとーな。こーゆーのはさすがに、母上には頼めないもんなぁ』
リンは届いた荷物をニヤニヤしながら広げる。
『・・まったく。国境で手荷物検査されるときに、ハラハラしたよ』
『でも、漢方薬だって言い張ったら、通ったろ?』
『そんなこと言ってると、ホントーに捕まるよ。大体、一度、密入国扱いで捕まったんだって?』
『ま、なんだかんだ言っても出て来れたんだから、いーじゃねーか・・えっと・・麻黄に樹脂に・・あ、五石丹もあるんだな。これは何だ?』
一見、茶葉や木切れや石ころにしか見えないそれらの中に、そのヒョウタンもあった。
『飲んでみたら?』
『・・毒じゃねーだろうなぁ』
『面白いクスリがあったら欲しい、って兄貴、言ってたろ?』
『ふうん?』
リンが何の疑いもなく、そのヒョウタンの封を解いて唇をつけるのを、彼は元々細い目をさらに細めて眺めていた。
「リン、おーい。今日一緒に出かける予定だったの、忘れてたのかよ!」
そう呼ばわりながら宿に押し掛けたエドは、リンの寝室のドアの前で固まっているランファンを目にした。
ぎくしゃくと振り向いたランファンが、震える指でドアの向こうを差しながら「リ・・リン様が・・」と声を絞り出す。
「リンが・・どうしたんだ?」
まさか人造人間にでも襲撃されたのかと緊張しながら、ランファンの肩を抱くようにしてそっと後ろにやり、ごくりと生つばを飲みながら、勢い良くドアのノブを回した。
「・・リンっ!」
両手は胸の前、臨戦体勢だ。だが、その格好のまま、エドも口をポカンと開けて立ち尽くしてしまった。
目の前には、黒髪を長く垂らした男女ふたり・・男の方はリンのようで・・しかし、どこか違和感があった。そして、エドに気付いて「オイコラ、ツッタッてネーで、助けロッ!」と罵ってきたのは、組み敷かれていた女の方だった。
「リン・・?」
「・・説明してもらおうか」
とりあえずリビングのソファに落ち着き、ふんぞり返ったエドがそう言い放つ。ランファンもなんとか落ち着きを取り戻して、皆の分のお茶を煎れてくれた。
「えーと、どっから言ったモンかな・・まず、こいつはレイ・ヤオ。オレのイトコで腹違いの弟に当たル」
トツトツと説明しだしたのは、女の方だった。確かに衣装もリンのいつもの服だ。
ただ、いつも通りに上着の前をはだけていると胸乳が露わになってしまうため、両手で胸を抱くようにして、前をかき合わせている。
「いきなりややこしいな」
「母親同士がフタゴの姉妹なんダヨ。で、どっちもお手がついた訳だけど、オレの母上は正式に側室として迎え入れられて皇子として“認知”されて、レイはそうならなかった、ってワケ・・だから、母方から言えばイトコで、父方から言えば腹違いの弟。同い年だけドネ」
「ふーん・・それでソックリなんだ」
「で、レイに頼んで、オレの個人的な仕送りを持ってきてもらったワケだけど・・その中に、妙なクスリがあってサ。なんて言ったっケ?『おい、なんて言ったっけ、その、例の・・』」
『素女丹』
「ああ、ソレ・・『素女丹』。コイツ、効能言わねーもんだから、つい、飲んじまって・・で、このアリサマ」
「元に戻れるんだろーなぁ」
「これを調合した術師が言うには、一応、効き目が切れたら元に戻る・・らしイヨ。半分ボケてるファーダ爺の言ってたことだから、アテにならんけド。で、さっきのは、レイのヤツ、つい出来心で、なんて抜かしやがっテ・・」
そう言って、レイを小突くと、アメストリスの言葉は分からないらしいレイにも、そのニュアンスは通じたのか、ニヤッを笑ってみせた。
ちなみに素女とは「瑤女」・・つまり、玉のような美女の意。
女体化したリンは、元の面影を残しながらも、柳眉涼やかな麗人っぷりであった。
しかもそれで豊満な乳房が露出してしまったのであれば、レイがついつい押し倒してしまったのもむべなるかな。
ただ、全体の骨格までは変化させられないらしく、身長はそのままで、肩幅なども女性にしてはやや広いように思える。
「・・こんなクスリだって知ってたら、君に飲ませたノニ」
「何企んでるんだ、このスケベ!」
「君が女だったらナーとは思ったことあるケド、まさか自分の方がソーなっちゃうトハネェ・・」
リンがハァとため息をつく。
「ともかく、ほっときゃ治るのか・・驚いたぜ。ランファン、良かったな・・ランファンってば、さっき、すんげーパニックに陥ってたんだぜ?」
「・・ああ、それは済まなかった・・『ランファン? 大丈夫か? 心配かけた』」
「・・それで、どーすんの? 今日は、シン国の言葉で書かれた錬丹術の資料がないかどうか、軍の資料室に一緒に行く約束してたろ?」
「ア、ソーだったネ。出掛けようか・・『レイはもう、帰るんだろ?』」
『そうだな』
「ジャ、着替えてくる。この格好じゃ、さすがにチョット、ナ・・ランファン」
リンはランファンを連れて寝室の方に戻り、着替えを手伝わせているらしい。エドはレイ・ヤオとふたり取り残され・・しかも、お互いに言葉が通じないらしいので、非常に気まずい。
レイは確かに、顔だけはリンにソックリだが、武闘派ではないらしく、心なしかややぽっちゃりめの体型で、表情もリンのような笑顔ではなく、不機嫌そうな険のある顔立ちをしていた。
レイは何か言いたげであったが、着替えに時間がかかるらしいと悟るや、何も言わずにのっそりと部屋を出て行った。
「お待たセ・・ヘンかな? コレで胸、目立たないダロ?」
戻ってきたリンは、乳房をサラシか何かを巻いて押しつぶした上に、たっぷりした黒い長衣を羽織った姿だった。一見、いつものリンのように見える。
心秘かに女装を期待していたエドは多少ガッカリしたが、まあ、確かにこれから指令部に行くのだから、こちらが正解なのだろう。
資料室の鍵を手配してくれたロイ・マスタング大佐は、リンを見て軽く眉をしかめたが、それ以上は何も言わなかった。
そして、リンの異変に気付いた様子もなく・・ただ、内側から鍵はかけるなと言っただけだった。
「あちィ・・」
リンが先に音をあげた。エドのように、本を読み始めると周囲の騒音も空腹も気にならず、時間も忘れるという驚異的な集中力があるわけではないうえに、資料室は夏でも空調がないまま締め切られており、さらにエドが涼しげな黒のタンクトップ姿なのに対して、リンは長衣なのだから、仕方がない。
「こっち見るなヨ。暑いからちょっと脱グ」
返事はなかったが、リンは構わずに背中を向けると長衣を脱いだ。肌着の薄衣一枚になり、その衿をはだけてパタパタと手で仰いで中に風を送る。胸に巻いたサラシの中も、べったりと汗をかいていたので、少しだけ緩めた。仰ぐうちにやがて汗はひいたが、長衣を羽織る気にはとてもなれず、その格好のまま、目の前に積み上げた本をパラパラとめくって、シン国の文字とそうでない書物の分別作業を再開した。
確かにいくつか読める文字があるが、主に外交や交易のための資料のようだ。錬丹術や神仙道について触れた本はない。辛うじて、風俗について書かれた本に「かの国では異教を信仰している」などと、簡単に紹介されている程度だ。
自国文献には錬金術に関する書物や査定レポートが豊富に揃っているだけに不自然な気もするが、これはアメストリス国側の情報収集能力の問題というよりは、シン国の錬丹術師らの秘密主義が原因なのだろう。
「こっちには錬丹術関係の本ネーヨ。次ハ、どれチェックしたらイーンダ?」
返事はない。不審に思って振り向くと、エドがポカンとこっちを見ていた。
「リ・・リン、おまえ・・なんつーカッコしてるんだ・・」
「アン? あ、だってさっき、暑いからちょっと脱グ、って言ったジャン。だから、こっち見るナヨ、ッテ」
「そんなん・・聞こえてなかった・・」
うっすらと肌が透けるほど薄い絹の衣は、ニュアンスで言うならキャミソールのようなものだ。しかも、その衿をはだけさせて、こぼれそうな乳房の上部をのぞかせているのだから、女性経験のない青少年には目に毒に違いない。
リンは相手のリアクションを見て、自分の身体の異変を思い出し、あわてて衿をかき合わせて肌を隠そうとする。
「ア、悪かっタ、今、上着、着るカラ・・」
「いや・・着なくていい・・その・・リン、ちょっと、さ」
エドの声が掠れていた。何度も唾を飲み込んだが、のどがカラカラに乾いている・・リンのしどけない格好に気付いたエドは、何分ぐらいその姿を見つめていたのだろう?
「・・ヤだ、ナニ考えてるンダ? よせヨ、シュミわりーゼ」
「もともと、そーゆー仲じゃん。ちょっとぐらい、な?」
「アノナ、場所考えろヨ、ここ一応、軍の指令部なんダロ?」
「大丈夫だって・・せめて、ちょっと触るだけでもいいから」
エドが足を踏み出す。リンはそれに合わせるように、じりっと後じさった。
確かにふたりは「そーゆー仲」かもしれないが、あくまでリンが男役という前提で、だ。形勢逆転させる気も、この身体で受け入れるつもりも、リンには無かった。
大体「ちょっと触るだけでも」なんて迫られ方はイヤだ。そんなことを言ったところで、本当に「それだけ」で済むなんて思ったら、大間違いだ。
いや、相手の警戒を少しでも解こうとしてそう言っているのかもしれないし、百歩譲って、本当に「それだけでいい」と思っていたとしても、他に何かもっと、女をその気にさせる表現があるだろう・・女性経験のないエドにそれを求めるのは酷だろうし、リンも慣れてない頃は女性に対してそういうアプローチをしていたかもしれないが・・いざ自分が迫られる側に回ると、かえって恐い。
「バカ、大声出すゾ」
「出せば? 身体が女になってるって、公表してみる?」
「レイプされるよりマシ」
「レイプだなんて・・ちょっと触らせて欲しいって言ってるだけじゃんか」
「それがコワイんダヨ! ホラ、落ち着けッテ、ナ? 仕事、仕事・・」
トン、と背中が壁についた。リンの顔が青冷める。さらに横にずれて逃げようとしたとき、エドが追い付いた。鋼鉄の右手を壁について、生身の左手を硬直しているリンの胸元に伸ばすと、弾力のある肉の感触と、その奥の躍るような心音をダイレクトに感じた。
「リン・・なぁ、いいだろ?」
『ラッ・・ランファンッ!』
こういう場面ですぐにランファンに頼ってしまうのは、“男として”ちょっと情けない気もするが、どうせ今は女の身体なんだし、この際、贅沢は言っていられない。
その悲鳴と共に、青竜刀が回転しながら飛んできて、エドの耳元をかすめて壁に、ドッと突き刺さった。
見ると、ランファンが窓をこじあけて、身を乗り出している。相変わらずの神出鬼没ぶり・・というより、司令部の防犯体制を再点検すべきなのかもしれない。
エドが驚いて身を引いたスキに、リンはその青竜刀を両手で壁から引き抜き、エドに向けて正眼に構えた。ただ、女になったことで筋力がやや落ちているのか、その刃先を安定させることが出来ず、刀の重みで腕が細かに震えている。顔色は紙のように白く、噛み締めた唇のみ紅い。
『・・リン様、大丈夫?』
見かねたのか、ランファンが苦無を、エドの背後から首筋にピタリと当てて加勢した。さらに、もう片手でエドの左手首を捉え、背中にねじ上げる。
『ああ、とりあえず、無事・・かな』
『そんなだらしない格好しているからですよ・・だから、くれぐれもお召し物は脱がないようにって、申し上げたのに』
「いてててっ・・ランファン、悪かったって、痛い痛いっ! 放せって!」
『あーあ、もう、サラシまで緩めて・・そんなだから、こんな目に遭うんです』
『だって、すんげー暑かったんだもん』
『暑いぐらい、ガマンなさい』
「ラーンファーン! おい、無視すんなよ、もうしないから、放してくれってばさ!」
「エドワード君! どうしたんだい? 何かあったのかい!?」
しかも、ドンドンと扉を叩く音までし始めた。
どうも、書庫の前をたまたま通りがかったブロッシュ軍曹が、エド達の大声を聞いて、驚いたらしい。しかも、そのブロッシュの声に反応して、ロイ・マスタング大佐まで「なにっ、鋼のに何かあったのか! 何故ドアが開かん! ・・シェスカ! 合鍵持って来い!」などと騒ぎ始めたようで・・リンとランファンが顔を見合わせた。
「・・エドワード君?」
合鍵が見当たらなかったらしく、強引にドアを押し破って書庫に入ってきたブロッシュ軍曹とロイ・マスタング大佐は「人造人間か、傷の男か」と身構えたが、そこにいたのはエドワードひとりだった。ぶすっとした顔で、カビ臭い蔵書をパラパラと繰っては仕分けしている。
「鍵はかけるなと言ったのだがね、鋼の・・ヤツはどうした」
「先に帰った」
「エドワード君、さっき・・ものすごい音がしてたけど、何かあったのかい?」
「別に・・ちょっとケンカしただけ」
あー俺、なんてことしちゃったんだろー・・きっと、ものすんごくサイテーなことしちまったに違いない・・リン、怒っただろうなぁ。でも・・掌に残った感触が、心地よくて、熱い・・ああ、こんなこと考えてるから、サイテーなんだ!
・・などと、青少年らしい懊悩をしている最中なのだが、悪魔を知らない純粋なお節介親切心の持ち主のブロッシュと、そんな青少年の繊細さなど、とうの昔に忘れたスレたオッサンロイのふたりには、この揺れる心など理解できようはずがない。
「ケンカって・・何が原因だい? 謝りに行かなくていいのかい? ・・というか、出入り口はひとつしかないのに、お友達はどこから帰ったっていうんだい?」
「あの男が何かしたのか。セクハラか? なんならまた、密入国容疑で逮捕状とろうか?」
「あーっ! もう・・! ダメだチクショー! 今日は頭に入んねー・・帰る」
「片付けるのかい? 手伝おうか? ここに分けてある本は、他のと混ぜないで置いておいた方がいいんだね?」
「帰るのか。じゃあ、一緒に夕食でもどうかね? 今晩はゆっくり時間がとれそうだぞ、鋼の」
「・・今日はもう、放っといてくれっ!」
そんなエドを、ブロッシュはオロオロと、ロイはニヤニヤと見下ろしていたものだ。
宿に戻る途中、リンとランファンはバッタリとアルフォンスに会った。
誰かに会うことを想定していなかったうえに、暑くて軽く上着の胸元をくつろげていたため、アルフォンスの高い視点からは、襟元からのぞくリンの豊胸がよく見えたわけで・・
「リ・・リンッ!? リンが女になっちゃった!?」
ただでさえ甲高いアルの声が、さらに数オクターブ上ずった。買い出しに行っていたらしい紙袋がドサッと落ちて、牛乳の瓶が派手な音を立てて割れた。周囲の人が思わず振り返るが、アルフォンスはお構いなしだ。
「あ・・ああ、ちょっとヘンなクスリ飲んじまっテ、そのうち、元に戻るカラ・・」
「そ・・そうなんだ。そんなクスリがあるんだ・・嬉しいっ! ボクのためにそこまでしてくれたんだねっ!」
「ハァ?」
そういえば、アルは俺に惚れてたんだっけ・・しかも、多分、俺を女に見立てて。
「ボクは“男相手”ってーのはイマイチ自信なかったんだけど、リンが女になってくれたんだったら、全然オッケーじゃないか! そんなすっごいクスリがあったなんて、なんて素晴らしい! あーどうしてボクは今、生身の身体じゃないんだろ? 身体があったら、今すぐにでも・・でも、ボクが身体を取り戻したら、そのクスリをもう一度、飲んでくれるんだよね!? うわぁ、ドキドキするなぁ。やっぱり、リンってキレイだよね。女になっても・・ていうか、女になったリンって、すっごくイイ。こう、ググッとくるぐらい、ステキだよ。ああ、早く賢者の石を手に入れて、元の身体を取り戻さないと・・すっごくヤル気が出てきたよ! もう、モチベーションばりばり! なんていうの? 暗闇の人生に、希望の火が灯ったって感じ! ありがとうね、リン」
一気にまくしたてられて、リンは一言も反論できずにただ「あ・・はぁ・・」と間抜けな相づちをうつしかない。
「ア・・エート、そういうことナンデ、マァ、また今度・・ジャァ」
「そうお? じゃあねぇ! バイバイ、リン、愛してるっ!」
ウッキウキで手を振るアルフォンスに、リンは苦笑しながら手を振り返す。さすがのランファンも、この場は失笑するしかなかった。
『・・リン様、あちこちコナかけて回るから、こーゆーことになるんですよ?』
『俺、アルフォンスまで口説いた覚えはないんだけどなぁ・・』
『・・どーだか』
「セントラル中のオンナが泣いて喜ぶ」というほど貴重な(?)ロイのディナーの誘いを断わって、エドはリンの宿に押し掛けた。
・・さっき、場所考えろって言ってた。場所変えたらオッケーってこと・・だよな?
「よくもマァ、ノコノコと・・」
出迎えたランファンは目尻を吊り上げたが、リンは「アイヤー」と呟いただけだった。
胸がはだける着物ではなく、すっぽりかぶるタイプの方が良かろうと、上半身にはランファンの黒装束を借りて着ていた。ランファンにはダボダボの黒装束も、リンが着ると身体のサイズが違うためにバストがきつそうなうえに、裾丈もちらっとへそ出し状態になっているのだが、さっきのキャミソール姿よりはよっぽどマシだった。
「サッキの続キ?」
「だって、こーいう機会って、滅多にないんだぜ? それに・・リンだって前に、房中術すんのに、どっちかが女だったらなーって言ってたろーが!」
「まぁ、ナ」
リンは苦笑しながら、とりあえずソファに座るよう促した。ランファンは露骨にイヤな顔をしながら、それでもお茶を煎れに行く。
事情があって、エドに房中術の手ほどきをしてやっているのだが、確かに、男同士よりも、男女で行った方がスムーズなのは間違いない。気の流れから言っても、自然の摂理から言っても、理に叶っている。
リンはふと、自身の初体験の相手となった、房中術の講師の姿を思い出していた。少年のような細身でしなやかな肢体に、シン国では珍しい亜麻色の髪・・あのババー、元気かな。
好きとかそういう感情はなく、経典や法律の講義も担当していたから、むしろ口うるさくてうっとおしく思っていたものだが・・「初体験はババーじゃなくて好きな女の子が良かった」などと当てつけがましく言ってやるたびに、困ったような、寂しそうな表情をしていたっけ。
多芸多才で機転がきいて、皇帝にもこよなく寵愛されていた愛妾だったが、子供を産めない身体なのが判明して、後宮をお役御免になったと聞いている。
・・うん。初体験ってのは大切なモンだよな。
「君の“童貞”を、どこの馬の骨とも知れないオンナなんかにくれてやるぐらいなら、オレがもらってヤルっていうのも、悪くないナ」
『・・リン様、およしになった方が良くありません? フツーの状態じゃなくて、クスリで変化したお身体なんですから・・そんな悪戯をして、何かあったらどうするんですか?』
カップをリンとエドの前に置きながら、ランファンが割り込む。こういう会話にランファンが口出しをすることは滅多にないのだが、それだけ心配なのだろう。
『多分・・大丈夫・・だろう。何かあったら呼ぶよ』
「ランファン、なんて言ってたんだ?」
「なんでもネーヨ・・さて、房中術の実技だけド・・その前にメシぐらい喰わせろヨ。あと、汗かいてるから、シャワーも浴びタイ」
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