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『篭の鳥』続編・夜明けの晩に


■第2章


ゆるやかに揺さぶられ、あられもなく啼きながら、高みへと押し上げられていく。
いつもならやかましいぐらいの胎内の声も、身体を引き裂かんばかりの大音量で轟くふたつめの心音も聞こえない。それどころか、腹の底で燻り続ける、黒い炎も感じず、かといって、冷たさを感じる訳でもなく・・むしろ、ほんのりと温かく包まれている。

聞こえないっていうのは多分・・これは夢なんだろうなと、ぼんやりと考えていた。
なにげなくひょいと抱き起こされた。膝に乗せられ、その首に腕を回して抱きついた状態で、全身の重みを男の体に委ねてしまう。
現実では絶対あり得ないその体勢で、髪を、背を、撫でられる・・まぁ、たまにはいいじゃん。夢の中でぐらい、こういうのも。


夢なら・・どうせ醒める夢なら。

「なぁ、糸目の・・名前で呼んでみて、イイ?」

「何ヲ今さら・・イイに決まってンジャン」

前髪をかきあげられ、額にキスされる。顔を見ながら名を呼ぶのが照れくさくて、そのまま胸元に顔を埋めた。

「なぁ・・重たくない?」

夢の中なんだから大丈夫だと、分かっていながらもついつい尋ねてしまうのは、相当気にしているからだろう。

「・・全然? だってオマエ、チビっこいシ」

「チビっこいって・・ひどいなぁ・・リ・・ン?」

「ン・・好きだよ・・エドワード・・」







えっ・・エドォ・・!?
どくん・・と、胸が内側から叩かれるような衝撃を受け、エンヴィーは汗だくで跳ね起きた。







まるで夢の続きのように、鼓動が・・“ひとつしか”聞こえない。悲鳴をあげようにも声がでなかった。
息苦しくて、左胸に片腕を突っ込む。指は皮膚を突き抜けて、筋肉を掻き分け・・本来、絶え間なく動いているはずの、こぶし大の内臓を掴んでいた。その感触が石のように硬く、冷たいことに慌てる。

うわ、ばか・・悠長に止まってんじゃねーよ、こら心臓!

呼吸をしようにも、口がぱくぱく動くだけで、空気が喉に入っていかない。やばいやばいやばいやばいやばい・・落ち着け、落ち着け・・とりあえず意識はある。まだ意識はあるんだから・・うずくまって回復するのを待つ。



なんだよ・・なんて夢見たんだよ・・あんなん・・どーしてあのタイミングで、ドチビの名前なんか・・冗談じゃねぇ!



怒りをかき立てるようにして、途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止めているうちに、徐々に石の周辺から身体が温まっていき、心臓も次第に軟らかさを取り戻していく。指先で軽く押してやると、ようやく内壁に貯まっていた血が流れ始めた。自律的に脈動し始めたのを確認して胸から手を引き抜く頃には、肺も動き始めたらしく、激しく咳き込んでしまう。気管か肺の内部に血が詰まっていたのか、床に唾液混じりの血糊を吐き出す。

「うへぇ・・死ぬかと思ったァ・・」

「ホントだねぇ・・ご苦労さん」

呼び掛けられ、ぎょっとして見上げると、いかにも楽しげな微笑を浮かべたプライドが、寝台にうずくまって肩で息をしているエンヴィーを見下ろしていた。

「エンヴィーが死んじゃうって、グラトニーが大騒ぎして呼ぶから来てみたら、実に面白いものが見れたよ」

「て・・てめぇ、面白がってねーで、助けろよな」

「いやね、非常に興味深くて。つまりさ・・“嫉妬”が嫉妬に狂わなくなってしまったら、死んじゃうんだなーって」

「はぁ?」

「なーんか、よっぽど、幸せな夢見てたみたいだよ? 気に入ったやつにでも抱かれてた? 自分が異形の怪物であることを忘れて“人間”にでもなってた気分だったんじゃない? 確かにその間、石が発動を停めていてね」

賢者の石が、発動を停めていた?
それだったら、夢の中で鼓動がひとつしか聞こえなかった理由も、胎内の連中の存在をまったく感じなかった理由も、なんとなく理解できる。そして唯一、心臓だけが動いていて・・でも、石のサポートなしでは動き続けることができなくなって?

「そのまま死ねるのかどうか、看取ってあげるつもりだったんだけど、さすが不死身のホムンクルス。なんとか生還したね。おめでとう」

「めっ・・めでてぇのは、てめえの頭だ、畜生・・脳天気ヤローめ」

罵られても一向に堪えた様子がなく、プライドがにっこり笑って、エンヴィーの傍らに腰を下ろす。寝台がギッと低く軋み、エンヴィーは本能的に後ずさりして、プライドが差しのべた手から逃れようとした。

「なに怯えてるんだい?」

プライドは相変わらず笑みを浮かべたまま、おっとりと言うとエンヴィーの右手首を掴んだ。まだ、先ほど胸に突っ込んだ時についた血で、べっとりと汚れている。その手を強引に引き寄せる。エンヴィーのウエイトから察するに、それは信じ難いほどの力が加えられての行為なのだが、傍目にはあくまでも優美なしぐさだった。

「つまりあんたは、これから先、生きてる限りずっと・・いや、生きるために、嫉妬に狂い続けないといけないらしいってこと」

「よせ、気色悪い・・触んなって!」

「哀れだと思って、情けをかけてやろうっていうんだよ、一応ね」

プライドが舌を閃かせて、エンヴィーの指をちらりと舐める。ぞくりと肌が粟立ったが、喉が押しつぶされたように、悲鳴をあげることはできなかった。






・・目覚め最悪。

エンヴィーは、昨夜のことがどうにも思い出せなかった。グラトニーがしきりに「エンヴィー死んじゃったら、おれ、さみしくなる」と繰り返しているのが、うっとおしい。

「ぶぁああか。俺らホムンクルスが死ぬわきゃねーだろ?」

「だって、ラストもグリードも死んじゃったよ」

「だからって、俺まで殺すな、ぼけ」

だが、確かに何かあったらしく、寝台やその周辺には血痕が残っていた。そして、曖昧な夢の記憶・・そして、右手首には、身に覚えのないアザがあった。

「昨日はごちそうさまでした」

「はぁ?」

プライドまで意味不明なことを口走る。いや、こいつが理解不能なのは、いつものことだけれども。

「ああ、そういえば、面白い話を仕入れましたよ。あの鋼の錬金術師と焔の錬金術師って、恋仲だそうで」

「はぁ? 糸目の・・じゃないの?」

あのド腐れドチビ、ホントーに腐ってやがるな。

「ええ、あなたがあまりに可哀相なんで、ちょっと色々調べてあげたんです」

「可哀相ってなんだよ、可哀相って。訳わかんねーよ。それと俺にどーいう関係があるんだ?」

だが、プライドはそれ以上説明することもなく、鈴を転がすような声で笑って去っていった。なんなんだ一体・・いや、訳の分からないことには関わらないでおこう。障らぬ神に・・ってやつだ。

だが、明日の晩の決行まで・・ちょっと余裕があることも確かで。
もういっぺん、現場を下見して、ロープか何か要るもんあったら用意して・・ついでに、ちょっとあいつらの周辺を探ってみるってのも、一興・・かな?





アルフォンスから「明日の晩、デートでもしないか」というリンからの伝言を受け取って、エドは文字通りに小躍りして喜んだ。

「良かったぁ・・あれからリン、俺んこと避けてるみたいだったから、嫌われたかと思ってたぁ!」

「いっそ、ずっと嫌われてた方が良かったのに。リンは、僕が幸せにしてあげるよ?」

アルがちょっと面白くなさそうに言うが、兄はそんな憎まれ口は聞こえない様子で、無邪気に万歳三唱している。

「・・大体、兄さん、今日は大佐と食事なんでしょ? そのくせ明日はリンとデートなんて、フケツだよ」

「なぁに言ってるんだ。今日大佐と会うのはさ、どーやったら仲直りできるかって、アメストリス国一の女ったらしヤローにその仲直りテクのトークを学ぶ予定だったんだからさ」

「あーそーですか。トークがひつよーなくなって、よかったですねーじゃーきょおのディナーはちゅうしですかぁ?」

「なに凄まじい棒読み発言してんだよ・・いや、約束してっから、行くことは行くよ。せっかくのタダメシだしな」

「はぁーつみつくりですねーもてるおとこはちがいますねーおとこにばっか、もててるみたいですけどー」

「・・やな言い方すんな」

「とまってきても、べーつにこれっぽっちもしんぱいしませんから、どーぞ、ごゆっくりー」

大佐とはもう、そんなんじゃねーよ・・そう弁明したかったが、アルはそれ以上、その話を展開する気はないらしく、背中を向けると本を広げ始めた。錬金術の本か、はたまたシン国語でも勉強しているのかと思って覗き込むと、大きな身体いっぱいで庇って「のぞかないでよ! えっち!」と喚く。

アルの手には『モテ男になるための恋の錬金術★知的な男性を演出する、ちょいインテリジェンス、ちょいテリ!』などと表紙にデカデカと書かれた雑誌が握られていて・・エドは我が弟も恋する年頃なんだなーと妙な感心をしながら、その肩をポンと叩いたものだ。




11区って、また妙なデートスポットだなぁ・・とエドは呆れながら、リンと手を繋いで歩いていた。気付かれないように、そっと口を覆って生あくびをかみ殺す。
ディナーを奢ったマスタング大佐はエドに“食い逃げ”をさせる気は毛頭無く、食べ終わってからメシの対価を支払えだの、金なら払うだの、金じゃなくカラダで払えだの、できるかタコだのと派手な罵りあいになり、レストラン前の大通りに人だかりができたために、強引に手を引かれてその場を離れ・・結局、大佐の自宅に引き込まれて、朝まで押し問答をしていたという訳だ。
しまいには、朝食の差し入れにきたホークアイ中尉にエドが泣きつき、中尉が「まーだ性懲りもなく、年端もいかない男の子を追い回してたんですか!」と鋼鉄の粛正を食らわせたものだ。

眠くて多少、注意力が散漫になっていたのか、ひとけが妙に少ないのも「堂々と手繋いで歩けるから、いっか」ぐらいにしか思っておらず。

「・・でサ、この教会だけど・・面白いモンあってサ・・見ル?」などと誘い込まれても、何の疑いもなく、ノコノコとついていってしまった。

「ああ、この像?・・イシュバールのもんでもないし・・確かにちょっと珍しいね。シェスカが見たら、何か心当たりありそうだけど・・俺、神学系はあんまり勉強してないんだよねぇ。蛇の尾と翼のある女神像・・って、多分、東方系だと思うんだけど・・違うかな?」

そうつぶやきながら、像に近寄って手を差し伸べる・・いつの間にか、リンが離れていたことに気付かなかった。

「古代文字が刻んであるや・・クセルクセスの消えた・・えっと・・なんて読むんだっけ」

その途端、背後から力一杯、突き飛ばされた。

「いてぇっ! 何すんだ、リンッ!」

「はぁーい。お久しぶりぃ、鋼のおちびちゃん?」

起き上がろうとする前に、凄まじい重量で押さえ込まれてしまう。ニヤッとしながら見下ろしているのは、エンヴィーだった。

「えっ? エンヴィー? 何? なんだよ? 何のつもりだよ!? おい、リンッ、助けろって!」

「ごめんねー今日はこーいう企画なんだよねー」

「なっ・・き・・企画ぅ!?」

「俺と糸目のと、ふたりに怨まれる身に覚え、あるでしょ?」

「身に覚えって・・まさか、でも、だって結局、脱出できたじゃんかよ!」

「それはそれ、これはこれ」

服を引き裂かれて、エドはようやくその“企画意図”を察した。

「大丈夫、潰さないように体位は工夫してやっから」

青ざめたエドに、エンヴィーがわざと猫なで声で囁いたものだ。







「ごめん、ごめん、リン、だから・・もう、許して」

泣けば許されるというものではないが、どうにもエドにだけは、泣かれると弱い。
これがリンの“単独犯行”であったなら、とうに折れて「ンー、もうゼンゼン気にしてないよォ、こっちこそ、ヒドイことしてゴメンネー」などと言いながら、ラブラブモードに突入してしまっていたことだろう。
そうでなくても・・代わる代わる犯されたエドの身体は、ボロボロでリンのヤる気を挫いてしまう。

「ぜってー許せねーって。なぁ、糸目の?」

「アン? ああ・・ソ・・だナ」

「リン・・ごめん・・ってぇ・・ねぇ」

その甘えた声が、余計にエンヴィーの神経を逆撫でする。エドの髪を掴んで引っ張り、リンから引き離した。

「こら、ド腐れ! てめぇ、俺には謝罪ねーの?」

「あ、うん、エンヴィーもごめん」

「“エンヴィーも”ってなんだよ、“も”って・・あぁ?」

「オイ、エンヴィー・・その、やり過ぎじゃネーカナァ?」

「そーやって甘やかすから、こいつ、つけ上がるんじゃねーか!」

「でもサ、アンマリひどいコトすっと、俺、嫌われソーダシ」

「何を今さら・・嫌われとけよ。こんなやつ」

なおもリンの服の端にすがるように、エドが指を絡めているのに気付いたエンヴィーが、その手首を掴んで、無理矢理に引き剥がす。
エドがビービー泣いているのが、どうにもうっとおしかった。二度と糸目のとこんなことができないぐらい、壊してやりたい・・そういう凶暴な衝動に駆られ、膝が萎えて四つん這いの姿勢をとるのさえつらそうなエドの腰を抱えて、突き上げ続ける。

毒気を抜かれたように、座り込んでいるリンの視線が、むしろエドを案じている様子なのが、エンヴィーを苛つかせた。そんなに・・このチビがいいのかよ?

「リン・・ごめんって、ねぇ。だからもう・・やだ・・痛い・・痛いよぉ」

「ぐちゃぐちゃうっせーんだよ、このチビが!」

後ろからまわした手で口を塞ぎ、指を噛ませる。くぐもった声が響き、切れた唇から垂れる血と唾液が混ざった、熱い液体が指を伝って床に落ちた。

「そろそろ・・勘弁シテやんネェ? ちょっと、ヤバそーだヨ」

たまりかねたのか、リンがそう声をかけてきた。確かにエドが妙におとなしくなった気がして、エンヴィーはエドの身体を貫いたまま、細いウエストを掴んで、その身体をひっくり返した。繋がっている内部の粘膜がその勢いで裂けたのか、エドが悲鳴をあげる。それまでは・・どうも痛みのあまり失神していたらしかった。

「あ、大丈夫、起きた起きた」

「・・そーいウ問題カヨ?」

やれやれ、といった感じで、リンが立ち上がり、側に歩み寄る。エドが腕を伸ばして、そのリンのズボンの裾を掴んだ。

「ああ、もういいヨ、エド、俺のンは、シてくんなくテいいカラ」

エドの頭の側に胡座をかいたリンは、苦笑しながらエドの上半身を、自分の膝の上に載せてやる。

「糸目の、アンタ、もーいいの?」

「3Pって、思ったヨリ難しいのナ。オンナ何人か相手にスんのは平気ナンだケド、男ふたりって初めてダシ・・あ、エドも男カ」

「勃たねーの? おちびちゃんにしゃぶってもらったら?」

「いやァ、俺、もうギブ。オマエがイッたら終わりにしヨーゼ? これ以上ハ、エドもカラダ保タネーヨ」

「お優しいこって・・」

好きな男の膝の上で、他の男に犯される気分ってーのがどんなんか、是非聞いてみたいもんだな・・エドの右足を肩に担ぎあげて、より奥へねじ込んでやった。エドが歯を食いしばりながら、リンの手を掴んで、指を握りしめる。リンがその手をキュッと握り返してやるのが、偶然視界に入ってしまい、エンヴィーが軽く舌打ちした。

「ねぇ、イきたいんだけど・・糸目の、手伝ってくれる?」

「ハァ? まァた、そんなヤヤコシーことヲ・・」

「そうややこしくもねーよ」

リンの手からエドを強引に引き剥がし、自分の衿元に押し付ける。冷たい指の感触にゾクゾクッとし、それがエンヴィーの陽根にまで伝わったのか、エドが小さく悲鳴をあげて身じろぎした。

「だって、ほら。俺を感じさせて、早くイかさねーと・・おちびちゃんが完全に壊れちゃうよ?」

「・・このド淫乱」

だが、苦しげに眉を寄せたエドの顔色が悪くなっているのを見下ろして、思いきったようにエンヴィーの肌に指を滑らせ始める。
首を伝い昇り、耳たぶをくすぐり・・顎のラインをなぞって、唇に触れる。なにげない動きだったが、指先に“気”の力を込めているのだろうか、それともこちらが意識し過ぎているせいだろうか、指が触れた痕がチリチリと熱く感じられ、頭の芯を甘く痺れさせた。
唇を重ねたくて顎を差し出すようにしたが、そのまま手は一度ふわりと離れ、今度は胸の辺りに舞い降りる。丈の短いシャツがたくしあげられ、平たい胸が露わになった。その先端を軽くつままれる。

「ひっ・・!」

「コラコラ、脱力すンナ・・エドが潰れル」

「やっ・・やめんじゃねぇ」

感電したようにガクガクと震えながら、徐々に登り詰めていく。

「ね・・キスして」

「注文ガ多いナァ、モウ・・」

文句を言いながらも、リンが上体を傾けた。その唇を貪り舌を絡めながら、めまいがするほどの息苦しさに喘ぐ。胎内で、限界まで何かが膨れ上がっているような錯覚がしていた。それは、出口を捜して、エンヴィーの胎内を焦がしながら全身を駆け巡る。

「やだ、リン・・エンヴィーとそんな・・お願い、そんなん、やめてくれっ!」

「あれ、最初に糸目のと俺とでヤれって言ったの、誰だっけ?」

「だからって・・そんな・・やめろってば!」

嫌が応でもそれを間近で見せつけられるエドが断末魔のような悲鳴をあげ・・その絶叫が、エンヴィーをますます昂らせる。やがて長く尾をひく悲鳴が途切れた頃・・三人とも動きを止めていた。





「エドォ・・生きてっカ?」

長い沈黙を破ったのは、リンだった。下半身の痛みに啜り泣いているエドを胸に抱き取り、赤子にするように軽く背を叩いてやる。

「いっ・・痛ぇよぉ・・叩くな、ケツに響く・・」

「悪ィ悪ィ。でも痛いのは、生きてる証拠ダ。良かったナァ。ヨシヨシ」

「良くねーよ! 馬鹿リン! いくら怒ってたからって、ひでぇよ、あんまりだよ」

エドがポカポカとリンの胸を叩く。
エンヴィーはまだ軽い酸欠状態で、壁に背をもたれさせながら、ぼんやりとそれを眺めていた。

「ゴメンナー・・ちょっとコラしめテやろート思っテ、調子ニ乗っちまっテサ。怖かっタ?」

「少し・・でも、リンがいたから、大丈夫だったよ、俺」

「カワイーコト言ってくレちゃっテ、マー・・」

膝に乗って、その首に腕を回して抱きついたエドが、リンの胸に顔を埋める。リンがその黄金色の前髪をかきあげて、額にキスしてやる。




「なぁ・・重たくない?」

そう囁いたのは、エドだった。エンヴィーがアレッと思う。その台詞、どっかで以前、聞いたような?

「・・全然? だってオマエ、チビっこいシ」

「チビっこいって・・ひどいなぁ・・リ・・ン?」

「ン・・好きだよ・・エドワード・・」




全身の血が逆流するかと思った。
石の鼓動が、エンヴィーの聴覚いっぱいに響き、込み上げる憎悪で吐き気がした。おちびちゃんも懲りただろうし、これで許してやろう・・なんて思っていたのも、一気に吹き飛んでしまった。
この俺を、てめーらのセックスの刺激剤にしたのかよ?

エドが一瞬、こちらをちらりと見たような気がした。

リンの首に腕を回し、口許にほんのりと笑みを浮かべて。どこか・・勝ち誇るような、蔑むような視線・・いや、それはエンヴィーの目の錯覚だったかもしれないし、被害妄想だったかもしれない。だが、エンヴィーの自制心を吹き飛ばすには十分だった。




「おい、糸目のっ!」

「あン?」

エドを抱き上げて、ずらかるつもりだったらしいリンは、唐突に呼び掛けられて、不審げな顔をする。その胸倉を掴むように迫って、片手でエドを押し退けた。

「ちょっ・・こら、エンヴィー!」

エドが喚くのを、腕を触手状にして一気に全身簀巻きにし、切り離して転がしておく。

「オ、オイオイ、なにスンだヨ、オマエ・・」

「コケにしやがって、畜生!」

「オッ・・落ち着ケ、グルジィ・・」

思わず両手でシャツの衿を締め上げていたらしい。さすがに一瞬、ハッとして手を緩める。
身を折って軽く咳き込みながら、リンがチラリと見上げるようにして、エンヴィーを睨み付けた。その切り裂くような視線の底にあるのは敵意だ。一瞬、その黒い意志が胸に突き刺さったが、だからといって、そのまま放して帰すつもりはさらさらなかった。
今を逃せば・・これから先、二度とこんな機会は多分、ない。何カ月、何年・・いや、何十年か後に、彼が死んでから先も・・何百年、何千年経とうと。

「つまりその・・アンタだって・・同じだぜ? このままおちびちゃん連れ帰って、めでたしめでたしなんて、あると思ってるの?」

「・・ドーイウ意味ダヨ?」

「たとえばさ・・このまま帰って、あいつが、あの・・焔の錬金術師んとこ泣きつきに行かないって保証、ある?」

「エッ・・ナゼそれを・・」

「昨日だって、焔のと食事して、泊まってたよ?」

「・・昨日?」

「そ。つい昨日・・アンタ、それで自分を誤魔化そうってんで、代わりにあのおちびちゃんに良く似た女を抱いてるわけだ。でも、その女だって商売オンナなんだろ? アンタひとりのもんじゃなくて、次の日には別の男に抱かれてるわけで・・」

「・・よセ」

「そんな怖い顔しないでよ、慰めてあげようっていうのにさ。ねぇ、あのおちびちゃんに見せつけてやりなよ。どんだけアンタが焦がれて苦しんでたか・・同じ想いをさせて、思い知らせてやりたいと思わないか?」

エンヴィーの口角が吊り上がり、あどけなさすらうかがえる顔容に、妖艶な笑みを作ってみせる。こうしてあらためて見ると、エンヴィーは男とも女ともつかない曖昧な顔立ちをしていた。体にフィットする服を着ているために、ほどよく筋肉のついたシルエットが露わになっているが、これが肢体のラインが曖昧になるようなゆとりのある服を着ていたら、本当に見分けがつかなくなるだろう。

「そんなコト言っテ・・単に、俺とヤりたいダケジャねーノ? さっきだっテ・・何だかんダ言って、オマエ俺のコト、好きなんダロ? ソーイヤァ、オマエ前かラ、俺にばっかりムキになって、突っかかってきてタシさァ・・」

リンとしては、相手の気を削ぐつもりでそう言ったのだろうが、エンヴィーは泣き笑いのような表情を浮かべただけで、すがりつく手を離そうとはしなかった。むしろ強引に引き寄せて、奪うようにキスをする。

「も・・いい。それでもいいから、つべこべ言わずに、抱けったら」





壁にもたれるようにして、辛うじて立っていた状態のエンヴィーの身体が、唇を重ねるうちに脱力してずるずると床に崩れていき、リンの身体がそれを追うように覆いかぶさっていく。

「リンッ・・リン、やめろよ、何考えてんだよ、おい、リンッ!」

エドの叫ぶ声が悲鳴に近づいていった。そのあまりに悲痛な響きに、リンの表情が一瞬曇る。

「いいじゃねぇか、見せつけてやるんだろ?」

思わずエドの元へ戻ろうとしかけたリンの頬に、そっと指を触れさせて、顔を自分の方へ向けさせながら、エンヴィーがささやいていた。

「アンタだって、今まで散々見せつけられて来てたんだろ? この姿じゃ欲情できない? これだったらどう?」

見る見る間に、エンヴィーの髪が柔らかそうな金髪になり、緑がかった灰色の瞳とふっくらした愛くるしい唇から白い歯をのぞかせた、少女の姿に変わっていく。服まで・・透けそうな薄い桃色のブラウスに、ふわふわしたフレアのスカートに作り変えてみせた。

「・・エディ・・?」

「ふーん・・この女、エディって言うんだ・・ね、この姿だったら抱けるでしょう? バスト・・このぐらいで良いの?」

リンの手をとって、作り上げた胸を触らせる。前回と違って、掌にすっぽり収まるサイズの乳房は、形良くツンと上を向き、ほどよい弾力で男の指を迎え入れた。
だが、まくれあがったスカートからのぞく白い左の太腿には、あのウロボロスの印がくっきりと刻まれている・・消すこともできるはずなのだが、エンヴィーはわざとそれを残したままにしていた。

(・・姿はあの女でも・・あの女だと思われながら抱かれるのであっても・・アンタが抱いているのは、この俺だ・・)

それは、エンヴィー自身の意地でもあり、また、エドに対する牽制でもある。
リンの手首を掴み、スカートの内側にそっと導いてやる。リンの長い指に触れられ、エンヴィーの肌がざわりとした。鳥肌がたつというよりは・・期待に全身の細胞が沸き立つ感触。

「リン、だまされるな!」

「ウルッセェ! エド、てめぇダッテ・・!」




・・かかった。




ふたりの姿を見せつけられてこみ上げる、エドの嫉妬。
エドとロイが恋仲だということに対する、リンの嫉妬。
そして、互いの嫉妬の激しさの分だけ、深く想いあっているのかと思い知らされて感じる、エンヴィー自身の嫉妬。

エンヴィーの体の奥深くで脈動する石が、それらのエネルギーを吸って胎動を強めた。そう、その黒い炎こそ、おまえの生命の糧なのだから。

「さぁ・・ヤろうぜ」

エンヴィーがそう囁いて、は虫類のように長く舌を伸ばし、リンの耳朶をくすぐった。




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初出:2005年11月23日
誤字訂正同月24日

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