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ガラクタの恋★秋扇編/上

昔々のこと。東の国の王が、西方に旅に出た。
王は、崑崙山で西王母にまみえ、瑶池のほとりで宴を開いた。
西王母は美しい仙女で、青い鳥を供に従え、不老不死を司る。
王は楽んで、帰るのを忘れるほどであったという。

・・それは、他愛もないおとぎ話であったが、カビ臭い古書をめくるたびに、どこかエドの心に引っかかった。

アメストリスでは、錬金術は東方からもたらされたと伝えられ、東の国では、錬丹術は西の賢者の伝説がある・・そういえば、いつだったか地母神祭をリンとふたりで見に行った時、リンは山車を見て、こんなところで崑崙山を見るなんてなどと、独り言を言っていたっけ。

記憶力に長けたエドが、シン国の“絵文字”を暗記するのは容易かった。膨大な数を覚えなければいけないのは確かだが、辞書と首っ引きになれば、なんとか読める。

「発音は・・本じゃ分からないよなぁ・・誰か、シン国の言葉が話せる人が居れば良いんだけど」

「アルフォンスさんも勉強しているんなら、ご一緒にされたらどうなんですか?」

それは確かに正論であるが、エドは「恋心のため」にシン国語を学んでいるわけではない。そんな不純な(?)動機のアルと机を並べるわけにはいかない。大体、アルの方が先に勉強しているということは、エドが教えてもらう立場になるわけで・・そんな屈辱、兄としてのプライドが許さない。

「あ、そうだ。エドワードさんがしょっちゅう通っているオープンカフェのマスターが、話せませんでしたッけ? 確か“セントラルのエスニックレストラン100選”に昔、掲載されてた店に居たはずですよ。で、そのお店が潰れちゃって、今のカフェになっている筈ですから・・」

一度目を通した書物のことは忘れないシェスカの記憶力には、毎度の事ながら驚かされる。

「俺がしょっちゅう行ってるカフェって・・グラマーなウェイトレスのねーちゃんのいる?」

「そうそう」

カフェのマスターは「シン国のコックと一緒に居たのは何年も前で、以来とんと使わなかったからな。俺もすっかり忘れてしまったよ」と頭を掻きながら、そのコックのエヴェンキを紹介してくれた。エヴェンキはまだ両国間に鉄道が通っていた頃にシン国から移住してきた父と、アメストリス人の母を持つ二世で、シン国に行ったことはないが、言葉だけは父に教えられたという。
エドはそんなエヴェンキのところに押し掛け、ロイに浮気かと疑われながらも、泊まり込み状態で猛勉強したものだ。

「シン国のお友達がいるなら、そっちに頼めば良いのに」

「あいつに頼むのはイヤなんです」

「なんだ、恋人なのか?」

エヴェンキは、黒猫のような目を細めて笑った。アルよりちょっと下ぐらいの娘がいるとは、とても思えない、しなやかなで小柄な体格。リンも大人になったらこんな感じなのだろうか? と想像すると、思わずドキッとしてしまう。

「じゃあ、テキストは恋愛ものの戯曲なんかどう? その方が実践的だろう?」

「・・いっ、いりません!」

エドが真っ赤になりながら必死で否定するのを見て、エヴェンキとマスターが弾けるように爆笑したものだ。




『・・なーんでこんなヤツ、好きになっちゃんたんだろ・・』



だからと言って、そんなに短時間にすべてが聞き取れるようになったわけではない。ただ、ニュアンスと切れ切れの単語が、意味としてエドの中に飛び込んできた・・そんな感じだ。

『ギャーギャーうるさいし、暴力的だし、ひねくれてるし、物分かり悪いし、わがままだし、第一男だし・・チビだし』

「・・『チビ』言うなーっ!」

思わずエドが叫び、リンがあっけにとられた。

「・・君、今のヒトリゴト、もしかしテ・・分かってタ?」

「俺のこと、チビって言ったろ」

「その前は?」

「その前・・? ・・なんか悪口言ってたろ」

「・・それだけ? アーソウ、分かったノハ、それだけだネ」

ホッとして胸を撫で下ろすのも束の間、エドがニヤッと笑って「・・んで、俺のこと、好きになっちゃった・・んだって?」と聞く。リンが首まで真っ赤になってしまった。

「ナっなななな・・・ナっ・・ナんデっ、いつの間二ッ!」

「ヘヘッ・・・」

「喋れるワケ?」

「うまくないけど、聞くだけなら、なんとなく。読むのも、読むっつーよりテキスト片手に暗号解読状態だけど、なんとか」

「・・マイッタ。一本取られたナ」

・・忘れていた。こいつ、物分かりは悪いけど、オツムはめちゃくちゃいいんだっけ・・何せ、幼くして国家錬金術師になったぐらいだ。

「チビなんて言われなかったら、もっとずっと、内緒にしておくつもりだったのに」

「ハハハ・・」

うまく話題がそれたと思っていたら、なおもネチっこく「でさー俺のこと、好きってホント?」と聞いてくる。

「ソレハ・・ウソ」

「なんで、独り言でウソつかなきゃいけねーんだよ!」

「ウソでイーンダヨ・・ウソっつーコトにしとケ。そんなもン・・どーせ・・」

どーせ、の先は飲み込む。エドも色々思い当たるらしく、冷水でも浴びせられたような白けた顔になってしまった。
リンはその表情を見て「ヤバッ」と思い、へらっと笑顔を作って「ナンダー? ホントの方がヨカッタカ? ジャーホントってコトにしといてヤル。“ダイスキ、アイシテル”・・ナ? その方がイイっつーンナラ、ソーしといてヤルカラ、そんなシケた顔すんナ」と、明るく言い、エドの背中をバンと叩く。エドはイラッとして頭をかいた。

「なんだかムカつくなー・・それって、俺のこと、すんげーバカにしてない?」

「バカになんかしてナイヨー。愛してるって言ってホシーって、君が言うから、そう言ってあげタノニ」

「本音はどーなんだよ、本音は。それを聞きてーの」

「聞いてドースンノ? ホントーにスキって言われたら、大佐と別れて乗り換えてくれルっつーノ? ンデ、この国捨てて、シン国にまで来てくれル?」

「それは・・」

「・・ホラ、できないデショ? それとも、聞きたいっつーノハ、単なる興味ホンイ?」

リンの顔には、あくまでも薄笑いが貼り付いたままだ。
興味本位ね・・エドは自分の本心が、限りなくそれに近いことを認めざるを得なかった。でも、それをそうと素直に認める訳にもいかない。

「あのさ、さっきさ・・ちょっと嬉しかったんだ。俺、リンに嫌われたと思ってたからさ、好きって言ってもらって・・だから」

「・・アホラシ。君ハ大佐がいるんだから、オレなんてドーデモいいデショ・・モ、帰るネ」

口角は笑みの形に吊り上がったまま、目の奥だけは笑っていない・・フォローしようと何かを言えば言うだけ、リンを傷つけているのをエドも自覚し始めていた。

「じゃあ、キスしてよ。バイバイのキス」

せめて、言葉ではない方法で気持ちが伝えられたら・・エドはリンの首に腕を回そうとしたが、リンはその手をやんわりと避けた。前髪をかきあげられ、額に軽くキスされる。

「・・んジャ、アルにヨロシク言っといテ」

「ヨロシクって・・」

エドの指先が宙に留まったまま、その鼻先で扉が閉じられた。
・・うっそだろ? 慌てて後を追おうとしたが、扉を開けても、廊下にはもう、リンの姿はなかった。





「うそーっ! リン来てたの? どーして帰っちゃったの! 兄さん、またリンを怒らせるようなこと言ったんでしょ!」

アルの言葉は容赦ない。せっかくリンのために爪切りの練習をしてきて、セントラル市街デートコース特集記事だの、フラワーアレンジメントのテキストだのムーディな香水だの恋愛成就のお守りだの、何やらたくさん「恋の必勝アイテム」をもらってきて、ウッキウキで帰宅したのだから、アルの落胆は大きい。

「あのさぁ、兄さんは知らないと思うけど、リンってカワイソーな身分なんだよ。国に帰ったら、自由に恋愛なんてできないんだよ。王位争いしてるんだし、皇帝になったら50の部族から妃を贈られて、好き嫌いとか相性とか関係なく結婚させられて、子ども作らされるんだって・・それがヤオ族やシン国のためにって、そのために生まれてきた皇子なんだって・・ランファンとだって・・ランファンだって、リンのことすっごく好きなのに、君臣の間柄だから、恋人になれないっていうのに。だからせめて、この国にいる間ぐらいは、いい思い出を作ってあげたいって思って、ボクが一生懸命頑張ってるのに、どーしてそう、豪快にブチ壊すかなぁ・・ほんと、デリカシーとか思いやりとか、そーいうの全然ないよね、兄さんってば」

一気にまくしたてるように罵られても、不甲斐ない兄はグウの音も出ない。

「・・分かったよ。俺が悪いってんだろ? 謝ってくる。謝ればいいんだろ?」

「兄さんはダメ。もう、そーいう理由でリンに逢わないでくれる? 賢者の石のことで一緒に行動してるから、ずっと顔会わさないわけにはいかないけど、せめてこれ以上、傷に塩ぬるような真似しないでよね」

「そーいう理由ってなんだよ。今日だって、たまたま、留守番してたらリンが来たっつーだけじゃねーか」

「ボクに逢いにきたんだろ? 兄さんじゃない」

「おまえ、どっちの味方だよ!」

「今回は兄さんが悪い」

「やりとり聞いてたわけでもねーのに、決めつけんなよ!」

「聞かなくても分かるもん。じゃ、ボクがリンとこ行ってくるから、留守番よろしく」

嵐のようにアルが出ていき・・エドは拗ねてベッドに寝転がる。




国に帰ったら、自由に恋愛なんてできないとか、妃が50人だとか・・そんなの全然、知らなかった。

(ウソでイーンダヨ・・ウソっつーコトにしとケ。そんなもン・・どーせ・・)
(大佐と別れて乗り換えてくれルっつーノ? ンデ、この国捨てて、シン国にまで来てくれル?)

最初にそう教えてくれてたら、もう少しマシな答えを出せたかもしれないのに。
地母神祭に一緒に行った時は、楽しかったのにな。恋人のふりっていって、手をつないじゃったりしてさ。一緒に買い食いして、女装した俺に、カワイーカワイーって何度もキスして・・考えれば考えるほど、胸が苦しかった。



「・・アンタたち、またケンカしたの? 声がこっちの部屋まで届いてたよ」

ノックの音に返事を返す前に、ウィンリィが部屋に入ってくる。そういえば、彼女が再びセントラルに来た時には、隣の部屋しか開いてなかったんだっけ。エドとアルの兄弟ゲンカの仲裁を自ら買って出るのは自分しかいないと、無邪気に信じきってシャシャリ出てきたわけだ。

「んー・・アルは出かけたよ」

「で、エドは拗ねてるわけね。ふーん・・慰めてあ・げ・よ・か・な?」

ウィンリィがおどけた口調で、エドのベッドに腰を下ろして迫ってくるが、エドは「バーカ」と吐き捨てて、身体をずらして逃げた。
ウィンリィはもう家族同然というか、妹か姉の感覚に近く、今さら女として見ようとは思っていない。
大体・・ウィンリィはこれっぽっちも色っぽくねーんだよ。ウィンリィなんかよか、リンが女になった時の方がずーっと良かった。ボインでウエストが細くて、顔立ちもセクシーで・・すんごく大人っぽいんだけど、ちょっと可愛いとこもあってさ・・あ、そうだ、女装・・。

「じゃあ、ウィンリィに頼みがあんだけど・・」

「えっ? 何? 私のバージンが欲しいっていうのは、ダ・メ・よ。まだ心の準備が・・きゃはっ」

「なーに色ボケてんだ。どブスが。そーじゃなくて、服と化粧品貸してほしーんだけど。できれば、空色のドレスとショール・・」

「エド、女装癖あったの?」

「まー色々事情があんだよ」

地母神祭のときの装束・・ウィンリィがシン国風の服を持っているとは思ってないが、似たような感じの服があれば、あのときの時間を少しでも取り戻せるかも知れない・・リンがそれで、少しでも喜んでくれるなら、スカートの1枚ぐらい履いてやる。

「メイド服とか、ナース服とか、セーラー服とかは? ルーズソックス履く?」

「空色のドレスとショール!」




ウィンリィの手持ちの乏しいアイテムの中から、一番それらしい組み合わせのシャツとスカート、ストールなどをピックアップする。今晩はアルが居るから、明日にでも・・正面から行ったり、電話をかけたりしても、ランファンは取り次いでくれなさそうだから、また、窓に石でも投げるしかない。

朝一番にでも飛んで行きたい気分だったが、なんとかアルを誤魔化して、ホテルを抜け出すことができたのは、午後になってからだった。
毎度毎度、窓に投石していたら、そのうち通報されるかもしれないなーと危ぶみながら、リンの部屋の鎧戸目がけて小石を投げる。幸い、今回は一回で反応があった。ランファンだったらダッシュで逃げようと構えいたが、顔を出したのはリンであった。
エドと気付いたのか、それとも誰かと間違えたのか、唇が動く。何と言ったのかは聞き取れなかったが、リンはやがて我に返った様子で、指をクイッと上げて「上がって来い」というジェスチャーをする。だが、ランファンに逢いたくなかったので、エドが手招きすると、リンが一度引っ込んだ。
待っている時間がひどく長く感じられた。

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