4 そして遠くへ
アル達が居る宿屋に向かってひとり歩くのは、かなりしんどかった。
これよりもっと楽な体調でも、大佐は車で送ってくれたりしたもんだ。まぁ、リンは恋人でも何でもないのだから、大佐同様に送ってくれることなんて、最初から期待してないけど。
さて、どの面下げて帰ったもんか。それより・・アル、怒ってないかなぁ。
大佐よりも先に、そっちで一悶着あるかもしれない・・まぁ、俺の自業自得なんだけど。
「兄さん、お帰り」
そらきた。
アルが宿の前に腰をおろして待ち構えていた。しかし、アルは怒っている様子も心配していたという様子も見せず・・ただ、淡々と事実を述べる口調で「マスタング大佐が来てるよ」と、言った。
「えっ? な、なななっ・・」
「昨日の朝から来てて。多分、リンのとこにいるんだろうなとは思ってたんだけど、行ったときにはふたりして出てるって言われて・・んで、昨夜から一睡もしないで・・ホントに一晩中、ボクとチェスして待ってた」
「げぇっ!」
・・その、今、いきなり対決するはめになるなんて・・マジ? 言い訳も戦法も何も考えてないし・・大体、昨夜からシャワーも浴びてないし、全身筋肉痛でガタガタだし、その・・痕だって残ってるかもしれないし、髪留めはリンのだし。
今は困る、今すぐは無理だ。どんなに早くても、せいぜい今晩あたりだろうと思っていたのに・・
「何がげぇっ、だ?」
声を聞き付けたのだろう、ロイがゆらりと出てきた。
コットンのパンツに白のシャツ姿という無難で無個性な、お世辞にもセンスが良いとは言えない格好で、うっすらと無精髭が生えていた。こちらは、明らかに怒っているのだが、それを顔に出すまいと無理に笑みを浮かべているのが、余計に無気味だった。
「昨日一日何をしてたか、詳しく話を聞かせてもらうぞ。言っておくが、黙秘権は認めんからな・・アルフォンス君、兄さんを借りる」
「どーぞどーぞ」
・・やっぱり、アルもちょっと、怒ってる?
「おいっ、痛ぇっ! そっちの手ェ引っ張るな、抜けるっ!」
「騒ぐな。人目につく」
「大体、あんた今日・・軍の方、どうしたんだ」
「無断休暇中だ・・だから、自宅にも事務所にも戻れない。多分、中尉たちが待ち構えてるからな・・ああいうのは好きじゃないが、宿を借りるか・・」
「はァ? 仕事、サボってんの? 話なんて、仕事終わってからでも良かったのに」
「バカ犬はすぐに叱ってやらないと、効果がないんだ」
「誰がバカ犬だ。軍の狗なら、お互い様じゃねーか」
「そういう意味じゃない。それだからお前はバカだというんだ・・そろそろ観念して、黙って付いて来い」
足早なロイに付いて歩くのは、エドには苦痛だった。ただ、掴まれた機械鎧の手首を引かれるままに、大通りから路地に入りくねくねと曲がりながら、貧民窟の方に向かっていく。
「どこに行くの?」
「言ったろう、私の自宅も事務所も、包囲されてるんだ・・まったく。この私が、ここまで出世したというのに、ノコノコこんな所に来るハメになるとはな」
それは・・いわゆる連れ込み宿と言われる類いの、いかがわしい安宿であった。
「なっ、なんだよ、こんな・・話を聞くだけなら、なんでワザワザこんなトコに・・」
「どうもお前は口が正直じゃないから、カラダに直接聞く・・黙秘は許さんからな」
有無を言わせず部屋に引きずり込まれたエドは、室内を見回してキョトンとした。アレ・・ここ、どこか見覚えがある。そして、カビっぽい土壁と皮のカーテンのすえた匂いも。
この部屋ズバリではないが、こんな感じの殺風景なベッドだけの・・こんなところに来たことない筈なのに。安っぽいグラスが2つ、そのうち1つに赤い液体が注がれる幻覚を見た・・いや、液体というより、あれは・・
「そうだ、ティム・マルコーのとこの・・」
「は?」
「あ、いや、なんでもない」
ティム・マルコー邸で見せてもらった、ブヨブヨしたゼリー状の「賢者の石の試作品」・・なんでそんなものを連想したんだろう。
そうだ、それによく似たものを飲まされた・・というより、俺が挑発されて一気に飲んだんだっけ。やけに甘ったるい、ぬるっとしたヤツ。もちろん、見た目が似てるだけで、実際には全然違うものだったんだけど。
それで身体が動かなくなって、頭もボンヤリしてきて・・アノヤローにいいようにされたんだ。そして、意識を失っている間に、“真理”の扉と、失った手足を“練成”した夢を見た・・練成の時のような、吹き飛ばされそうなスピードじゃなく、ゆるやかに気が体内を巡り、世界の気の流れと一体化する感触・・そうだ。あの感触は、最初に習った「全は一、一は全」じゃねぇか・・ああ、何度も同じところに舞い戻ってきてしまう。ウロボロスのような、ぐるぐると巡る循環の世界・・今度、リンに対価を・・利子もつけて支払いに行かなきゃいけねーな。
・・などなど、エドがぼーっと考えていると、ぐい、と衿を掴まれた。
「何を考えてる?」
「あ、いや・・ちょっと考え事」
「だから、誰のことを考えていると聞いているんだ」
「誰って・・」
そのまま衿首で持ち上げられた。そして、苦しィ首が締まるッと抵抗するスキも与えられず、乱暴にベッドの上に放り出される。
「何しやがんだッ!」
「何って・・こういう場所ですることと言えば、決まってるだろう」
白いシーツに金髪が乱れるのを見下ろし、ふと、エドの髪留めにロイの視線が吸い寄せられた。いつものとは違う・・? 普段から意識してみているわけではないから、確信は持てないのだが、もっと質素な輪だった気がする。
愛撫を装ってそっと指を絡めると、肌理細かいぬめりのある感触がした。
これは・・絹?
そっと引くと、髪の毛を巻き込むことなく、するすると解けた。・・確実にエドのものじゃない。いつだったか、乱れるエドの髪から髪留めを外そうとしたら、髪の毛が絡まって何本か抜け、痛がって大騒ぎになったことがあった。
「・・誰からもらった?」
「何を?」
「この紐・・もしかして、シン国のものじゃないのか?」
「じゃあ、わざわざ聞くなよ」
「おまえの口から聞きたいんだ」
「・・失くしたから、もらったんだよ」
「どうしたら失くすんだ、こんなもの」
「陰険だなぁ、あんた・・別にどうだっていいだろ。返せよ」
エドが、ロイの手から組紐を取り戻そうとする。ロイはそれを、後ろ手で床に投げ捨てた。
「ちょっと、何すんだよ、せっかく・・ともかく、髪結ぶのに要るんだから」
「こんなもの、欲しいのなら今度代わりのを買ってやる」
やっぱりリンか・・あんのクソガキ・・密入国の疑いで収監されてたのをバリーに脱獄させてやって、今度は脱獄犯として追われそうになっていたところを、マリア・ロス出国の手助けをしてもらった礼も兼ねて、なんとか揉み消したんだ。少しは恩義に感じてくれても良いところを・・思いっきり仇で返してないか? もう一回、逮捕してやってもいいんだぞ。
エドが、それでも組紐を拾いに行こうと身体を起こしかける。つい、カッとして乱暴に両肩を掴み、ベッドに突き倒した。
「痛いっ、もう、なんだっていうんだよ!」
せめて先にシャワーを浴びさせて・・と必死で抵抗したが、体格差にものを言わせて、あっさりと服を剥がされた。また、カラダが受け入れられなかったどうしよう・・という不安が一瞬頭をよぎったが、昨日さんざんヤってそこがほぐれていたのと、レイプのような異常なシチュエーションの高揚とで、思ったよりあっさりと身体が開いた。
「イタッ・・」
うっとりと流れに身を任せていたエドは、突然のロイのその悲鳴で現実に引き戻された。無意識に両手で力一杯、ロイの胴に爪を立てていたようだ。
「・・こっちは生身なんだから、いい加減に手加減を覚えてくれないかね?」
「えっ? ごめん・・」
リンの血だらけの背中を思い出して、慌ててロイの背を覗き込む。しかし、うっすらと赤い線が一、二本走っていただけであった。
「なんだ、これぐらい・・“鎧の手足も、君の一部だからね”なんつって、可愛がるの好きなくせに・・我慢しろっつーの」
「浮気相手は、我慢してくれたとでも言いたいのか?」
「そっちこそ、どこぞのマリーはこーしてくれたのにとか、ケイトはあーしてくれたのにとか、引き合いに出すのだろ」
「・・それは、肯定してるのか?」
「ちがわい。いちいち突っかかるなよ。せっかく・・気分ブチ壊しじゃねーか」
「誰のせいだ」
「ひとのせいにすんな・・大体、浮気されて困るんなら、日頃からもっと大切にしておけ」
「はっ?」
一瞬、ロイはエドの言葉が理解できなかった様子だったが、やがてじわーっと染み通ってきたらしく、口元がほころんでくる。それと反比例するように、エドは耳まで赤くなってしまう。
「もう一回言ってくれないかね? 鋼の」
「あん? だから、いちいち、ひとのせいにすんなって」
「そうじゃない。その次のセリフだよ」
「なんて言ったッけな、忘れた」
「日頃からもっと大切にしておけ・・って言ってたな。私は私なりに大切にしてやってるつもりなんだが・・何が足りなかった?」
「何って・・全部だよ。あんた、何かと冷てーもん」
「それは、君が素直じゃないからだろう」
「ほら、そうやってすぐにひとのせいにする」
「・・今回は、デートの約束をすっぽかした挙げ句に、浮気までした君が悪いのは間違いないと思うのだがね?」
「だから、それはあんたがあの晩、冷たかったから・・せっかく久しぶりに逢ったのに、全然嬉しそうじゃなくて、持ち帰り残業なんかして、俺のことほったらかしで」
エドが、わざとロイの背中を右手で引っ掻いた。血が出るぐらいって、どのぐらいの力だったんだろう? そう思うと、無性に血が見たくなった。
・・大佐にも、同じぐらいまで、いやそれ以上に、受け入れてもらいたかった。本当に手放したくないと思っているのなら。
「痛い・・分かった分かった、私が悪かった・・そう言えば満足なんだろう?」
「もうちょっと、こっちが受け入れやすい言い回しを工夫してくれると、嬉しいんだけど・・」
「贅沢をいうな」
ロイがエドの右手を捕まえる。鋼鉄の指に舌を這わせたのは・・愛撫なのか、単に背中に悪戯するのを封じるためだったのか。
もっといっぱい日頃からの不平不満があったはずなのだが、ロイの体温を感じているうちに、どうでもよいような錯覚がしてきた。しかたねーなぁ・・どうせ、こういうひとなんだから・・そういう性格だということは、最初から分かっていたのだから。
それでも・・好きになってしまったのだから。
ロイに抱きかかえられるようにして、宿を出る・・すでに日が傾いていた。途端に、パッと強烈な光が当てられた。
「ターゲット、発見しました」
眩しすぎて、光源の向こうの人物など見えないが、声はどうもフュリー軍曹だ。小柄なフュリーが携帯できる程度のサイズのバッテリーを装備したサーチライトなら、光が届く範囲も大したことないから、走れば振り切れるか・・「了解、そちらに向かう」雑音混じりの無線で届くホークアイ中尉の声は、恐ろしいぐらいに事務的だ。
丸1日仕事をサボってしまったからには、彼女の怒り心頭もごもっともだが、いや、それにしても市街にまで包囲網を張るなんて、やり過ぎだ・・というより、こんなことしてて・・お前らこそちゃんと、仕事してんのか!?
・・大体、私の有給休暇は毎年何日かずつ無駄になっているんだ。1日ぐらい・・いや、それはともかく、こんな所で捕まったら、私の生涯最大の汚点だ。
「逃げるぞ」
「逃げるって、どこへ?」
「知るか。しかし、ロイ・マスタングともあろう者が、こんな所で捕まるわけにはいかん・・走れるか、鋼の」
「無理っ! 歩くのもしんどいのに・・!」
チッと舌打ちひとつすると、ロイはエドを抱き上げて走り出した。フュリーも慌ててサーチライトを反転させて、ロイの姿を捕らえようとしたが、一瞬早く横道に入り込むことに成功した。
「ターゲット、市街地西区方面に移動!」
まるで逃走犯でも追うような口調だ。見上げると、他にもサーチライトが飛び交っていて・・って、おいおい、お前ら。こないだの対テロ訓練より気合い入ってないか? これ。
「くっ・・重い。やっぱ、自分で歩いてくれ」
「なんだよ、もうバテたのかよ。日頃の不摂生がたたってるんじゃねーの?」
「へらず口が叩けるぐらいなら、大丈夫だな・・重くて腰にきそうなんだ」
「重いのは仕方ねーだろ。手足が金属なんだから」
「そうだ、来年の免許更新レポートのテーマに“重量を減らす錬金術”ってのはどうかね」
「質量保存の法則があるから、ありえねーよ」
「・・分かってる。冗談だ・・ホントに平気そうだな、鋼の」
エドは平気どころか、もう身体はヨレヨレだ。実際のところは体力の限界を越えて、軽いランナーズ・ハイ状態に陥っていたのだが・・ともかく抱き降ろしてもらうと、衛兵の姿を避けながら、とりあえずエドたちの宿に戻ろうとする。
「あ・・アル・・」
遅いので、心配になって探しにでも来てくれたのだろうか?
やはり何だかんだ言っても、最後には兄の味方をしてくれるのか、我が弟よ・・と、感激して駆け寄ろうとした途端に、こちらに気付いたアルが、片手を上に挙げた。
シュポンという音がして、手にしている筒状のものから、煙がもうもうと立ち昇る。
「憲兵さーん。こっちでーすっ」
「・・!! てんめー! 実の兄を売る気かぁっ!?」
「アルフォンス君、どういうことだ!」
「昼にね、ホークアイ中尉が訪ねて来てね。大佐を捕まえたら、金5万の賞金を出すってさ」
「おい、ホントーに金で売るかっ!? フツー」
「・・うーむ。なるほど、兵士の志気が高い理由が分かった・・」
「ってか、良く考えたら、追われてるのは大佐なんだよね。俺、帰っていい?」
「そんなの、ずるいぞ。許さん」
ロイが尻ポケットから手袋を引っぱり出して填めると、路地の壁に手を付いた。
メキメキッと音を立てて壁が変型し・・咄嗟のことだったからなのか、それとも発火以外の錬成はやはり苦手なのか・・巨大なカマキリの卵のような、グロテスクな造型の障壁ができた。だが、見栄えは悪くてもアルとふたりの間を塞ぐにはじゅうぶんだ。
「じゃあ、どうするんだよ? 宿にも帰れないなんて・・他にどっか逃げるアテがあるのかよ?」
「知らんと言ってるだろう。ともかく、捕まるのは嫌だ」
「・・自首したら?」
「人を犯罪者のように言うな。大体、有給休暇届けの事後承諾ぐらい・・確かに厳密には軍規違反だが、どうせ皆いつもやってることなんだ」
「皆やってるから良いって訳じゃ・・せめて朝、電話ぐらい入れておけば、こんなことにならなかったかもしれないのに」
「昨日も無理矢理休暇を取ったからな。朝、中尉に連絡したところで、絶対に休ませてくれないに決まってる」
「だったら、無理してサボるこたぁねーだろうが!」
「お前が約束すっぽかした挙げ句に、朝帰りなんかするからだ」
「・・俺のせいかよ! 大体、そんなもん仕事が終わってからでも・・」
「私が仕事を優先すると、いつも拗ねるじゃないか」
「拗ねてなんかねーよ!」
言い争っていると、せっかく塞いだ壁がうごめき、口を開こうとし始めた・・アルが向こう側で、この即席の障壁を崩そうと錬成しているのだ。
「ともかく、来い」
ロイが手を差し出した。エドはつい、反射的にその手を握り・・素手ではなかったが、ざらついた布越しに張りのある手のひらの感触を感じた。そして結局、それから何十分か市街を逃げ回る。
「くっそーアルのヤツ・・ああ、もうだめ。動けない」
ついにエドが息をきらして座り込んだ。ロイもずいぶん顔色が悪い。
「それにしても、弟さんに嫌われたものだなァ、鋼の」
理由に心当たりがあるだけに、エドは反論ができない。そりゃあ、仕方ないかもナァ。アルは、リンと一緒にとあの祭りに行きたかったんだっけ。あ・・そうか。リン・・
「ね・・リンのとこに行ったら、匿ってもらえないかな・・」
「あの男に、こんなことで世話になるのは、真っ平ご免だ」
思いがけず、ロイが強い口調で反対した。
「・・そういう意味じゃないのに」
「じゃあ、どういう意味だ・・ともかく今回ばかりは、ヤツだけには頼らんからな」
今、シン国から仕送りが届いたばかりだから、金5万ぐらいのハシタ金で裏切ったりしないだろうと言うつもりだったのだが・・ロイはリンの名前を聞いただけで不機嫌になってしまい、それ以上は聞く耳を持ちそうにない。
「あのねぇ・・この期に及んで妬いてる場合かよ?」
「妬く? 私がか?」
「大体、こうやって逃げ回れば逃げ回るほど、だんだん事態が悪化してるような気がするし」
「だからって絶対に・・」
ふたりはまた口論になりかかるが、遠くから「いたぞ、こっちだ」という声が聞こえたために再び、手に手を取って逃げるハメになる。
「なんだか、駆け落ちみたいだなぁ。ね、大佐に手つないでもらうのって、初めてだよね」
「・・もしかして、この事態を楽しんでないか? 鋼の」
「楽しむかよ。もう、ヘロヘロ。大佐、おぶって」
「だから、君は重たいんだよ」
そして狭い路地から、大通りに抜けようとしたときに。
「ついに見つけたわ」
正面に、リザ・ホークアイ中尉が立ちはだかっていた。戦闘服にバンダナ姿で、右手にマシンガン、肩からはベルトのようなマシンガンの弾倉をタスキがけにして、腰には短銃と手榴弾も下げているという、おっそろしく気合の入ったスタイルだ。
ホークアイ中尉の後ろには、哨兵が10名ほど銃剣を構えて控え、行く手を完全包囲していた。
そしておもむろにリザが、憤怒の様相で、拡声器を左手でかざし「そこの逃走者、無駄な抵抗はおやめなさい」などと、呼びかけてきた。
「まぁ、待て待て。話し合おうじゃないか。いきなりの武力行使は、建設的ではない」
「・・話し合いですって?」
なるべく友好的に解決しようと笑顔を作ったのが、余計に「全然反省していない」とリザの目にはうつって、神経を逆撫でしたに違いない。リザがブチ切れた。
「はっ・・話し合いも何もあるものですか。任務の時間外に商売女と遊んでいるだけなら、多少は目もつぶりますけど、昨日のような警備で忙しい日に、わざわざ私用で休んで・・それだけならともかく、その翌日も無断欠勤とは何事です。しかも・・そんな、年端もいかない子どもをホテルに連れ込んだって・・いやらしいッ!」
“子ども”というのは、髪をおろしたエドを見誤ったものなのか、それとも周囲の耳に一応、配慮してくれたのか・・しかし、わざわざ拡声器で言うことないじゃないか。
とにもかくにも、これで「マスタング大佐はロリコン」というレッテルが貼られてしまった。
「まぁまぁ。これには、深ァい理由が・・」
「理由なんて聞きたくありませんッ!」
リザはヒステリックにそう叫ぶと、拡声器を放り出し、マシンガンを構えた。ダダダダッという銃声と共に、ロイとエドの足元に衝撃波と土埃が走る。跳弾がひとつエドの足に当たり、キンッという金属音を立てた。
不幸中の幸いは、マシンガンの初動は標準が定まりにくいことと、哨兵らがリザの勢いにあっけに取られていて、動けなかったことだ。10数名による一斉掃射をまともに喰らっていたら、いくら国家錬金術師が2名、雁首揃えていようとも、一瞬で肉体が壁のシミと化してしまっていたことだろう。
「こらッ! 貴様、上司を殺す気かっ!」
「そうね、あなたの遊び好きは、死んでも治らないわね」
「・・ヤバ。ホークアイ中尉、目が座ってるよ」
「どうやら、平和的解決は望めそうにないな」
ロイがそっと手を伸ばして、壁に手を触れる。
「逃がすかッ!」
その仕草の意味に気付いたリザが再びマシンガンを乱射するのと、ロイの練成した壁が、双方の間に立ちはだかったのは、ほぼ同時だった。
「走るぞ、鋼の」
「冗談! もう、これ以上走れない」
「バカ、蜂の巣にされるぞ!」
そのときに、上からポトンと丸いものが降ってきた。壁に妨げられた腹いせにリザが投げたのか、“それ”はコロコロと転がって、ふたりの間でとまる。
「げ! 手榴弾っ!」
ロイはそう叫ぶなり、とっさにエドを抱え上げ、きびすを返して元来た方向に向けて走り出した。駆け出して10秒もせずに、背後で爆発音がする。
どうせまた、すぐに重くてバテるくせに・・。そっちの方に行ったら、また衛兵がいるから、そこ曲がって・・だから、さっき俺が提案したように、リンのところに匿ってもらえばよかったのに。このままじゃ、すぐにまた追い詰められちゃうってば。
大佐はクールそうに見えて、こういうときにはホント、考えなしになる。
まぁ、でも、これだけ必死になって守ろうとしてくれるんだから、それでもいいや・・大佐が疲れたら、練成で地面に穴を開けて、地下に逃げるように提案してやろうっと。それまでは、ちょっとだけ甘えておこう。
エドは振り落とされないように、ロイの首にしっかりと両腕を回すと、ぎゅっと抱きついた。
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