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砂の記憶

※この章には、ドリーム機能を搭載しています。この章には、大佐に振り回されて疲れたリザさんを、慰める役の男性が登場します。チョイ役ですけど。 正直、私はそれが、ハボックだろーとブレダだろーとファルマンだろーと、いっそブロッシュ君だろーと構わないっつーか、ともかく、誰でもいいやって考えなので、じゃあ、これぐらいは読者様のお好みに任せようと。
下記フォームに、大佐への報われない想いに身を焦がすリザさんを慰める男性の名前をご入力のうえ、以下の小説をお楽しみください。
リザさんに想いを寄せる男性は・・
選択しなおす場合は、ブラウザの「戻る」ボタンで一度戻ってください。また、文字化けする場合は、文字コードを設定し直してみてください。
なお、入力されずに読まれた場合、男性名は全て「フュリー」になっています。

3 崩


男達は、崖の上から、何かが降りてくるのには気付かなかった。ただ、ライフルを構えていたリザだけは、スコープ越しにそれを見ていた。弾倉に入っているのは模擬弾だと分かっていたくせに、人間を標的にすることが本能的に恐ろしくて、引き金に添えた指は白く血の気が失せ、痙攣するように震えていた。
最初は大きな猿のような動物だと思った。四つん這いになって、するすると男達に近づき・・その饗宴に加わるように、彼らに覆いかぶさった。

すると、ひとりの首が引きちぎられて転がり・・その化け物の腹がひとりでに裂けると、中から触手のようなものがワッとわき出した。触手は、貪欲にもうひとりを呑み込み・・やがてずるりずるりと、ロイにも近づいていこうとして・・リザは、自分の唇から金切り声がほとばしるのを、他人事のように感じていた。

その自分の悲鳴で我に返り、ようやく金縛りから解けたように、立ち上がって駆け寄ろうとする・・スコープで覗いていたよりも実際には現場は遠く、崖を滑り降りるのがもどかしかった。
仲間を殺られた男達は初め、手にしていた銃をぶっぱなしたのだが、怪物はびくともせず、むしろ発砲した奴目がけて触手を伸ばし・・またひとり、呑まれた。

「この化け物・・!」

リザがライフルを振り上げ、その銃把で化け物の頭を殴りつけたのは、もうひとりが胴を引きちぎられ、唯一怪物の攻撃から免れた者も、逃げようとして足を滑らせ、断崖の下へ落ちていった後だった。

化け物の頭は、何の手応えもなく吹き飛び・・まるで粘土細工のような不細工な目鼻をしていた・・それは首を失って初めてリザの存在に気付いて、振り向き・・のどのあたりの皮膚が薄く、中に赤い内臓が律動しているのが透けて見えて、グロテスクだった。その、醜い身体が、ロイの身体の上にのしかかり、貪っている。ロイの白い片足が、人形のようにカクン、カクンと揺れていた。
叩き落とされた首の切り口が、盛り上がった。みるみる、唇のような形になり・・

「ちっ、また死んじゃったじゃねーか・・」

唇はそんなことを呟き・・唖然と立ち尽くしているリザに向かって、ニヤッと唇の端をあげてみせる。やがて、化け物は人間の顔を形造った・・その顔は・・




リザ自身だった。




「・・夢か」

自分の悲鳴で目が醒めた。見慣れた天井にホッとするが、安堵したとたん、再び夢の光景が蘇ってきて、リザの胃はぐっと持ち上がる気がした。酸っぱいものがこみ上げてきて、ヤバいと思う間もなく、内容物が逆流してくる。
上体を折り、ベッドから身を乗り出して、床にぶちまけた。
眠れそうになくてナイトキャップ代わりに飲んだ酒・・ストレイドックに、さっき食べていたクッキー、夕方に食べたパスタまで未消化で出てきた。その吐瀉物の悪臭と、パスタの形状に、非常にイヤなものを連想して、さらなる嘔吐感に襲われる。 のどの奥がゴボゴボと鳴っていた。まだ胃の痙攣が収まらない。
せめて洗面所まで行こうと思って、なんとかベッドを這い出すが、口を押さえた指の間から、新たな汚物がこぼれ落ちる。ちゃんと歩けず、よろけてあちこちにぶつかり、テーブルの上のマグカップや棚の花瓶が、床に叩き付けられて割れた。

涙と鼻水が垂れてきて、でもそれを拭う余裕もないぐらい苦しくて・・トイレットの便器を抱くように屈み込む。自分のその情けない格好を嘲笑うひとは居ない代わりに、そっと背中を撫でてくれるひともいない、たった独りで・・畜生、なんでここには誰もいないのよ。なんで大佐が側にいてくれないのよ。なんで、私じゃなくて、あの子が大佐の・・

「チクショウ、チクショウッ・・なんで・・チクショォ・・ッ!」

本当なら、あのとき襲われていたのは私だった。
それを庇ってくれた人を、今度は守るんだと、今度こそは守り抜くんだと、そう心に誓って、必死で訓練に打ち込んだ。
再び逢ったのは戦場で・・あの事件のことは忘れていた様子だった。それはそれで良かったのかもしれない。ただでさえ過酷な戦場で、あんな異常な体験の記憶が重なったりすれば、気が狂ってしまったことだろう。
ただ、相手はこっちのことまでコロッと忘れていたようで・・それはちょっと寂しかったが、それでも、守りたいという私の気持ちを察して、いつも側に置いてくれて・・そうやって、これだけ尽くして、尽くしてきたのに、どうして、こんな夜に私は独りなのよ!
胃の中に吐くものがなくなっても、吐き気はますます込み上げるばかりで、口から内臓が裏返しに飛び出すのではないかと思うほどだった。

「・・ブラハ・・!」

ふと、愛犬がいないのに気付いた。手のかかる仔犬で、でも一人暮らしの寂しさを紛らわしてくれる家族で・・ところが、気付くと今晩に限って、そのブラハすら居なかったのだ。

「どうしてよぉ・・なんで、私、独りなのよぉ・・!」

からっぽの胃の奥から、胃液か腸液か・・苦い液体が絞り出されてきた。
そのとき・・玄関のベルが鳴った。




玄関前に倒れているリザを見て、フュリーはぎょっとした。実は、玄関のベルを鳴らされたために、玄関まで這って来たのが、途中で力尽きただけなのだが・・


「だ、大丈夫すか?」


「・・なんであんたが、こんな時間に! どうやって入ってきたのよ!」

肩に乗せられた手を振り払い、リザが彼を睨みつける。いつもはピシッとまとめている髪は乱れ、顔面を涙でグシャグシャにしたその姿はどこか、怪我をした野良猫を思わせた。

「なんでって・・ブラハがうちまで呼びに来たんすよ。中尉の部屋の鍵くわえてさ。こんな夜中だし、何かあったんじゃないかって、心配になって・・」

フュリーはリザの剣幕に押されながらも、室内の荒れようを目の当たりにしては、いつものようにあっさり引き下がることもできなかった。

「心配なんて・・なんであんたなのよ、どうして大佐じゃないのよ・・」

「そりゃあ・・ブラハに言ってくださいよ、ブラハに。俺はブラハに呼ばれただけなんだから」

「・・バカ犬・・」

「ともかく、こんなところで寝てるわけにも・・立てます? 無理そうすね」

フュリーは片膝をついてかがむや、一気にリザを抱きかかえて立ち上がった。まさか抱き上げられるとは思っていなくて、驚いたリザが、足をばたつかせる。

「何すんのよ! おろしなさい!」

「ちゃんとおろすよ・・ベッドにね」

「なんですって、いやっ! やめてよっ!」

「・・暴れないで、落ちる。変な想像やめてくださいよ、しんどいんでしょ? フツーそういうときは、ベッドで横になるもんじゃないすか?」

リザは自分の勘違いに気づいて、耳まで真っ赤になってしまい、それでようやくおとなしくなった。
フュリーはそんなリザの顔を間近に見下ろし、こんなイイ女をほったらかすなんて、大佐もつくづく罪つくりだよなーと思う。

ベッドにリザを横たえ、バスルームからタオルを持ってきて手渡す。落ち着きを取り戻しかけていたリザは、それを奪うように受け取ると、顔を隠すようにして拭った。

「あの・・ありがとう・・ついでに、棚に睡眠薬あるから、水と一緒にくれる?」

「中尉、不眠症?」

「そうじゃないけど・・出撃の時とかに、安定剤とか自決用のカリ、支給されるでしょう。それがまだ少し、残ってたはず・・今日、最初からクスリ飲んで寝れば良かった」

「はぁ・・今日、何かあったんすか? いや、別にいいんですがね・・」

ベッドの枕元から、洗面所まで転々と汚物が落ちている床を見て、フュリーは暗惨たる思いに駆られる。
中尉はこんな夜中にひとり、のたうち回りながら苦しんでいたのか・・その時に自分がいてやれなかったのが、フュリーは悔しかった。背中をさすって、声をかけてやりたかった。抱き締めてやりたかった。

リザに錠剤とコップの水を差し出して・・飲み終わったコップを受け取り、パタンとベッドに倒れ込むのを確認すると、フュリーはため息をついて、バケツと雑巾を持ってきて、床の汚物を片付け始めた。
もちろん、他人のゲロが汚くないはずがないのだが、なぜかフュリーは、その作業に秘かな喜びにも似たものを感じていた。

「寒い・・こっちに来て・・」

「え? ああ、もう少し待ってくださいね。もう片付くから・・」

これって、もしかして俺、誘われているんだろうか? まあ、よく考えればこんな時間に男女、ひとつ屋根の下・・恋愛感情がなかったとしても、何かのハプニングを期待していけない訳がない・・というか、大いに期待したい。

ルンルン気分で、バケツの中身をトイレにぶちまけて片付け、手を丁寧に洗って・・ベルトのバックルをガチャガチャ言わせながらベッドに馳せ参じると・・リザはスースーと寝息を立てていた。いまさらながら、眠剤が効いてきたらしい。
そんなリザの腕の中には、ブラハ。
どうやら、さっき「来て」と呼び掛けられたのは、この仔犬だったらしい。

「おい、ワン公。場所替われ」

だが、ブラハは生意気にもうなり声をあげて、フュリーをベッドに寄せつけない。

「・・お前なぁ、恋のキューピットかと思ったら、部屋の掃除のためだけに俺を呼んだのかよ」

そして、ブラハもイッチョマエにあくびをひとつすると、丸まって眠り始めた。
フュリーは肩をすくめて天を仰ぎ・・せめて自分が来た証だけでも残しておこうと、朝食の支度をしてから帰ることにした。




明かりのない自室に戻る。ロイは無意識に、ランプに明かりを灯そうと、指を鳴らした。
いつもなら、それだけでランプに明かりが灯る。連れ込んだオネーチャンは「スゴイワ、魔法みたい」と感動し、部屋を片付けに来たリザは「あら、今日は空気が乾燥してるのね」と呟くだけで、エドだったら「錬金術をそんなチンケなことに使ってんじゃねーよ」とぶつくさいうところだが、手探りで明かりのスイッチを探すよりもよっぽど早いのだから、使える能力は使った方がいい。
だが・・その夜に限っては、ウンともスンとも反応がなかった。オヤ? と思ってもう一度、パチンと指を弾く。手袋が汗で湿ったかな・・と思って、一応フツーに部屋の明かりを灯す。

明るくなった室内で、ベッドに腰をかけて、もう一度部屋の中央に置いたテーブルの上のランプに向かって、指を弾いてみた。
・・手袋は乾いていたが、指先が磨耗して火花が出ないのかも知れないと考えて、念のためもう一枚替えの手袋に履き替えて試してみる。
今度は、マッチを取り出して、マッチをすって・・

だんだん、ロイの顔が引きつって来た。焔が出ない・・なぜだ?
多分、疲れているのだろう。そうだ、そうに違いない。最近ずっと指令部に泊まり込んでいたし、エドは妙なイタズラを仕掛けてくるし、その最中に妙な・・幻覚? のようなものを見たし・・一晩、ゆっくり寝よう。明日になれば、あっさり元に戻ってるさ。

自分にそう言い聞かせながらも、ロイは立ち上がると、まだほどききっていない荷物を引っ掻き回し、自分の研究ノートを引っぱり出していた。
こんなものを読み返さなくても、大丈夫だ、大丈夫に決まっているじゃないか。私は焔の錬金術師、ロイ・マスタングだぞ・・そう、ただ一晩眠りさえすれば。

ロイは、ベッドに寝転ぶと、パラパラとノートを繰りながら、もうとうに一字一句が己の血となり肉となっているはずの、焔の錬成の理論を目で追った。




一瞬、男達が何事か叫んで離れて行ったので、助かったと思った。誰が助けに来てくれたのか・・マース?
頭を覆っていたジャケットを振り払い、なんとか上体を起こそうとする。全身がズキズキと痛んだ。
服・・ズボンは・・探そうと振り返ったとき、視界に“それ”がいるのに気付いた。

悲鳴も出ない。

見たくないのに見えてしまった、そいつの裂けた腹の中から伸びている触手と、そのうねりの奥で生きながら溶かされている人間の頭・・寄りにも寄って、死にかけたそいつと目があってしまう・・こみあげてくる嘔吐感に耐え切れず、ロイは目を逸らして口元を覆った。

逃げようとしても、腰が抜けてしまっている。なんとか両手で這いずっていこうとしても、そいつが歩いてきて触手を伸ばす方が早いに決まっている。自分もこんな得体の知れないヤツに呑まれて死ぬのか!? とんでもない!
だが、発火布も錬成陣もない状態で、一体何ができよう?

必死で後じさるが、ついにその灰色の、ぬめぬめした触手が足首に絡み付いて来た。ブーツは先ほどの暴行で脱げており、素肌にその感触を味わってしまう。全身に鳥肌がたった。



食べたヤツ、オス・・じゃ、このつがいはメス?
違うみたい。分からない、分からない、分からない・・さっきまで、つがっていたのに?



触手が手足に巻き付き、ロイの抵抗を奪った。さらに、胴を舐め回し、身体の中に入り込もうとする。化け物が顔を寄せて来た。腐ったような異臭にロイは顔をそむけたが、化け物は舌で顔を舐め回し、口の中に差し込もうと試みる。化け物の分泌物だけでなく、腹の中で溶けている兵士の血や体液までが、垂れてきてロイを汚した。

恐怖と嫌悪感で全身が震えるほどだが、なぜかその奥から、倒錯した快楽のようなものが引き出されてきたことに気付き、ロイは愕然とした。そんな現実から逃れたくて、せめて目を固くつぶる。

「この化け物っ!」

遠くで誰かの叫び声が聞こえた。
ドッという震動・・殴られたのは化け物の方なのだが、身体が繋がっている状態では、ロイにも少なからぬ衝撃が伝わったのだ。

「ちっ、また死んじゃったじゃねーか・・」

そいつが人間の言葉を話したことに、ロイは驚き、目を開けた。
太陽で逆光になっている・・長い金髪・・こんなヤツだったっけ? だが、ろっ骨の辺りからはやはり、醜い触手が伸びていて・・そして、その頭が再び吹っ飛んだ。

ロイは、無我夢中で片手を触手から振り払うと、吸い寄せられるようにそいつの喉元に伸ばす。
指が簡単にその皮膚にずぶり、と埋没し、熱く脈動している内臓に届く。パン、という乾いた音がした。それが銃声だと気付いたときには、その火種を素に、その怪物を焔に包んでいた・・相手が怯んだのをみてとり、最後の力を振り絞って、その胴を蹴り飛ばしてはねのける。
ずるっ、べちゃり・・とイヤな音を立てて、身体の中から触手が抜け落ち・・ロイはそこで気を失った。




『リン様、お茶、煎れるんですか?』

ランファンは露骨にイヤな顔をしており、それに対して『まぁまぁ』とたしなめるリン自身も、内心は『どの面さげて来たんダ?』と煮えくり返っているのだが、表面上はにこやかに「マァ、座レ」とソファを薦めていた。感情的には顔も見たくないところだが、やはり“賢者の石を手に入れる”という旅の目的を考えると、ケンカしっぱなしの状態でもまずい、と判断したのだ。
一方、エドは気が高ぶっていて、とてもお茶なんてのんびり飲むような気分ではなかった筈なのだが「マーマー飲め飲め」などと無理矢理押し付けられたカップを両手で包み、その温もりを感じているうちに、多少、落ち着いてきた。掌には、リラクゼーション効果のあるツボがあるのだ。
リンがいつもの民族服姿だったのも、幸いした。“貢ぎ物”のブラウス姿だったら、エドはカップを受け取る前に逆上していたかもしれない。

「・・ンデ? 何の用?」

「用がなきゃ来ちゃいけねぇ?」

リンは、見舞いにも来なかったクセに、という台詞を飲み込んで「ア・・ソウ」とつぶやく。一瞬、気まずい沈黙が訪れるが、エドが思い出したように「ところで・・あの後、ブロッシュさんと、どうしてたんだ?」と尋ねる。
ほほーぅ、あんなんでも一応、少しは妬けたみたいだナと思うと、リンの機嫌が少しだけ直った。

「アン? ああ、別に。ちょこっと散歩して、んで帰ったヨ」

「それだけ?」

「ウン。今度また、ランチおごってくれるっテ、約束だけシタ・・それに夕方から、アルが食事に来てたシ」

「食事? あいつ、メシなんてくえねーだろーが!」

「なんてーノ? オレが喰ってるのを、タノシソーに見てるヨ・・デ? ソッチは?」

エドはぐっと返事に困る。“潔白”なリンに比べると、圧倒的に自分の方が部が悪い。リンはそれを察しているようで、ソファのひじ掛けに片肘をついて、上体をしなだれかけながら、ニヤッと笑ってみせた。

「大佐とヨロシクやってたんダロ?」

「・・ヨロシクってほどじゃ・・」

「マーそうダネ。ウマくいってタら、ここには来てないわナ。ケンカでもしタ?」

エドが赤面して口ごもるのを眺めながら、リンはカップのお茶を口元に運ぶ。

「んー・・あのさ、大佐を襲ったら、大変なことになっちまって・・」



・・ぶぶっ!



思わず、リンがお茶を吹いた。ランファンが慌ててタオルを持って飛んでくる。

「げーっ、きったーねーなぁ、おまえ!」

「マ・・待て待て待て待て、襲ったっテ、君が? マスタング大佐のオカマ掘ったってーノ?」

「んー最初はそんなつもり、なかったんだけどね。色っぽくて、つい」

コイツに筆おろししてやったのは、間違いだったんだろうか・・と、リンは真面目に考えてしまう。まぁ、男なんだから、男役やりたくなるのも当然だろうし・・体格差を云々いっても、俺との時だって、女になったとはいえ身長や体格はほとんど変わらなかったわけで、エドの方が小さい状態だったし。

「・・んでさ、途中でさ、大佐が大爆発起こしちまってよ、その後、ぐたっとなっちゃって・・うまく説明できねーんだけど、なんかすんごくヘンなことになっちまって、んで、その音で中尉に気付かれて、大佐の様子がおかしいってんで、ふたりとも強制送還」

「ハナシ、全然みえねーんだけド」

「俺も訳分かんねーよ。大佐、すんげー嫌がってて、ま、それはそうなんかもしれねーけど、挿れるまでは下にされてても結構、ノリ気な様子で色っぽい声出したりなんかして、そっちの経験ありそーな様子だったのに、急に・・レイプみたいになっちまって、んで、無理にヤっちまおうとしたら・・ボン」

「ボン」という時、エドは握っていた片手をパッと広げて、リンの前にかざしていた。うん、こいつを“男”にしてやったのは、完全に失敗だった・・と、リンは確信する。

「先に、手袋没収しておけば良かっタノニ」

「そんな物騒なもん、させてねーよ」

「ジャ、どーやッテ?」

「そりゃあ・・あれっ?」

火種は多分、あの腕時計だ。鉄パイプの柱に打ち付けて、火花でも飛んだのだろう。だが、構築式は? 錬成陣なしで術が使えるのは、エド自身と弟のアルと・・師匠のイズミ・カーティスだけの筈だ。

「ア、もしかして、君自身が錬成陣の代わりだったってコト?」

「なっ、どういう意味だよ」

「だって、ソーなんだロ? 君自身が錬成陣だから、書かなくても手を合わせるだけで、錬成ができるって言ってタじゃないカ」

「まぁ、理屈としてはそーなるかもしれんが・・って、まさか!」

「面白いネー、ソレって手をつないだダケでもできるのカナ? それともエッチしてるときダケ? 今度実験してみろヨ」

「・・んなこと、できるかっ!」

「残念だネーオレが錬金術師なら、テストしてあげれるのニ。今度の・・なんダッケ? 資格更新のレポート? サテー? テーマ、それにスレバ?」

「そんな破廉恥なレポートなんて書けるかーっ!」

エドは赤面して頭を抱えてしまい、リンは存分にからかって気がすんだところで「ンデ? 今晩ドーすんノ?」と尋ねた。

「どうって・・」

「不完全燃焼で、カラダが疼いたから来たんじゃネーノ? 抱いてホシイんダロ?」

「そっ・・そんなんじゃねーよ」

「じゃあ、逆に・・抱きたいッつーか・・例えバ、オレが女だったらイイナと思ってきタ?」

露骨なもの言いに、エドは真っ赤になってしまった。図星なのかよ・・とリンは呆れると同時に、再び腹が立ってきた。

「残念ダネー、オアイニクサマ。オレは女じゃネーシ、男相手も、抱かれル方はイマイチ興味ネーノ・・冷たい水浴びといデ。身体を冷やしたら、血管収縮してソコも収まルヨ」

リンはいつも通りのにやけ面を保ったまま、シャワールームを指差し「・・そんで、落ち着いたラ、サッサと帰レ」と吐き捨てると、エドをソファに置き去りにしたまま、返事も聞かずに寝室に戻ってしまった。
あまりに唐突だったので、ランファンも呆気に取られていて、数秒間固まっていた。やがて、ランファンとエドとで顔を見合わせ・・「じゃア・・シャワー、ドゾ」「あ、すんません」などと、ついつい、間抜けな会話をしてしまった。

可愛らしく抱いてくれってゆーんなら、今までの一切をチャラにして、喜んで受け入れてやるところだけど・・俺の、女体にしか興味ねーってんなら、付き合ってらんない・・こっちはケンカにならないように、必死で努力してやってんのに・・バカチビ。



天井、石の壁、黒い染み・・ああ、自分の家か。
身体を起こすと、全身が水を浴びたように汗で濡れていた。確かに暑くて寝苦しさを感じる夜だが、こんな寝汗をかくほどではないはずだ。
夢? ひどい夢だ。生臭い、水が腐ったような匂いが今でもするような・・匂い? ロイは台所に向かう。東部のアパートメントに居た頃は、台所に食べ残しだの汚れた皿だのを、何日も放置していたものだ。当然、連れ込まれた女性は「やっぱり男の人には、女がいなきゃダメなのね」と嬉しそうに腕まくりをし、リザは「私は側近であって、家政婦ではないんですよ」と文句を言っていたっけ。
だが、台所は空だった。良く考えたら、こっちではまだ一度も料理をしていないのだから、当然といえば当然だ。蛇口をひねってみたら、赤サビ色の水が出てきた。鉄の匂い・・血に似ていなくはないが、夢のとは全然違う・・つまり、あの匂いは現実のものではなかった、ということか。

もう日は高かったが、ホークアイ中尉が届けを偽造してくれるから、指令部には昼からの出勤でいい・・のだそうな。シャワーを浴びて寝直そう・・それに、肌にもあのぬめっとした感触が残っているような気がして、気持ち悪い。あのおぞましい、灰色の、妙に柔らかいような、硬いような、先端がつるんとしている・・あれが全身を。あれは現実だったのか、ただの夢なのか。
思い出しただけで、胃がえずいて、吐きそうになった。





その日の昼休み、フュリーはたまたま、給湯室の前を通りがかり、女性職員らのおしゃべりにふと、足を止めた。

「そう、起きたらスープの用意がしてあったの」

それが、リザの声だと気付いたからだ。いつも男性の中に混ざって凛々しく業務をこなしていりる彼女だが、女性同士でこんなおしゃべりをすることもあるのか・・と、新鮮な驚きを感じ、心臓がトクンと跳ね上がる。

「スープの用意?」

「そう。コンソメの・・パンもね。あと、サラダと・・」

ハイッ! それは自分っす! と手を挙げて叫びたい気持ちをこらえて、耳を傾ける。中尉は喜んでくれたんだろうか?
しかし、現実は非常なものだ。

「コワーイ! それって、ストーカー!?」

別の女性の受け答えを聞いて、頭がガンと殴られたような気がし、さらに追い討ちをかけるように、リザも「そうよねぇ・・私、全然気付かずに寝てたみたいで・・何かされてないかしら?」なとど言う。目の前が真っ暗になった。

「もし何かあっても、私達、味方よ。医局に行くの、恐かったら、ついて行ってあげるから」

「万が一の時も、皆でカンパ募るからね」

・・し、しかも勝手にレイプ犯にされてるし。 あのぅ、自分は部屋を掃除して、朝少しでも楽ができるようにと朝食の準備をしただけなんすけど・・あんまりといえばあんまりな言われようじゃありません?
ヨロヨロと歩き出したフュリーの背中を、カップとサンドイッチ・・多分、重役出勤してくるマスタング大佐の朝食兼昼食・・を乗せたお盆を持って出てきたリザが見つける。

「あら? どうしたの? なんか、ふらついているわよ」

「その・・胸がちょっと痛いんす」

「えっ? 胸? 大丈夫?」

「・・もうダメです。致命傷っす」

「やだ、どうしたっていうのよ? 医務室に行く?」

お医者様でも錬金術師でも、この胸の痛みは治せませんです、はい。




シャワーを浴びてから、ふと思い出して、発火布の手袋をはめてみた。
昨夜は焔の錬金術が使えなかったが・・ランプに向かって、パチンと指を鳴らす・・反応はなかった。
風呂上がりで、まだ身体が湿っているせいか? いや、いつもならこれぐらい問題ない筈なのだが。念のため、マッチから直接火種を取ることにする。シュッとマッチをすると、火薬の匂いがほのかにして、小さな焔が燃え上がる。その焔を包む空気の成分・・窒素、酸素・・だが、何も変化することなく、ただ燃え尽きてしまった。

・・深呼吸をして、もう無意識になっている力の流れをなぞろうとする。

落ち着け、落ち着け・・簡単なことじゃないか。いつもと同じように・・そして、今度こそと思ってマッチをする。燃え尽きた棒を灰皿に捨てる。もう一本、する。捨てる。もう一本・・もう一本・・やがて、小箱の中が空になってしまった。



本格的にマズイ。



錬金術師、錬成ができなければただのヒト、だ。
「雨の日は無能」なんて、陰で減らず口を叩かれているというのに、ピーカンの日も無能なんて・・当然、国家錬金術師の資格は剥奪されるだろうし、軍での地位も・・いや、それはいかん。なんとしてもそんな事態は避けねばならん。こんな事態に陥っているなんて知られたら、ロイの失脚ネタを待ち焦がれている連中が、小躍りして巨大なプディングと七面鳥を焼いて、まるで収穫祭と新年祭がいっぺんに来たかの如く祝うことだろう。

そうだ、鋼の・・あんな子どもに頼るのは癪だが、他に「優秀な錬金術師で、しかも親身になって相談に乗ってくれる」という者はいないだろう。
すがるような思いで玄関に向かったとき、急に全身にドッと冷や汗をかいてめまいを感じ、うずくまってしまった。

一体どうなってるんだ? 私は。

ロイは、自分の中で起こった変調を受け入れられなかった。その後も、部屋中をあさってマッチ箱を探し出しては、焔の錬成を試したり、部屋の外に出て助けを求めようとしたのだが、そのたびに失望と焦燥を募らせるばかりであった。

頭の奥がズキズキと痛む・・そこに電話のベルがけたたましく鳴った。

いつの間にか、とうに1時を回っていた。リザに違いない。
だが、ロイは受話器を取り上げることがどうしてもできなかった。




・・電話にも出ないなんておかしい・・リザは最近お気に入りの女の子がいる店だの、よく行く喫茶店だの、思いつく心当たりに片っ端から電話をかけて所在を確認し、少し時間がたったなと思うと再びロイの自宅にかけて・・を、イライラと繰り返した。
まさかと思って、エルリック兄弟が逗留しているホテルにもかけてみた。

「大佐ですか? いえ、ここにはいませんよ」

可愛らしいボーイソプラノがそう答えた。

「エドワード君は、そこにいるの?」

「はい。昨日、夜遅くに帰ってきて・・まだ寝てます。大佐がどうかしたんですか?」

「いえね、ちょっと・・午後から出勤してくる予定が、自宅に電話しても出ないから。昨夜も具合が悪そうだったから、ちょっと心配で」

「ボク達が、大佐の家を見に行きましょうか?」

「あら、そうしてくれる? 助かるわ。私も探しに活きたいんだけど、手が離せないの」

「じゃあ、見つかったら連絡します」

お願いね、と受話器をおいて、リザはフーッとため息をついた。そう、本当なら今すぐに大佐の自宅に行きたかったのだ。単に寝坊をしているだけなら叩き起こしてやらなければいけないし、昨日の悪夢の影響で熱でも出しているのなら、医者を呼んでやらなければいけないだろう。
だが・・結局、昨夜はろくに作業が進まなかった影響で、今日のスケジュールはハードなのだ。アルフォンスが言い出さなければ、リザの方から「見てきて欲しい」と頼むところであった。



サンドイッチ・・乾いて固くなっちゃったわね。大佐が来てから作り直しましょう。
リザは、ロイの机の上に置いていた皿を取り上げ・・とりあえず給湯室に下げようと思って、ふと気まぐれで適当な席にその皿を乗せた。

「良かったら食べて・・ちょっと、固くなっちゃってるけど」

「あ、すんません。じゃあ、遠慮なく・・」

受け取った事務官はそれにかぶりつこうとして、ふと何を思い立ったのか、フュリーにも「どう?」と薦めた。

「・・大佐のおさがりですか」

「でも、中尉の愛情たっぷりの手作りサンドイッチだぞ?」

フュリーは顔を真っ赤にして、うつむきながらその皿を受け取った。そのやりとりを、リザが不思議そうに見守っている。どこまでも報われないフュリーの恋であった・・

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