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Wild Cat


1 ちいさな疑惑


何回もドアを叩く音に、ブランデーを落とした紅茶でもと思って湯を沸かしていたノックスは、手を止めた。
こんなふうに日暮れに訪れる客にろくなのはいない。最初は居留守を使おうとも思った。今の自分は診療をしている訳でもないので、怪我人や急病人が運び込まれるということはめったにない。いや、そもそもノックスが軍医をしていると知っている隣人もいないのだから運び込まれようもなく・・軍からの呼び出しなら、まず電話を入れてくることだろう。
しかし、その神経質なノックのリズムには心当たりがあった。

日頃の彼を知っている者なら“神経質”という単語を聞いても、まったくピンと来ずに全く縁遠いと笑うことだろう。当の本人もまた、己が強く逞しく、そして自信に満ちていると信じて疑っていないに違いない。


だが、実際には安寧を求めて、鎮静剤をねだりに来る怯えた黒い瞳の・・


ノックスは首を振ると、反吐と共にこみ上げあげてきそうな記憶を打ち払い、玄関に向かった。
訪問者が誰かは扉を開ける前から分かっていたので「誰だ」ではなく、あえて「何しに来た」と尋ねていた。

「重傷者がいる。医者が必要だ」

相手も当たり前のような顔をして、挨拶もせずにいきなり用件を切り出した。すがるような内容のくせに、傲慢な口調なのも、昔と変わらない。そこにいたのは、ロイ・マスタングであった。

「そこらの医者を使え」
「身元がバレると困るので使えない」
「・・またヤバい橋か、このクソガキ」

ほれみろ、どうしても俺が必要なら、もう少し腰の低い言い方を覚えたらどうだ・・だが、ロイは勝手にノックスが了承したと決めつけたらしく「話が早くて助かるよ“共犯者”」などと言い放った。こういうところも相変わらずだ・・と思っていたら、

「・・と言いたいところだが、たしか貴方には家族がいたはずだ。迷惑だと言うなら断ってくれていい」

などと取ってつけたようなことを言い出した。

「道具持って来るから待ってろ」
「いいのか?」
「かまわんよ・・イシュヴァールから帰ってすぐに妻とは別れた」

奥さんとは何故・・とは、ロイは聞かない。ノックスも話すつもりは無かった。あまり楽しい思い出ではなかったのはもちろんだが、その聞き手がロイだというのも、口が重くなる理由の一つだ。ロイ本人にその自覚があるのか、ないのか・・いや、自覚などされたくないが。

商売道具はいつでも持ち出せるようにしてある。部屋に戻ってそれをひっつかむだけだ。自宅前に停めてある自動車には少年と鎧の大男が待っていた。あの少年は確か、最年少国家錬金術師だ。そして、その少年がロイを目で追っている姿を見てふと、このふたりの関係を勘ぐっていた。もちろん、自分にはそんなことを詮索する趣味はないし、自分には関わりのないことだ。代わりに口をついて出たのは、

「その患者の居る場所では、湯を沸せるんだろうな」

などという、事務的な言葉であった。

「少々薬が足りなかろうと、器具が壊れていようと、貴方の腕にはさほど影響なかった」

お世辞とも本音ともつかない減らず口が返ってくる。
そう、最初は薬の備蓄が尽きて・・妙なことを思い出しかけ、ただでさえ日頃から不機嫌なノックスの表情が、さらに険悪になる。

「ここは戦場じゃないし、患者も多分、兵隊ではないんだろうが・・無茶を言うな」

だが、ロイはいくらノックスが邪険にしようともお構いなしで、むしろその内面を見透かしたかのように、笑みを返してきた。





あのオッサンと大佐って、昔なんかあったわけ!?

恋する者独特の嗅覚で、エドワードはふたりの間に通う暗黙の空気に“何か”を感じていたが、当人を前にして、それを詰問するわけにはいかないし、ましてやランファンが生死の境を彷徨っているという事態では、リン相手に愚痴ることもできない。いや、リンは愚痴られたところで「オーヤキモチか。チッタァ妬く側の気持ちガ分かったカ、セーゼー苦しめ苦しメ」と愉快そうに笑うことだろう。
畜生、落ち着いたら、ゆっくり問いつめてやるからな、大佐覚えとけよ・・と、エドは腹の底で誓うしかない。

治療が済んでようやくひと心地つき、リンが人造人間を持ち帰るなどと言い出して、賢者の石がどうのこうので揉め始め、混乱したノックスが帰ろうとした時に、ロイが「多数決のため」などと訳の分からない理屈を持ち出して引き止めたのも、エドの疑惑を増幅させた。

せっかく会えたのに、というニュアンスが言外にあった。
そして、ノックスが“必ずロイの味方につく”という前提がなければ「多数決のため」にはならない・・そう疑い始めたら切りがない。
しまいには、リザに外の警備をしろと命じたのですら、ロイの恋人の存在にはエド同様に神経を尖らせているリザを、単に追い払いたいための口実のような気がしてきた。

もう我慢ならんと詰め寄ろうとしたとき・・ロイ・マスタングの名を聞いた人造人間の腹の奥が口を開けた。まるで、心理の扉の向こうに居た触手のようなものと、大きな目玉のような、無気味な・・そして小屋が爆発した。

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【後書きその1】なんだか友人にハメられたような気がしますが、ノックス×ロイ小説を書くことになりました。
あまり凝ったストーリーにするつもりはないので、私には珍しく仕上げる前に書いた分だけアップしていく「連載」の体裁になります。・・戦場でのふたりのロマンス(爆死)と、それが原因でノックスさんが奥さんと別れるっつー話・・の予定。
ちなみに「砂の記憶」の設定を引っ張っているので、例のレイプ事件前提&入隊時には既にヒューズ×ロイは別れてますです、はい。
初出:2005年6月13日

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